10月末の満月が終わり、11月に入った頃だった。
牙口令谷と昼宵葉月。
二人は警察署の屋上にいた。
牙口令谷は、ワー・ウルフの事件が再発して葉月に詰め寄った。
「被害者をゾンビ化させて、ワー・ウルフの正体を話させる事は可能か?」
彼は少し理性的で無い表情をしていた。
「ふん。私に倫理観があったら、被害者を蘇らせてでも、犯人の正体を問い詰めたでしょうね。でも、私は保身に走りたいから、そこまでの正義感なんて無いけど。もっとも、倫理観や正義感があったら、そもそも死者を蘇らせてゾンビにする技術なんて習得しないわねっ!」
葉月は令谷相手にせせら笑った。
「そこで、どうするの? 死者からの証言なんて、現在の日本の法律では有効にならない筈よ」
「でも、そうすれば、俺だけは動ける。俺だけは奴を追い詰められるっ!」
令谷は本気の眼をしていた。
「どうかしているわ。令谷。冷静になって考えた方がいい」
「被害者は犯人の顔を見ている。ワー・ウルフの顔を見ている筈なんだ。お前なら警察でも、検視官でも、解剖医でも出来ない事が出来る。直接、死んだ人間から答えを引き出す事が出来るっ!」
令谷は葉月に掴み掛かろうとする。
「……30分程、考えさせて。そして、貴方は頭を少し冷やした方がいい」
葉月はそう言って、屋上から下の階に降りていった。
結局、被害者は司法解剖が終わった後、親族に渡され、火葬場に行き灰となった。
令谷のワー・ウルフに対する執念は、葉月が怜子を蘇らせた時の執念と通じるものがある。だからこそ、葉月はそれを断った。……自分の側に近付こうとしている。
「癖になるわよ。人間の領域を超えてしまう事をするのはね。貴方は化け物を憎んでいる筈じゃなかったのかしら?」
それに、ワー・ウルフの被害者を蘇らせて情報を得る、という行為には危険も伴う。
十月にブラッディ・メリーが作品を創って晒した時に、犠牲者の肉体は徹底的に損壊されていた。葉月のネクロマンシー(死霊術)の力で蘇らせて正体を特定しようとするなら、ゾンビと化した被害者が恐怖と苦痛の記憶によって、まず周辺の人間を襲う可能性が高かった。ブラッディ・メリーと犠牲者は顔見知りだとは思うが、仮にブラッディ・メリーが覆面をして、知らない人間を襲撃していた場合、ゾンビ化した犠牲者は最悪の行動を行うだろう、と、葉月は考えていた。つまり、生き返らせた人間、眼の前にいた人間に攻撃性と凶暴性を向ける。警官達も巻き込むかもしれない。
ブラッディ・メリーが、腐敗の王の仲間だとするならば。
腐敗の王は、それを見越して彼女にやらせている。
ワー・ウルフの被害者を蘇らせて、ワー・ウルフの正体を話させるのは極めて危険だ。
葉月のネクロマンシーの技術を想定しているとは思えないが、……一体、犠牲者にどんな“細工”が為されているか分かったものじゃない。
†
「そうだ。人間の領域を超えてやる」
葉月は眼を醒ます。
隣には怜子が眠っていた。
時刻を見ると、朝の五時頃だった。
冬になる為に、まだまだ暗い。
「『ベリード・アライブ』。どっちがイカれているのか。証明してやるわ」
葉月は上着を怜子に被せる。
怜子は体温を感じない。つねに一定の、死体のように冷たい。……生きた死体だから。
葉月は、大量の棺があった場所へと向かっていく。
そもそも、この犯人を殺してやろう、と、いう殺人衝動を満たしたくて、この場所に怜子と二人で向かった。
しばらくして、例の崖へと辿り着いた。
彼女は崖下まで降りていって、棺の蓋を次々と開いていく。
空を見ると、まだ月明かりが差し込んでいる。
死体が月の下に晒し者にされていく。
葉月は反魂香に火を点けていく。
しばらくして。
ガタガタ、と、死体の何体かが動き始める。
「貴方達を生きながら埋葬したのは誰?」
葉月は訊ねた。
†
怜子の額に、温かいものがかぶせられる。
葉月がいた。
彼女は怜子の頭に自らの掌を被せていた。
「おはよう。今は朝の六時過ぎだっけ」
「葉月ちゃん、元気になった…………」
「結局、疲労が酷かったみたい。此処に来る晩、寝てなかったし。熱もよくなってきた。私、何か、変な事、言っていた?」
「いや。特に……………」
「そう。処で、怜子」
葉月は口元を歪める。
「数十体くらいかな? ゾンビにした。…………今頃、犯人の元へ向かっている筈。行ってみる?」
葉月は楽しそうな顔をしていた。
怜子はそんな葉月の顔が怖い。でも、…………。
葉月が元気になってよかった、とも思う。
「この日本で蘇った人間が生きている人間を食べる、という事例が表沙汰になってはいけない。私は痕跡をなるべく作りたくない。蘇らせたゾンビ達に道案内させた後…………」
葉月はギターケースの中から銃を取り出す。
「私が追い詰められた犯人を直接、始末する」
葉月は銃に弾丸がちゃんと込められているか確認する。
五発残っている。
充分だ。