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黒社会『角端』

 チャイニーズ・マフィアの事は別名『黒社会』と呼ばれている。

 日本のヤクザも震え上がり、十、二十万円程度で人殺しを請け負うヒットマンまでいるという日本に溶け込んだ怪物達だ。昔は新宿や大阪のとある地区などにて、派手に暴れ回っていたらしい。暴対法が強化される中で『角端』の連中の行動は揺るがない。日本に住むヤクザ達は今でも、彼らを恐れていた。


 十二月の空。

 時刻は正午の二時過ぎだ。


取引場所はチャイナタウン。

 直接、取引を行うのは、吐古四会の何名かの組員という話だった。

 インテリヤクザである、群青も付いてくる。


 もちろん、中国マフィア『角端』は幹部が直々に取引に現れるらしい。

 本来なら、若頭が来るのが筋なのだが、日本のルールと違う。


 縄張りの話し合いだ。

 勿論、吐古四会に不利な条件で向こうは進めている。


 五黄の代理として、腐敗の王が、角端の幹部と話し合う事になっている。

 それが風俗店の運営の話なのか、賭場の話なのか、臓器売買、土地、何の利権なのかは興味が無い。

 便宜上。腐敗の王達はヤクザのステークホルダー(利害一致者)である“半グレ”集団みたいな扱いだ。半グレ……暴力団組織に属さない、法を犯す集団。不良出身の連中が多い。菅原は自分達がそう呼ばれる事が気に入らない。


 始めから向こうは”抗争目的”。

 腐敗の王は組織の資金運営の為に、吐古四会のボディーガードを行えばいい。

 いつもと同じ話だ。


「腐敗の王さんー。貴方ら、連中に紹介する時に半グレ連中を連れてきた、って話で通しているんですが」

 群青は腰を低くさせながら、ヘラヘラと笑っていた。


「俺達の組織は、日本国内では、所謂、”半グレ”という事にカテゴライズされるんだろうが。俺の感覚としては違うなあ」

 腐敗の王は否定しなかった。

 化座と氷歌は笑い合う。

 自分達は反社会的勢力であり、一般的な見解だと”半グレ”というチンピラ集団という事になる。

 菅原は一応、ヤクザから足を洗っているが、実質的にやっている事は吐古四会が請け負うヒットマンだ。


 レストランの中では、中国語の曲が流れていた。多分、現地での流行歌なのだろう。

 化座は店の内装に喜ぶ。

 しばらくして、チャイナ服を身に付けた男達が部屋に入ってくる。

 中に、巨漢の男がいた。

『角端』の幹部である男、ズーハンで間違いない。



 中華料理店内では、高級食が出されていた。

 化座は平気で料理に箸を付けていた。

 氷歌と他の組員達は毒を盛られる可能性を考えて、向こうが手を付ける前に箸を付けなかった。

 勿論、毒殺するつもりなら、こちら側の料理だけに毒を入れる事は可能だろうが。そんな見っともない手を使う連中だろうか。やるなら武力にモノを言わせる筈だ、化座は一瞬でそう判断したみたいだった。


 腐敗の王は若頭である五黄の代理として、黒社会の組織の幹部である身長二メートル近くある巨漢の男、ズーハンと話を交わしていた。


「だ、そうで。吐古四会はお前ら角端に縄張りはやれないそうだ。チャイナタウンの中でビジネスをしていろってよ」

 腐敗の王も、チャーハンに手を付け始める。


「フカヒレ美味しい。ありがとう」

 化座は今度は北京ダックに箸を伸ばす。


「それは、困りますネエ。元々、我々の組織にそちらの組の店があった。きっちり、立ち退いて貰わなけレバ」

 ズーハンは中国語のイントネーションを残す日本語で話す。


「初めから交渉するつもりは無いんだろ? ああ、この伊勢海老は美味いな。俺は料理には目が無くてな」

 そう言いながら、腐敗の王は伊勢海老の団子に箸を伸ばしていた。


 ズーハンの手下達は、余りにも自然体で銃器を取り出していた。

 氷歌の隣にいた群青は息を飲む。


「ワタシの後ろにいる、カンルーは青龍刀の達人ダ。貴様の首を落とす事など容易イ」

 ズーハンは表情を変えずに脅しを入れる。


「抗争。あるいはこっちの組員の死体を送り付けて届けるのが目的だったんだろ? さっさとやってみたら、どうだ? …………。むう、おい、アンダイイング。この麻婆豆腐だが、チャーハンと混ぜてみろ。美味だ」

 腐敗の王は、ズーハンや彼の手下に興味を無くして食事を続けていた。


 ズーハンは指を弾く。


 チャイナ服を着たズーハンの部下の一人が、腐敗の王に拳銃を向けて引き金を引いていた。

 弾丸は当たる事無く、腕を伸ばした化座の左腕に命中していた。

 ぽろり、と、弾丸がテーブルに落ちる。

 化座の両手の爪は、一本、一本が、サーベルのように長く伸びていた。


「この店のシェフに宜しくな。飯は食わせて貰うぞ」


 青龍刀を引き抜いた男が、群青へと迫った。

 氷歌は立ち上がり、帯刀していた刀を引き抜き、向かってきた男の首に刃を振るった。

 男の生首が居合切りで斬り飛ばした刀の上に乗っていた。

 氷歌は、生首をサッカーボールのようにして、ズーハンへと蹴り飛ばす。


 マシンガンを手にした男が、腐敗の王に引き金を引き続ける。


 化座が放たれた弾丸の全てを胸と腹、腕だけで受け止めていた。


「…………嘘、だろ?」

 ブラッディ・メリー化座彩南は、マシンガンを手にした男の顔面を壁に叩き付けて伸びた指先の爪で握り潰していた。

 男の頭蓋が柔らかいフルーツのように、砕け散る。


 ズーハンは何が起こっているのか分からなかった。


「ああ。彼女達には言っている。お前ら黒社会の連中が俺達に手を出したら、皆殺しにしろ、とな」

 腐敗の王は、肉片が飛び散っていない料理の皿に手を付けていた。


 室内に、次々とズーハンの手下が入り込んでくる。

 それぞれ、両手に銃器や青龍刀の類が握り締められていた。


 この中華レストラン自体が、ズーハンの息が掛かっているのだろう。

 店員全てが、角端の構成員だと見ていい。


 二丁拳銃を持った男が氷歌の眉間を狙ったが、氷歌は刹那の時間で、二丁拳銃の男の両腕と首を切断する。


 腐敗の王は杏仁豆腐を食べた後、立ち上がる。


「とても美味だったぞ。良い店だな。此処は」


 青龍刀を手にした男の一人が、腐敗の王の元へと向かってくる。

 王は…………。


 男の顔面を鷲掴みにする。

 男の顔面はボロボロと腐り始め、顔のパーツが次々と取れていく。


 腐敗の王は室内を見渡す。

 ズーハンの死体が見当たらない。


「おい。化座、氷歌。お前ら、あのデカい男、どうした?」


「あれ? 外に逃がしちゃったんじゃない?」

「私も手下、斬っていたら、殺るの忘れてた」

「アンダイイングッ! 何名、殺した?」

「んと。七名くらいだな」

「私は二十……ひい、ふう、みい、二十七名殺したっ!」

「お前、人間じゃないだろ。なんで、爪が伸びんだよ。なんで、弾丸浴びて無傷なんだよ。ってか、服も孔空いて無くないか? 一体、どうなってんだよ?」

 アンダイイング、星槻氷歌はテーブルの上に乗り、煙草を吸い始める。


「それより、こいつら”作品”にしていい?」

 返り血を臓物の破片を舐めながら、化座は無邪気に笑っていた。


「だ、そうだけど、群青。どうした方がいいと思う?」

 氷歌は、指定暴力団のインテリヤクザに訊ねる。


「…………。お、俺に訊ねられても」


 外で、銃声が響き渡っていた。

 外には、菅原を待機させている。


 腐敗の王は化座と氷歌を連れて、外へと向かう。

 彼らの後に、群青など、吐古四会のメンバーが付いていく。


 中華レストランの前では、大男のズーハンの死体が転がっていた。

 二十二口径リボルバーを手にした菅原が、ズーハンの頭部を正確に狙い撃ち、殺したのだった。

 ズーハンと共に逃げた側近達が正確に急所を撃ち抜かれて死亡していた。


「おい。俺、本当は人殺し好きじゃないっつってんだろ。わざと逃がしたな?」

 菅原は腐敗の王、化座の顔を睨み付ける。


「腕がなまると困るだろ」

 腐敗の王はそう返す。

 そして、五黄の携帯に電話を入れる。


「たった今、『角端』のメンバーは皆殺しにした。面倒臭いから、死体処理はお前らの組でやっていてくれ」


 腐敗の王は電話を切った後。ふいに踵を返す。

 レストランの中にいたシェフを見つける。


「おい。お前、俺の処で働かないか? 此処よりは薄給だろうがなあ」


 シェフは怯えながら、真っ黒なフードとローブを纏った男を見上げていた。


 奥にいた、生き残りのズーハンの部下二人が腐敗の王に拳銃を向けていた。


「テメェら、何処の組織のもんだ?」

 チャイナ服の男二人の手は震えていた。


 腐敗の王は彼らの手にする銃器を無視して距離を詰め、二人の男の顔に手を触れていく。

 生き残りのチャイニーズ・マフィアの身体がグズグズに崩れていった。

 後には腐った肉片と骨ばかりが残った。


「おい。化座っ!」

 腐敗の王は、何かを思い出したように自分の部下に訊ねる。


「何?」

 化座はレストラン内のインテリアに見惚れていた。


「俺達の組織名ってなんだったか?」

「…………。いや、決めてなかったんじゃない?」

「…………。やはり、決めておいた方が良いよなあ…………。チームに名前が無いと、名乗る時、不便だな」

「今時、イキった半グレとか言う反社のガキ共でもチーム名決めてんだから、さっさと決めれば?」

 氷歌は呆れたように言う。

「なんでもいいから。ネーミング・センスがある奴が決めてくれ。俺はそろそろ帰る。飯が上手かったから、これから昼寝でもしたい」

「アンタ、悪の組織のボスだろ。もっと、威厳出せよ。部下に決めさせるのかよ。変な名前つけるぞ」

 氷歌が茶化す。


「かなりマジで言っていいか?」

 腐敗の王は、化座、氷歌、菅原の顔をそれぞれ真剣な顔で見る。

「なんすか、腐敗の王」

 菅原が口を開く。


「俺達は『悪の組織』で、反社会グループの集団なのか? 気の合いそうな人間を集めて、組織っぽくしただけなんだが」

「…………、王。貴方、まだ私達が友達グループで集まっているだけ、って考えている?」

「俺はそのつもりだが?」

「………………。馬鹿なんじゃないの……? 周りはそう見てないと思うわよ」

 化座も呆れていた。

 氷歌はスマホアプリを弄り始めていた。


 吐古四会の組員達は、彼らの会話のやりとりを聞きながら唖然とした顔をしていた。



 ……一体、なんなんだ、この人達は…………。

 群青は、腐敗の王達を眺めながら、かなり困惑した顔をしていた。



「貴方は一体、何者なんだ?」

 群青は腐敗の王に訊ねる。


「俺か? そうだな」

 腐敗の王は、少し考えてから答えた。


「俺達は”アーティスト”だ。俺はギャラリーを率先して作り、その館主(オーナー)になりたい。俺の部下、っていうか、仲間は、アーティスト仲間、というわけだ」


 そう言うと、腐敗の王は菅原の運転する車に、化座と氷歌と一緒に乗る。


 群青は彼の言っている言葉を理解するのに、たっぷり十数分を要した。

 …………つまり、腐敗の王は自分達の行為を、芸術だと考えている。

 彼にとって、あるいは、彼らにとって、殺人行為は、あるいは人体は、人間の命は、アクリル絵の具や粘土、墨や石膏でしかない。

 絵筆やデジタルペイントソフトや、楽器やデジタルカメラで作品を創るのと同じ感覚で、刃物や銃器を扱っている。


 精神鑑定をするまでもなく、完全にイカれている…………。



<腐敗の王達の連中は『テロリスト』だよ。やってるのはメキシコ・マフィアの連中と大差無い。どんなヤクザよりも攻撃的で、命に無慈悲。連中だけは敵に回すなと、俺は親組織から言われている>


「黒社会(中国系マフィア)の連中と全面戦争になりかねませんぜ」

 電話で五黄は溜め息を吐く。


「おやっさん(組長)。どうします?」

 若頭、五黄は困った顔をする。


<いいじゃろ、別に。黒い男が、黒社会と抗争も厭わないんじゃろ? 連中、警察も怖くないそうじゃろう?>

 関東・吐古四会の組長である老人は、楽しそうな口調だった。


「俺~、手切りたいんすよねー」

<わしの若い頃は黒社会の連中とは何度も揉めた。最近は暴対法で動けん。かといって、奴らは半グレとも違う。ヤクザでも無い。カルト教団とも違う。黒い男は本当に素晴らしい>


「ですから、俺は連中の事を、こう言っているでしょう。腐敗の王達は『テロリスト』の集団だって」

 五黄は溜め息を吐いた。


「警察の旦那達とも、議員さんとも、上手くやってきたんじゃが……。黒い男とその仲間達は飼い馴らせないか」

 もうすぐ、還暦に差し掛かる老人は本当に嬉しそうな声をしていた。



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