今月に入って既に四つの事件が起こった。
臓器のクリスマスツリーが三つ見つかり、同時にワー・ウルフの模範犯と思われる者による犠牲者の死体が二人見つかった。臓器のクリスマスツリーの一つはワー・ウルフの模範犯の死体の傍に飾られていた。
胎児の塔が見つかり、カルト教団爆破テロ事件が起こった。
もはやパンデミックの様相を為しているが、報道規制が敷かれており、新宿カルト教団爆破テロ事件のみがメディアでは報道された。だが、SNSによって“胎児の塔”の事件は拡散された。もはや毎月何件も起こる連続殺人犯達の起こす事件は、芸能人、報道関係者、作家、ユーチューバー、ブロガーなどがこぞって話題にしていた。
此処、数か月を通して、社会は混乱を極めている。
スポーツ選手殺しのせいで、アスリート達への嘆き悲しみが続いたかと思うと、有名人が標的にされるという事実がスワンソング以上に世の中に認識された。
女ばかりを狙う現代の切り裂きジャックが、実はプロのイラストレーターであったという事実のせいで、マスコミがこぞってエロ漫画家や猟奇的な絵を描いているイラストレーターなどをバッシングした。更にはロックバンドマンにまで及び、表現と凶悪殺人の関連性みたいなものがセンセーショナルに新聞、TV、YouTubeで躍り、表現者やリベラルな評論家達は事態を収束させる為に、マスコミや躍らされる大衆などに、あくまで切り裂き魔本人のみの資質という事を弁解しなければならない事になった。
世の中は混乱と混沌に満ちている。
人類と怪物の戦い。
黙示録とも言えるような様相が日本を覆い尽くしていた。
そして、今は2020年の十二月十八日の夜だ。
牙口令谷と崎原玄はある人物を待っていた。
ぽつり、ぽつりと仄かに雪が降っている。
「ワー・ウルフと、その模範犯の始末。僕に手伝える事はどれだけあります?」
一人の人物が傘を差して現れた。
崎原は位置的に、傘の人物の顔がよく見えない。手紙では、崎原は相手の顔を見るな、と言われている。崎原は座席を後ろに傾けて仰向けに寝っ転がるような体勢になる。
「俺の名は崎原玄って言う。スワンソング。お前、特殊犯罪捜査課に入れよ。俺が推薦してやる。お前は『ナイト・リッパー』を始末しただろ。もし、これ以上、連続殺人を続けないんなら、お前を歓迎するぜ」
崎原は煙草をふかしながら、そう告げた。
「お前はどれだけの情報をつかんでいる?」
令谷は訊ねた。
「…………。貴方達との情報と、そう大差ありませんが。僕に。いや、僕達に出来る事は何かありませんか?」
スワンソングの声は、誠実そうな好青年といった印象だった。
その事実に、崎原は驚きを隠せない。
「次のターゲットをプロファイル出来るか? あるいは、まだ見つかっていない犠牲者を探し当てる事は出来ないか?」
令谷は答える。
「やってみます。しかし、何故、何年間も途絶えていたワー・ウルフ事件が再発したのか…………」
「触発されたからだろうな。スワンソング、俺達は犯人(ホシ)の見当を大体、掴んでいる。お前達の非合法的な手段で、そいつをマークしてくれないか?」
崎原は言った。
柳場聡士。
彼に関するファイルを、崎原は令谷に手渡す。
そして、令谷はスワンソングに近付き、ファイルを渡した。
「分かりました」
スワンソングは傘を持っていない、もう片方の手でファイルをめくっていた。
「この人は刑事なんですか?」
「ああ。腹立つ奴だよ。エリート思考の無能なクズだよ。権力ばかり重んじては、現場でクソの役にも立たない。俺も崎原さんもハラワタが煮えくり返っている」
「まあ。調べましょう。僕達独自の調査で」
「ワー・ウルフの犯行動機は何だと思う?」
令谷はスワンソングに訊ねた。
「それは僕には分からない」
「じゃあ。ワー・ウルフの“模範犯”の犯行動機は?」
「それこそ“エリート志向”じゃないですか? 今やシリアルキラーという存在が、世間一般では裏の闇の英雄とされている。この柳場という男は、今の地位で納得が出来なかった。自身はもっと能力があるものだと。ワー・ウルフと言えば、FBIさえ何の痕跡も見つけ出せなかった伝説の存在。彼はその存在になり代わろうとしている。どうでしょうか? 僕の推理は」
「成程な」
崎原は唸った。
「スワンソング。宜しく頼むぜ。俺は二度と、あんな不快な現場写真を見たくない」
「はい。こちら側にはスナイパーがいます。常時、この男を監視させる。僕も僕なりの手段で彼を詰めますよ」
†
柳場聡士はパソコンの中に沢山のファイルを有していた。
それは彼がこれまで殺害した人間の写真だった。
戦利品として身体の一部を持ち帰る代わりに、生きながら脳を割られていき、苦悶に満ちた表情を写真にコレクションしていた。勿論、頭蓋骨、脳の一部も所有していたが、それらは海に流した。
「馬鹿共は散々、調子に乗っている。俺はこのまま出世コースと歩み、連中共もコケに出来るというわけだ」
柳場は考えていた。
自分の行為を、元々のワー・ウルフに罪を着せてしまおう。
柳場にとって、部下達の間の陰口や嘲笑がどうしようもなく耐えがたいものだった。
所謂、“ぼんぼん”、“警察幹部の息子だからコネで今の地位がある”。“キャバクラで不祥事を起こしたり、若い頃から女性警官にセクハラをしてもコネで平気な男”。
彼を嫌う者達は、大抵、彼の役職がやっている事を馬鹿にする。
大体、デスクワークばかりの仕事。
書類にハンコを押すだけの誰でも出来る仕事。
嫉妬ばかりだ。
負け犬共が、と思った。
自分は先天的に選ばれた家系のモノであり、所轄のゴミ共が自分を妬んでいい筈が無い。ましてや高卒の無能共にどうこう言われる筋合いは無かった。
柳場の階級は警視正。
いずれ、警視長に昇任する事が確定されていた。
だが、特殊犯罪捜査課の連中。
彼らがどうしても気に食わない。
そして、マスコミ共。連続殺人犯達の事件が起こる度に、警察の無能さ、特に警察官僚の無能さが報じられる。柳場クラスの立場になると、記者会見に顔を出さないといけない事もある。以前までは、警視総監クラスの連中が記者会見には顔出しをする事が多かったが、最近では、警視正クラスの柳場にまで、釈明の為の映像を撮らされる事になり、彼はその件に関しても怒りが溜まっていた。
特殊犯罪捜査課の崎原は階級的には警部。富岡に至ってはノンキャリアで四十代超えても警部だ。連中は格下も下だ。そんな連中が現場で闊歩して、自分よりも影響力があるという現状にハラワタが煮えくり返る以外の何物でも無い。
彼は最新型のデスクトップ型パソコンを弄りながら、片手にバーボンの入ったグラスを手にしていた。
画面には沢山の自身が殺害した、頭蓋に異物を入れられた女の死体写真のデータが残っている。
ドアのチャイムが鳴った。
「なんだ? 今は夜の23時を過ぎた処だぞ?」
柳場も一応、警察組織の人間だ。
大抵、こんな時間にやってくるのは、押し込み強盗の可能性だってある。
柳場は鼻を鳴らすと、バスローブのまま、箪笥に仕舞っている拳銃と警棒を取り出す。さてと、この深夜の訪問者を歓迎してやろうか。
柳場はチェーンを開き、ドアを開ける。
彼の顔は、前蹴りによって強打された。
†
柳場は目隠しをされ、口にガムテープを付けられ、両腕と両脚を縛られていた。
スワンソング。白金朔はUSBを差し込みながら、ビニール手袋を付けた腕で、彼のパソコンをカチャカチャとキーボードを弄っていた。
「で。どうする? もう、この男がワー・ウルフの模範犯である事は確かなんだろ? パソコン内から証拠も出た。言い逃れは出来ない」
傍らにはダーク・スーツを身に付けた菅原が立っていた。
菅原はしばらくの間、白金の作業を見ていた後、おもむろに部屋の中を調べていく。
「そうですね。牙口令谷と崎原さんにコピーして渡します。……後、四名います。まだ、見つかっていない被害者は。それにしても、ロリコンだな。女子中学生から女子大生までを標的にしている」
そう言いながら、スワンソングはUSBにコピーペーストをしていく。
「このパソコンも回収するか?」
「それが良いでしょうね。あ。犯行中の詳細に関する日記も見つかりましたよ」
柳場は部屋の隅で唸っていた。
二人の声を聞いて怒りを露わにしていると同時に、もはや言い逃れ出来ない、といった絶望に満ちた顔をしていた。
「さてと。USBでバックアップを取りましたし、このパソコンも持って帰りましょうか。スガさん、部屋の中はどうですか?」
「ああ。犯行に使われた凶器らしきものは見つかったぜ。押し入れの段ボールの中に隠してやがった。電動ノコギリだな。これで被害者の頭部を割っていたんだろうぜ」
「ファイルにある被害者の遺体の頭蓋の損傷個所にも、おそらくノコギリのようなもので頭蓋を切除されたのだろう、と記されていました。凶器は発見出来ましたね」
「ルミノール反応やらDNA鑑定やらで何か出るのか? これで?」
「まあ。僕達ならまず痕跡を消します。でも、一応、これも回収しておきましょうか。他にも何か見つかりましたか?」
「後。押し入れに写真入れがあって、縛られながら、涙を流している女を何名を見つけたぞ。これも決定的証拠だな」
「じゃあ、そろそろ警察に向かいますか」
「だな」
そう言うと、白金と菅原の二人は、警視正であるエリート刑事・柳場を縛り上げたまま放置して、出ていった。
翌日。
柳場に逮捕状が出た。
かくして、『ワー・ウルフの模範犯事件』は終わりを告げた。
柳場はひとまず留置所へと護送された。
今月の終わりまで、二週間を切った。
クリスマスがあり、その前の日にイブがある。
2020年の満月は30日。
柳場は留置所で拘束され、これからまず拘置所に移送されるだろう。
そして、長い裁判を得て刑務所へと送られ死刑が確定する。
牙口令谷はワー・ウルフの模範犯、柳場聡士の入っている留置所へと向かった。
「俺は何年待ったと思う? 何年探したと思う?」
令谷は冷たい視線でガラス張りの向こうにいる、柳場を見ていた。
「お前は“本物のワー・ウルフ”の手掛かりを知らないのか? 俺の両親を殺し、彼方の両親を殺し、彼方を壊した奴の正体をなあ」
柳場はくくっ、と、令谷を小馬鹿にした声を上げていた。
「俺は無実だし。犯罪者の連中が証拠をでっち上げた。そう伝えているよ。実際、俺は無実なんだからな。俺のパソコンの中には犠牲者の写真があり、犯行に使われた凶器が俺の部屋の中で見つかったってなあぁ」
柳場は暗い淀んだ眼をしていた。
「お粗末だなあああぁっ! 特殊犯罪捜査課っ! 犯罪者グループの力を借りて、無実の有能な人間を塀の中にぶち込んだのだからなああぁっ! いずれ、俺の無実は証明されるっ! テメェらは冤罪で俺をぶち込んだわけだっ! この件は徹底して報復してやるぜっ!」
そう柳場は高笑いを上げ続けていた。
令谷は留置所を後にした。
そして、ある人物に電話を掛ける。
「…………。だ、そうだぞ。柳場は」
ボイス・チェンジャー越しの声が聞こえてきた。
柔和で、そして屈折と何処か強い闇を抱えているが、正義感さえ伴う声音だった。
<大丈夫です。物的証拠は僕達以外にも見つけられます。残りの犠牲者の死体から、写真の状況を見る限り、柳場は、露見させていない被害者に性的暴行を加えているので、その犠牲者達の身体から、柳場のDNAが出る可能性がある。僕達を使った事は違法な事でしょうが。そもそも特殊犯罪捜査課には、ある程度、シリアルキラーに対して強引な捜査の権限があるんでしょう?>
「礼を言う。スワンソング。……この前の事は水に流してやってもいいぜ」
<何か僕達に他に出来る事はありますか?>
「“本物”のワー・ウルフを捕まえたい。どうすれば、見つけられると思う?」
<彼方君、でしたっけ?>
「ああ。俺の親友か」
<彼の記憶。彼の脳のダメージを修復出来る何かがあれば…………、もしかすると、ワー・ウルフの顔を見ている可能性がある>
「それは俺も考えた。だが、駄目なんだよ。日本最高峰の脳外科医に何名も見て貰って駄目だった。彼方が生きているだけで奇跡なんだとよ」
<…………。柳場は本物のワー・ウルフと接触している可能性があります。だが、その証拠だけは見つけられなかった>
「何か決定的な手掛かりがあればいいんだけどな」
<ネクロマンサー。昼宵葉月は、死者から情報を聞き出す事が出来ると聞きます。彼女が完全に警察の側に付けば、捕らえられない犯人なんて殆どいない>
「…………。ゾンビは記憶が錯乱している場合が多いそうだ。ましてや、みな、納骨も済んでいる。止めた方がいいって葉月には止められているよ」
<手掛かりは、何も無しですか>」
「いや…………」
令谷はしばし、考えていた。
「俺の踏み込めない場所でな。幾つかある。一つは例のゴールデン・エイプ教団。ワー・ウルフ事件が毎月行われていた数年前、あの教団が犠牲者の監禁場所だという可能性が捜査線上に上がった。葉月と、俺の先輩の幻霊生輪(げんれい なまわ)さんが、エイプを調査中だ。可能性の一つとして手掛かりが出てくるかもしれない。他にもある」
<なんですか?>
「お前らの組織のボスだ。腐敗の王。奴はお前らにも、何か隠しているな?」
<そうですね。彼は隠し事が多い>
「俺の予想だが」
令谷は妙に頭が冴え渡っていた。
昔から、生輪には猪突猛進で頭は良くないとも言われた。
だが、何故、だろう。
勘のようなものだろうか。
「お前らのボス。腐敗の王は、お前らのグループを幾つかに分けているんだろう? スワンソング。お前とスナイパー。そして、ブラッディ・メリー。まず、この三名が一つのグループ。そして、腐敗の王は、他に幾つかグループを作っているな?」
<…………。何故、そう思います?>
「分かるだろ。外側から見ればな、お前らの行動が奔放過ぎるんだ。許され過ぎている。集団、組織としてな。腐敗の王は、最低、二、三のグループを作っているな。おい、スワンソング。お前らは、腐敗の王の何か大きな計画の、一つの駒で。しかも、いざとなったら、使い捨てても構わない駒の方なんじゃあないのか?」
令谷は揺さぶりをかけるように訊ねた。
<…………。そうかもしれません。彼は僕達にまだいくらでも多くの事を隠している……>
「俺はワー・ウルフに近い者が、テメェらのボスの配下に紛れている事を勘繰っているんだぜ? お前はマスコミ相手にワー・ウルフ退治を宣言した。腐敗の王は本当に楽しんでいるんだろうよ」
<令谷君。君の推理も素晴らしい。では、僕はそろそろ。他に何かあれば、連絡します。そちらからも、ご連絡ください>
そう言って、スワンソングは電話を切った。
明らかに動揺しているといった声色だった。
令谷は心の中で、この前の仕返しをほんの少ししてやった、といった気分だった。
…………。
もちろん、令谷は、腐敗の王の配下にワー・ウルフがいるとは思っていない。
だが、腐敗の王は犯罪組織を作りたいならば、ワー・ウルフを仲間にしたがっているだろ、と、以前、葉月から聞かされた事がある。ならば、腐敗の王もワー・ウルフを追っている筈だ。自身の部下よりも、有力な手掛かりを見つけている可能性が高い。それはとても有益な情報になるだろう。
「それにしても、彼方か…………」
令谷は一人呟く。
復讐するべき怪物の正体の手掛かりは、案外、もっと身近な処にヒントが隠されているような気もする。