ブラッディ・メリー・化座彩南と、アンダイイング・星槻氷歌が直接、会ったのは一週間程前だった。
化座は、菅原の口から、腐敗の王がシリアルキラーを育てているという話を知っていた。
『クリスマス・ツリー』を作った事件を聞いて、ちょうど会ってみようと思っていた処だった。
腐敗の王は組織内の人間関係を考えたりするタイプだ。
スワンソングはアンダイイングの双子の妹を殺害している。
いくら氷歌が劣等感の元凶となった妹とはいえ、まがりなりにも親族が殺害されている二人の間でどんな感情が芽生えるか分からない。
ただ。
腐敗の王から他のメンバー達と比べて下に見られているような気分になり、氷歌が仲間外れにされているような感じがずっとしたので、
ブラッディ・メリーと会わせるという計らいになった。
昼下がりの公園だった。
アンダイイングは、ブラッディ・メリーを探していた。
真っ赤なチャイナ服風のドレスを着た女が、公園で炭酸飲料を飲みながら木陰のベンチで休んでいた。
両耳に十字架のピアスをしている。
彼女は真冬とは言え、太陽の日差しがキツそうな顔をしていた。
肌は吸血鬼のように白い。
胸元と太腿を露出させている。ドレスには真っ赤な薔薇や龍の絵柄が描かれている。しかも、露出させた胸元には五芒星の傷を付けている。スカリフィケーション(切り傷で作るタトゥー)という奴か。自分が言えた口じゃないが、どう考えても目立つ。
アンダイイングは彼女に声を掛ける。
「お前。もしかして、ブラッディ・メリー?」
アンダイイングは訊ねる。
猟奇殺人を行う時のナポレオンジャケット姿だった。
「貴方の方はアンダイイング?」
赤いドレスの女は訊ねる。
「そうだけど。直接会うのは始めまして、だな」
「ああ。そうだけど。その、ショッピングに付き合ってくれない?」
「…………。スワンソングと付き合っているんだってな?」
氷歌は探るように言葉を投げ掛けてみる。
「そうだけど」
「”私は気にしていない”。今度、会いたいな」
「まあ。あっちが嫌がると思うけどね」
ブラッディ・メリーは少し困った顔になる。
アンダイイングは話題を変える事にした。
「そう言えば、ショッピングって服でも買うのか?」
「うん。それから、メイク用品とか。私さあ。友達いないんだよね。小中校。大学時代もか。
だからその…………」
連続殺人犯。六十名以上の人間を拷問死させ、生きながら解剖し、清の時代においての中国の悪女である西太后に憧れている吸血鬼ブラッディ・メリーは、とても気恥ずかしそうに言った。
「私と友達になってくれない? 女友達なんて、小学生以来かも…………」
「…………。はあ、まあいいけど」
アンダイイングは、差し出された右手を握り締めた。
男を何十名も騙して、金を奪い、全身の血を抜き取り、臓器でモーメントを作った女は、屈託のまるで無い純粋無垢な笑顔をしていた。
†
「ねえ。私、朔ちゃんみたいな可愛いフリフリな服も着たいんだけど、体型がセクシー系だから似合わなそうなんだよね」
「別に着ればいいだろ。しかし、ホント、胸もケツもデカいよな。お前」
氷歌は自分の胸を鏡で見る。
何カップか下だろう。
そもそも自分は寄せて上げるタイプのブラジャーで誤魔化している。
「清楚系とかも憧れるんだけど。なんか、私、トゲトゲした性格だからさあ。似合わないんだよね」
「だから、別に男に媚びずに着ればいいだろ」
氷歌は小さく溜め息を付く。
ショッピングで洋服選びをした後。
ブラッディ・メリーは、カラオケに誘った。
歌の内容は病み系のボカロだった。アニソンも混ざっていた。
アンダイイングは、無難に流行の歌を歌う。
「そう言えば氷歌。貴方も男とか騙すんでしょ?」
「あーあ? 腐敗の王に会うまで、イイ奴いなかったからな。大体、権力持ってる会社のクソみてぇな親父と寝てた。
不倫もしたし。ブランド香水のプレゼントも貰った。でも戦利品にならんよなー。
偏差値高い大学入って、大企業のOLやってさー。
三十近く生きてきて、付き合う男に合わせて服を買い、メイクも変える。
私の人生は本当、ゴミ以下だわ。彩南、お前、ホント、人生楽しそうだよなあ」
氷歌は気怠そうに灰皿に吸い掛けの煙草を押し付ける。
「で。趣味と言えば、TVゲームとスマホアプリ。付き合う男によっては趣味も否定される。くだらねぇー。
小説とか楽器とか演劇とか、学生の頃からやっておけばよかったわ。
絵とかな。何の為に生きているから分からなくて、後、何年かしたらアラサーなるって時に、妹が殺されて、腐敗の王から連絡が来た。今に至るな」
アンダイイングは少し考える。
カラオケボックス内には監視カメラがある。
互いに発言には気を付けなければならない。
「今日、私の家に来る? それともアンタの家に行っていい? 飲もう」
「うんっ!」
人間の血を啜る女は、童女のような表情で本当に嬉しそうな顔をしていた。
…………。本当に女友達の家に行ったり、家に連れてきたりした経験が無いんだろう。
†
ブラッディ・メリーはヤケ酒のように飲んでいた。
若干、部屋が汚部屋だったので、アンダイイングは顔を引き攣らせた。
「水商売系の女はマジで家が汚いって都市伝説じゃなかったんだな」
氷歌は愚痴りながら、近くのコンビニに行ってゴミ袋とゴム手袋を買ってくる。
食べ終わったカップラーメンの容器やコンビニ弁当の容器が散乱している。
脱ぎ捨てた服や使い途中の化粧品も転がっている。
漫画本やホラー映画のブルーレイが散乱している。
虫も這っているので、ベント剤の購入も必要になるだろう。
本棚の一、二つは綺麗にしており、棚には解剖学の医学書や中国の残酷な拷問の資料、アウシュビッツ収容所の白黒写真などが丁寧に並んでいた。犯行方法の研究本の棚の中に、ボカロのCDや乙女ゲーのサウンドトラックが混ざっていたのは思わず笑ってしまう。
そう言えば、異常者は部屋の一部だけ”神聖な場所”として病的に綺麗にするらしいが、そういうタイプなのか。
冷蔵庫も開けてみたが、死体の一部などは無い。
全部、処分したか、腐敗の王のアジトに持っていったのは本当らしかった。
「おい。窓際とか虫湧いているぞ。お前、よく沢山、酷い殺し方しておいて、証拠残さなかったなあ」
「そ、そ、それはスイッチが入るから…………」
彩南は引き攣った表情をする。
「部屋の片付けもスイッチ入れろよな」
しばらく、たっぷり一時間近く、氷歌は彩南の住んでいるアパートを掃除した後、ようやく酒盛りをする事にした。
大量のビール缶。
ワインの瓶も買ってある。
念の為に明日の仕事に間に合うように、一度、家に帰って表の仕事用の鞄と化粧品、スーツは用意してある。
これで、このアパートに泊まっても、明日は仕事に行けるだろう。
綺麗になったテーブルの上にスナック菓子や焼き鳥などの大量のツマミを置く。
「お前。社会不適合者だろ?」
氷歌は呆れたように言う。
「あーあー。バレた?」
「まあ。私みたいに無理して適応してきて、狂ったタイプとは真逆か」
二人は缶ビールの蓋を開けて、軽く乾杯する。
「そう言えば、腐敗の王と寝たんだって? どんな感じだった?」
「ああ? 上手でも下手でも無くて普通だったけど。今までで一番、最高だったな」
「その……。サイズとか…………」
彩南は手首を使って、大きさを示そうとする。
「喧しいわ。聞くなよ。私はその手の話題を振るクソ女が嫌いなんだよっ!」
氷歌は顔を引くつかせる。
「私は上腕筋とかのサイズを聞いているんだけど? あの人、露出しないじゃん」
「…………。死ね!」
氷歌は顔が真っ赤になる。
「まだ、惚れてる?」
「あいつ、次第だな」
氷歌は腹立たしくなって、ワインをラッパ飲みする。
夜の12時近くになった。
腐敗の王からLINEで連絡があった。
<ブラッディ・メリーと仲良くなったか?>
「私より二歳年下なんだが。子守りをしているみたいだよ。なんだよ、こいつ。
本当に六十名以上殺して、一家惨殺二件している。サイコパスなのかよ!?」
<愛情に飢えてるんだろ。友情にもだ。中学校、高校時代のイジメのトラウマも俺は聞かされる。処で指令だが。ブラッディ・メリーと一週間後、俺とビジネスをしないか?>
「どんなビジネス?」
<資金源の一つにしている吐古四会って指定暴力団の若頭と会う。
抗争の手伝いだそうだ。菅原も呼ぶ。お前も来るか?>
「行くよ」
<そうか。分かった。吐古四会の若頭に伝えておく>
彩南は酔いつぶれて、ベッドの下に寝転がっていた。
寝顔は、何故か、中高生を思わせた。
色っぽい服装をしている癖に、妙にこの女は子供だ。
氷歌はこんな妹の方が良かったなあ、と、漠然と思った。
毛布があったので、風邪を引かないように身体にかぶせてやった。
一週間後は、こいつと仕事か。