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牙口令谷と腐敗の王のグループ・上

 時刻は21時を過ぎていた。


 牙口令谷は廃墟のビルへと向かっていた。


 密集したビルがある場所だ。


 令谷は大型の荷物を背負って、タクシーを拾った。

 荷物の中には狩猟銃……つまり、ライフルが入っている。

 銃も幾つかの種類を用意している。

 相手の出方を考えなければならない。


 令谷は彼方から何枚か絵を描いて貰った。

 それは相手の出方によっては、この絵を使う必要がある。


 彼方はワー・ウルフに脳を弄られてから、ある異能力に目覚めた。

 それは紙に描いた人物を、実体化させていき、まるで生きた人間のように振舞わせる事が出来るというものだ。主に情報収集や異能力犯罪者と向き合う上で、令谷はその人間にコートや帽子を被せて“付添人”として助手をさせていた。


 もっとも、葉月が現れてからは、彼女のプロファイルと小動物のゾンビを操る能力の方が遥かに優れていたので、葉月に頼りっぱなしだったのだが。


 だが、葉月は『ベリード・アライブ』の事件を解決する為に、怜子を連れて、二人で山中に行った。示し合わせたように、スワンソングからの手紙が令谷の元に送られてきた。


「昼宵葉月は、腐敗の王達と繋がっている、と考えるのが妥当だろうな」

 令谷はスワンソングと落ち合う場所に向かう途中、そのような結論に至る。


 考えてもみれば、互いが互いに対して情報交換を行っているが、本当は、心の奥で考えている思惑を明かしていない。葉月は自分のカードの全てを晒していないし、令谷も彼方との関係を葉月に知られたくない。


 きっと、スワンソングも。

 腐敗の王達もそうなんだろう。


 やがて、一時間程して辿り着く。

 令谷はタクシーの運転手に金を払い、密集したビルの廃墟へと入り込んだ。


 ビルの向こうには、高台や山が連なっている。


 もし、隠れて令谷を襲撃してきたのなら、相手にとっては好都合だろう。


「そこにいるんだろう?」

 令谷はビルの廃墟の、大きな公園の跡地となっている場所へと入り込む。


 周りに人気は無い。


 ただ、何処かで見られているような感じはした。


「おい。さっさと出てこいよ! いるんだろ!」


 令谷は大声で叫ぶ。


「ああ。いるぜ」

 何処からか、男の声が聞こえた。

 年齢は中年男性と言った処か。


 その声はビルの一角から聞こえてきた。


 令谷はビルの真上を眺める。

 人影のようなものを見つけた。

 姿がよく見えない。

 令谷は狩猟銃を手にする。

 スコープが付いていた。


 スコープの照準を、人影に向ける。


 真っ黒な着崩したスーツを付けている男だった。

 見た処、体格がいい。


 奇妙なのは、その男は顔に包帯を巻いていた。

 まるで、ミイラ男だった。


 男は銃を構えていた。


 引き金が引かれる。

 同時に令谷も狩猟銃の引き金を引いた。


 ミイラ男の撃った銃は、何と、令谷の狩猟銃に命中し、彼の手から銃を弾き飛ばしていた。令谷は瞬時に別の銃へと手にしていた。ハンドガンだ。接近して敵を撃たなければならない。充分に近付かなければならない。


 令谷は懐から、彼方に描いて貰った絵も取り出していく。

 そこには、真っ黒な人型が描かれていた。

 髪の中から、黒い影のようなものが這いずり出してきて、令谷を取り囲む。令谷を守るように描かれた彼方の力。彼らはいつも、令谷の盾となって守り続けてくれる。


「ほう。それはテメェの力じゃねぇだろ? あのもう一人のガキか?」

 ミイラ男は令谷に訊ねる。


 令谷は答える理由が無かったので、ただ、走っていた。


 一発、撃ち込まれただけで分かった。

 この敵は、凄腕のスナイパーだ。

 沢山、人を殺しているだろう。


「お前は何者だよ!? 八月に、俺と葉月が戦っている時に現れて、腐敗の王が、連れていた気がするなっ! 車の中から、俺達の戦いを妨害する為に狙撃してきただろ!?」


 令谷はビルの入り口へと入る。

 屋上までゆうに八階はある。

 男はよく通る声だった。

 もしかすると、小型マイクを口の中か、銃にでも仕込んでいるのかもしれない。令谷の質問は相手には聞こえていたのだろうか。


 彼は八階まで階段を駆け上っていく。

 このビルの屋上に、あの包帯男はいる筈だ。


 階段を歩いている途中の事だった。


 四階の辺りで、別の人影があった。


 身長は170センチ余りか。

 中性的な顔立ちの美男子だった。

 今風の洒落たファッションを付けている。

 髪型はマッシュルーム・ヘアと言った処だろうか。

 アクセサリーの見に付けていない。さっぱりした外見をしていた。


 どけよ、と言おうとした瞬間、令谷は足払いを掛けられて、階段から転げ落ちる。

 そして、あっという間に組み伏せられる。


「何者だっ!? ……いや、此処にいる、という事は…………っ!」

 令谷は叫ぶ。


「ああ。僕がスワンソング。そして、さっきの彼は僕の仲間だ」

 青年は完全に令谷を組み伏していた。

 銃を握り締める事も出来ない。


「身体能力は普通に人間並みなんだね? 僕でも簡単に動きを封じられた」

「畜生がっ! テメェ、格闘技を習っているな! この俺を放しやがれっ!」

 令谷の喉元にナイフが突き付けられる。


「馬鹿か? 君は? 僕程度に負けて、これまでシリアルキラー達を相手に戦ってきたのか? 人間離れした連中もいたのに!?」

 スワンソングを名乗る青年は、呆れたような口調をしていた。


「煩ぇよっ! 俺は執念でこれまで戦ってきたっ! 危険な目になんて何度もあった。命を落としかねねぇ事もなっ!」

 令谷はミシリ、ミシリ、と身体の関節を軋ませる。ナイフを突き付けられているのもお構い無しだった。


 スワンソングは少し冷や汗をかく。


「何にしろ、これでは身動きが…………」

 当然の事だった。

 令谷は、服の下に隠し持っていたもののスイッチを入れる。

 それは、催涙弾だった。


 大量の煙が令谷の身体を中心に爆発する。


 令谷はスワンソングの身体を蹴り飛ばすと、屋上へと向かった。


「おい。上の奴は、この俺を撃ってきやがったっ! スワンソングと名乗ったな? お前がスワンソングかっ! テメェ、屋上にきやがれっ! 上にいたクソ野郎と一緒に相手してやるよっ!」


 令谷はあえて屋上へと向かった。

 銃を向けてきたという事は、令谷と戦う意思があるという事だ。

 あるいは、令谷を始末しに来たのかもしれない。


 令谷はスワンソングを無視して、屋上のミイラ男を倒す事を優先した。


「分かった。僕も君の後を追う。しかし、ムチャクチャだな。君は…………っ!」

 背後で声がしたが。令谷は無視した。


 屋上に辿り着く。


 ミイラ男は地面に座って、令谷を待ち構えていた。


「此処に来るまでに、仲間とすれ違った筈だが。お前を拘束して、上に連れてくる心算だったんだがなあ」

「誰も、この俺を拘束出来ねぇよっ! テメェ、この俺に銃を向けやがって、銃を撃ち込みやがってっ! あああああああああっ!」

 令谷は、ハンドガンをミイラ男に向けた。


「おい。ガキ。俺の事を覚えておけ。俺は腐敗の王の仲間の一人。『ヘイトレッド・シーン』って言う者だ。王に使える狙撃手って処だな」

 男は手にしたライフルをゆっくりと、令谷へと向ける。


「“憎しみの光景 Hatred scene”を創る。腐敗の王から付けられた名前だ。彼の造語だ」


 令谷は有無を言わせず、ハンドガンを向けた。

 引き金を引く。


 ヘイトレッド・シーンと名乗った男は、令谷のハンドガンを銃弾で弾き飛ばし、そして令谷の右肩に鉛玉をかすめた。


 令谷は肩から激しく出血する。


「肉はえぐった。俺と撃ち合っても、お前は負ける。それにしても、よく此処まで生きてこれたな」


 煩ぇえ、と、令谷は叫ぶ。

 拳銃はまだある。

 そして、他にも策は持っている。


 彼は彼方から貰った、絵を床に落としていく。

 瞬く間に、絵から人型が実体化していき人間大の影になる。

 その影達は手にナイフや銃を持っていた。


「成程。お前の友人はそんな事が出来るのか」

 ミイラ男は口笛を吹く。


「だが。今のお前と真剣(マジ)で戦うのは気が引けるな。牙口令谷。お前は弱い。ネクロマンサー辺りに言われなかったのか?」

 男は冷たく言い放った。


「煩ぇええええええええええええええええええええぇっ!」

 令谷は叫ぶ。

 絵の人影を手にして、銃を左手で銃を取り出して、眼の前のミイラ男へと引き金を引いた。何度も引き金を引く。


 全て当たらない。


 まるで、銃弾の軌道が読めるかのように、ミイラ男は身体を少しズラして至近距離にいる令谷の銃撃を避けていた。


「はあ。こんなものがシルバー・ファングなのか? お前の腕は極めてスローに見える」


 ヘイトレッド・シーンは、ライフルを撃ち続けていた。

 襲い掛かってくる影達を片っ端から撃っていく。

 全て、紙に戻っていった。


 令谷の左太腿が撃たれる。

 思わず、令谷は膝を地面に付ける。


「ああ。クソッオオオオオオオオオオオッ!」

 令谷は立ち上がろうとする。


 背中に重い衝撃が走った。

 背後から来た何者かに、背中を蹴り飛ばされた。


「もう勝負は付いていますよ。牙口令谷君」

 スワンソング…………。

 彼は淡々とした口調だった。


 令谷は地面に転がる。


 転がりうずくまる令谷の顔を、ヘイトレッド・シーンはおもむろに蹴り飛ばす。

 令谷は顔をサッカー・ボールのように蹴られて、地面を転がりながらも、隠し持っていたハンドガンをヘイトレッド・シーンへと撃ち込んだ。………………。


 ビルの屋上には使われていない給水タンクがあった。

 その影に、もう一人いた。

 その影は、流星のように、倒れている令谷の上へと圧し掛かってきた。


 真っ赤なワンピースを纏っている女だった。

 腰まである、金色の髪の毛は赤みを帯びている。

 彼女の背中には、まるで悪魔か竜のような、翼が生えていた。

 彼女の両腕は長手袋がはめられていて、血の臭いがした。


 腕は、令谷の首を押さえていた。


「ああ。自己紹介しておかないと。私は『ブラッディ・メリー』。本当は、先月くらいに、貴方とネクロマンサーを殺す事を、腐敗の王から言われていたんだけど。状況が変わってね」

 女の身体は月明かりに照らされて、独特の光沢を放っていた。


 月明かりの下で見える血は、真っ黒だと、あるサイコサスペンス小説には書かれている。

 実際にその通りだ。

 背中の翼が黒く、両腕も黒い。

 彼女は血の翼を生やして、血の長手袋を付けている。


 ブラッディ・メリーの両腕の指先は、獣の爪のように尖っていた。

 彼女は、令谷を押さえていない方の腕で地面を殴る。

 まるで、発泡スチロールでも潰すように、コンクリートの地面が陥没していく。


「分かって貰いたかったのは、牙口令谷。貴方は、私達の誰にも勝てなかった。よく今まで生きてこられたわね? もし、貴方が倒したい復讐相手が、私達の誰よりも強かったとしたら、どうしていた?」

 ブラッディ・メリーは、淡々と告げる。


 令谷は必死で身体を動かそうとする。

 完全に身動きが取れない。

 女の姿をしている怪物は、まるで岩のように重く硬かった。


「だが。褒めてやるよ。予想外だ。今まで雑魚の連続殺人犯を倒してこれて、生き残ってこれた理由が分かった気がする。土壇場で強いな」

 ヘイトレッド・シーンは自身の左腕を見せる。

 彼の左腕からは血が流れていた。


「いつか、お前が強くなった時に、本気で撃ち合いをしようぜ。西部劇のカウボーイみたいにな!」


 マッシュルーム・ヘアの男が屈んで、ブラッディ・メリーに組み敷かれている令谷の顔を見下ろす。


「僕達の実力を分かって戴けたでしょうか? 腐敗の王は、僕達よりも強い。彼もワー・ウルフの正体を知りたがっている。協力し合いませんか?」

 スワンソングは、穏やかな口調で訊ねる。


 令谷は、スワンソングの顔に唾を吐きかける。


 頬にべったりと、唾を付けられたスワンソングは小さく溜め息を吐いた。


「おい。俺もブラッディ・メリーも“臨戦態勢”の時の格好をしているんだ。スワン、お前も、着替えてこい。持ってきているんだろう?」

 ヘイトレッド・シーンが告げる。


「分かりましたよ。でも、僕の場合は、意味あるんですか?」

「気分の問題だろ? 俺だって、顔に包帯のマスクをすれば、精神的なスイッチが入る。人を殺す時、標的は、俺の顔を見て怯えるんだ。標的の瞳からは、ミイラ男の俺が映る」


 スワンソングは肩を竦めて、屋上の入り口へと入っていた。

 彼は中で着替えているみたいだった。


 ブラッディ・メリーは令谷の身体に体重をかけていく。

 ミシミシィ、と、令谷の全身の骨が音を鳴らしていく。



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