「スティーブン・キングの『キャリー』におけるキャリーの母親は、極めて妄執的なキリスト教原理主義者だった。キングは極めて自作品の中に、キリスト教の狂信者を描くが、宗教が人を歪める時、人間は邪悪な存在を創り出すのかもしれないわね」
葉月はうっとりと、その地獄絵図を眺めながら喜びに満ちていた顔をしていた。
怜子は親友の隣にいて悪寒を感じていた。
まるで、予想外の出来事が起きて、葉月はそれを楽しんでいた。
それは、宗教における、まさしく地獄そのものの光景だった。
「『最後の審判』の御伽噺を知っているかしら? 世界の終焉後に、人間が地上に復活して、神により、その人間が天国に行くべきか、地獄に行くべきかを決められる。ねえ、怜子。これはまさに、最後の審判の光景に相応しいと思わない?」
葉月は怜子の冷たい頬を撫でる。
『ベリード・アライブ』によって生き埋めにされた者達は『ネクロマンサー』葉月の力によって蘇り、腐敗した人体を補完する為に血肉を求める。
ゾンビ達は共食いを始めていた。
自分達で喰い合って、肉体が欠損していく。
喰い合い、かつて人であった者達はその肉体が崩れ去っていく。崩れていく過程でも、なおかつ、互いを喰い続ける。
「一度、実験してみたかった。ゾンビの集合体は生きた獲物を襲うけれども、生きた獲物がいなかったら? ゾンビ映画におけるゾンビ達の多くは共食いをしない。生きた主人公達を本能のごとく喰い殺しに向かう」
葉月はスマートフォンを携帯充電器に接続しながら、イヤホンを付けて音楽を聴いていた。
「怜子。イヤホンはもう片方ある。音楽を聴く?」
「…………。いい、止めておく」
「私の心を覗きたいんじゃないの? ねえ、私の視ている世界をみるつもりなんじゃないの?」
「………………。分かったよ、葉月ちゃん」
怜子はイヤホンのもう片方を自分の耳に差し込む。
悲劇的な曲調のクラシックの旋律が流れている。
葉月は下にいる、ゾンビ達を見て、嘲り笑っていた。
怜子は葉月の視ている世界を視る。
つまり、これは“神の視座”だ。
生命を好きなように生み、好きなように壊す。自らが生み出した者達が互いに憎み、争い合う光景を遥か高見から見下ろし鑑賞する。
「葉月ちゃん…………。怖い…………」
怜子は呟く。
「なんて曲?」
「カラヤンという指揮者が奏でるモーツァルトの『レクイエム 怒りの日』。極めて激しい曲調でしょう? 破壊と混沌を体現する、この状況にとてつもなく相応しいわね!」
葉月は音楽に聴きいっていた。
崖の下では生きた死体達が激しく互いを貪り喰らい、地獄絵図が繰り広げられている。葉月はその光景を見て喜んでいた。
「しかし、『ベリード・アライブ』は山の奥へと逃げた。奴にしか分からないアジトがある筈よ。というわけで一緒に行こう」
そう言うと、葉月は地面に置いたシャベルを手にして怜子の腕を引いた。
「アジトの中はどうなっているのかしら? 墓荒らしをして死体を漁って服や家具にしていた有名な殺人犯である、エド・ゲインの家は地獄の館と呼ばれていたけれども。もっと、おぞましいものが見られるかもしれない。私もインスピレーションの参考にさせて貰うけど」
葉月は令谷から借りた拳銃を確かめる。
人を撃ってみたいといった顔をしていた。
†
「此処が奴のアジトか」
ボロボロに朽ち果てた山小屋だった。
葉月は怜子に入り口の方で待機するように言う。
葉月は山小屋の扉を開ける。
鍵は掛かっていなかった。
中から異臭がする。
カビの臭いや腐った何かの臭い。あるいは果物に臭いなど様々だった。
壁には奇怪な文字がびっしりと書かれていた。
おそらくは、それを書いた人間にしか分からない言葉なのだろう。
死体ばかりが転がっていると踏んでいたが、意外にも、汚らしい小屋といった雰囲気だ。葉月は少しだけ落胆する。
奥には一人の人物がボロ布を被って二つの眼で入ってきた葉月を眺めていた。
「連続生き埋め犯でしょう? 貴方?」
葉月は淡々と訊ねる。
ボロ布を纏っている人物は、立ち上がる。
アカだらけの老婆だった。…………、いや、もしかすると、実年齢はもう少し若いのかもしれない。四十代か五十代の女。だが、眼の前の人物は皺くちゃの肌に、汚れた蓬髪をしていた。
葉月は無言のまま、サイレンサー付きの拳銃を老婆へと向ける。
「本当はゾンビ達の餌にして上げたかったんだけど。貴方は霧で迷いの世界を生み出す事が出来る魔女なのね。それにしても、奇妙な信仰を持っているのね? 病気の人間を土がいっぱいの棺の中に埋める事によって治療を施す事が出来る。そういった妄想と信仰に支配されているのでしょう?」
葉月の眼は何処までも冷酷だった。
老婆は何か、抵抗しようとする。
葉月は有無を言わせなかった。
その老婆の頭と胸の辺りに引き金を弾いていく。
水鉄砲でも撃つような、小さなパシュリ、という音がして、老婆の胸と頭部は血に塗れていた。そうして、生き埋め犯『ベリード・アライブ』はあっけなく死亡した。
葉月は魔女の死体に駆け寄って、まじまじと死体を見ていた。
そして、葉月は戦利品は何にしようか考える。
小屋の中を漁っている途中、板切れと釘、ハンマーを発見する。
葉月は死体となった老婆を引きずって、二枚の板切れを十字架に見立てて、彼女の身体に釘とハンマーで打ち付ける事にした。
老婆はまるで殉教者みたいに、十字架に張り付けられている。
葉月はその光景が何だかおかしくなって、何度も、スマホのカメラ機能で撮影する。この犯人を、彼女が望む姿へと変えてやった。
しばらくして、葉月は小屋を出た。
霧は晴れていた。
葉月は小屋の外で待っていた怜子の腕を握り締める。
「さて。帰りましょう。身体を休めないとね?」
葉月はスマホを弄る。
どうやら、SNSやメールが機能し始めているみたいだった。
葉月は令谷と崎原にメールを送る。
生き埋め犯は始末した、と。
おそらく『ベリード・アライブ』によって遭難させられて、行方不明となっている何名もの警察官の死体が山の中で発見される事になるだろう。だが、その死体を回収するのは葉月の仕事ではない。
葉月は初めて人を銃で撃ち殺した感覚に酔いしれていた。
射撃の腕は良くない。
後で、令谷に教えて貰おう。
時刻は既に正午を過ぎていた。
令谷は腐敗の王のチーム達と、もう邂逅を果たしているのだろうか?
満月の夜である30日は、明日へと迫っている。
ワー・ウルフは動くのだろうか?
怜子は不安そうな顔で葉月を見ていた。
葉月は怜子に笑顔を浮かべる。