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交差する光と影。空と海。…………。

吐古四会と腐敗の王のグループ。

「ウチの若い衆がすんませんね。口を滑らせてしまって、よく言ってきかせます」

 暴力団・関東・吐古四会の事務所の中だった。


 若頭である五黄(ごとら)が、煙草を吸いながらくすんだ眼をしていた。

 向かい側には、腐敗の王が座っていた。

 背後には、それぞれ、ブラッディ・メリー化座彩南と、アンダイイング星槻氷歌が王の左右に直立不動で佇んでいた。

 部屋の外にはヘイトレッド・シーン菅原剛真が待機していた。

 菅原の存在だけど、吐古四会の組員達は畏怖の念を抱いていた。


「ついでだ。椅子を二つ持ってきてくれないか? 俺の仲間を座らせたい」

 腐敗の王は頬杖を突きながら告げる。


「ああ。そうでしたね」

 五黄は腐敗の王のグループに上下関係は無く、王が自身の部下達を“仲間”や“友人”と口にしている事をよく知っている。もっとも、部屋の外でスーツで佇んでいる菅原剛真はヤクザの流儀に則って、組織の規律を重視しているが。


 五黄は外にいる組員達に怒鳴り散らし、ソファーを二つ持ってくるように言う。

 しばらくして、組員達が部屋の前で、部屋の中にある組長の写真に一礼すると、彼らは腐敗の王の隣に、ソファーを置く。

 真っ赤なドレスの女と、外国の軍服姿の女がそれぞれ椅子に座る。

 しばらくして、軍服姿の女がテーブルに置かれている灰皿を手に取って煙草を吸い始める。赤いドレスの女の両腕が腐敗の王の顔面の前を通過してテーブルに膝を乗せ、軍服姿の女がくわえた煙草にジッポで火を点ける。明らかなマナー違反だが、王は特に気にしていないみたいだった。むしろ、背後で見ている、組員の者達に自分達のグループの方針を示しているようにも見えた。


 しばらく、軍服姿の女が煙草を吸い続けて、彼女が吸い終わった後、腐敗の王は口を開き始める。


「それで。お前らと対立している組織の構成員は何名くらいだ? 名前は?」

「名前は『角端(かくたん)』。黒い麒麟の紋章の中国系マフィアです。俺達のシマで、臓器売買と児童買春目的の誘拐を行っている。一応、ウチの組は民間人や警察とも友好な態度を取っている。連中が好き勝手されると困る。構成員は不明ですが、幹部を潰せば機能不全に陥ると思います」

「報酬はいつも通りでいいな?」

「はい」

「幹部の情報を」

 五黄はファイルを取り出して開く。


 そこには何名かの中国マフィアの写真が貼られていた。


「ボスはズーハン。五十代の太った男。下に幹部としてカンルー、ジャン、ソンリェンの三名がいます。こいつらが俺達のシマを荒らし回っている」

「じゃあ、俺の両隣の二人に始末させよう。ブラッディ・メリーを連れてきた。連中がどんな武器を持ってようが、彼女一人で制圧出来る」

 腐敗の王は、淡々と言った。


「ウチの親父(くみちょう)が、中国人の連中には怒り狂っている。ホント、頼みますよ」

 五黄は気怠そうに紫煙を吐いていた。


「私も手伝っていい?」

 アンダイイングが口を出す。


「ああ。そうだな。お前は実戦経験を増やした方がいい。武闘派の連中をなるべく殺せ」

「了解」

 アンダイイングは二本目の煙草を吸い始めた。


 五黄は腐敗の王の両隣にいる女達を見て、冷や汗をかいていた。

 ヤクザ社会は基本的には未だに男尊女卑だ。

 力と暴力こそが、最後にはモノを言う。

 だが、ブラッディ・メリーは武装した大男が何名掛かっても紙屑みたいに素手で殺すし、青色の軍服を纏い、刀を帯刀した女も似たようなものだろう。

 組としては、女に舐められるわけにはいかないが、腐敗の王は、自分は欧米思想なので、有能な者は男女関係無いと返す。


「取引成立だな」

 腐敗の王が立ち上がった後、二人の女達も立ち上がる。

 そして、部屋の外で他の組員に睨みをきかせていた、ヤクザ社会の伝説である菅原剛真と、二人の女達が談笑しているみたいだった。内容は好きな犬猫の話だ。緊迫感が何も無い。


「連中と四日後に、取引があるんですが。代理として貴方達には行って戴きたいんですが。連中が代理に乗るか」

「大丈夫だろ。奴らはお前らをカモにしたいんだろ。代理だろうが何だろうが、構わないだろうさ」

「まあ。ですね」

 五黄はチャイニーズ・マフィアにガラケーで連絡を入れているみたいだった。スマホでの連絡を取らせないのは、連中なりに何か思惑があるのだろう。どうでもいい事だ。



「ゴールデンレトリバー、可愛いわよ」

 化座が菅原に金色の犬を見せていた。

「猫もいいかも。ロシアンブルーなんて、どうだ?」

 ダークグレーの好戦的そうな猫を、氷歌は菅原に見せる。


「だーからー。俺は保健所で貰いに行くよ」

 菅原は小さく溜め息を吐いた。


「でもなあ。あそこ、陰気な感じがして入りにくいんだよなあ。見に行って、自分好みの犬猫がいなかったとしたら、全員、見捨てるような気がしてなあ」


「カルネアデスの板って分かるでしょ? 人間社会の縮図がペットの殺処分所のドリーム・ボックスでは行われているのよ」

 化座は、そう淡々と言った。


 吐古四会の事務所内で、三名はそんな風に雑談を交わし合っていた。

 場所は雑務の組員達が控えをしている場所だ。

 給湯室なども隣接する部屋にはあった。

 ソファーの上、アンダイイング・星槻氷歌は座って、ふんぞり返っていた。


 組員の一人が、アンダイイングに近付いてくる。

 少し今風のビジネスマンといった感じのインテリヤクザといった印象だった。


「あの。すみません。アンダイイングさんですか?」

 彼は羨望に満ちた眼差しで氷歌に話し掛ける。


「貴方は何?」

「俺は群青って言います。会社の金、横領したのがバレて、クビになったんですが。菅原さんに面倒見て貰って、若頭の五黄さん紹介されました。組長も仁義に厚い。俺はこの組に尽くします」

 そう言いながら、群青は氷歌に何枚かの写真を見せる。

 それは腹を切り裂かれて、臓器が摘出されている人間だった。

 まだ、生きているみたいだ。

 氷歌はすぐに理解する。

 この群青という男は、臓器専門のブローカーを吐古四会で担当しているのだと。


「イイ写真でしょう?」

「ああ。そうだな」

「こいつらは金返せなかった連中なんですが。チャイニーズ・マフィアの連中は、未成年の少年少女も騙して臓器を奪ったり、裏ビデオに出演させている。俺達と奴らの境界線なんてものは、一般人(カタギ)からはあって無いようなものですが。やはり、線引きってのがある。まあ、それが“仁義”だとかっていう言葉になるんです」


「成程。お前達、筋モノにもルールみたいなものがあるのか」

「まあ。そんな処ですね」

 群青はコーヒーを淹れていた。


「砂糖とミルク、必要です?」

「じゃあ、砂糖は欲しい」

「そうですか。俺はミルクは入れるんですよね。健康に良さそうだから」

 お湯が沸いたみたいだった。

 群青は氷歌、自分、化座、菅原の四人分の為にコーヒーを用意する。


「私に興味がありあり、って感じの顔ね?」

 氷歌は群青に訊ねる。


「ブラッディ・メリーの姐さんの“処理”の写真、俺、何枚も持っているんですよね。あれは素晴らしい」

「お前、サイコキラーの才能があるよ」

 菅原が、群青に対して呆れた声を上げた。

 群青は菅原に軽く頭を下げて、そうですかねえ、と笑う。


「一緒に中国人討伐に来る? 面白いものが見えるかも」

「行きたいんですが……。若頭に事務所で待機するように言われている。FXの流れを見る仕事を任せられているんですよね」

「じゃあ。事が終われば、写真を送ってやるよ。好きなんだろ? そういうの?」

 氷歌は、群青に対して楽しそうに笑った。


 化座は砂糖とミルクをふんだんに入れたコーヒーを、菅原はブラックのコーヒーを飲んでいた。そして、菅原は化座に軽く恋愛相談をしていた。化座は菅原のスマホを使って、LINEでのメールのやり取りをしている。


「この女はブランド物の服貰うよりも、髪型やメイクやマニュキアを褒めて貰いたいタイプだから、菅原、自尊心をくすぐってあげて。風俗嬢じゃなくて、BARで知り合った子なんでしょ?」

「ああー、やっぱ違うのか。しかし、化座、いつもすまねぇーな。ユキちゃん、やっとデートに誘えたんだ。数万する高級レストランならいくつも知っているぜ」

「…………。またフラれるわよ……。そういう場所はこのタイプの女なら気疲れさせるの。映画館とか美術館でいいわよ。ただし、映画に誘うんなら、マニアックな奴は駄目。任侠ものとか絶対に駄目。ホラーとかファンタジーがいいわよ。レストランは、一人、二千円くらいの奴でいいわよ」

「そんなものなのかよ?」

「アンタ、ただでさえ、怖がられているんだから、ギャップで相手を落ち着かせないと!」


 群青は、化座と菅原のやり取りを見ながら、関心しているみたいだった。

 他の組員達は、菅原はこの業界では生ける伝説なので、その菅原にタメ口で会話をしているブラッディ・メリーとアンダイイングを見ながら、他の組員達は唖然としていた。


 腐敗の王は三人が待機している部屋の前に立つ。


「チャイニーズ・マフィアの連中の居場所が大体、分かった。俺達は組の人間の代理として落ち合う事になるらしい。その時に全員、始末するぞ」

 化座と氷歌は頷く。


「四日後だな。大暴れするぞ。中国マフィアの連中だが。全員、皆殺しだなっ!」

 腐敗の王は、まるで、彼の趣味のオンライン・ゲームをみなでプレイするかのような口調で仲間達に告げる。


 群青は腐敗の王を見て、飄々としていてよく分からない人物だ、という印象を抱いた。

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