中国マフィアを始末してから、数日後の事だった。
最近、化座はよく酒を飲みに氷歌の部屋に入り浸るようになった。
氷歌は、変な妹が新しく出来た気分だった。
腐敗の王、スワンソングはネクロマンサーとLINEでのやり取りをしており、ブラッディ・メリーとアンダイイングの二人もLINEで互いに情報交換をし合っていた。
<腐敗の王は幾つかの事を隠している。それは何だと思う?>
ネクロマンサー・葉月とアンダイイング・氷歌は、グループではなく、個通で、LINEのやり取りをしていた。
氷歌はイライラしながら、葉月と連絡を取り合っていた。
「私が教えられる情報だと。腐敗の王の下にはブラッディ・メリー、スワンソング。そしてスナイパーの男と、後一人、シリアルキラーがいる。私自身も含めて五人。それから、協力者としてシェフが二人。暴力団組織が一つと言っている。教えられるのは、此処までだ。他にも協力者は何名もいると思う、私は全て把握しているわけじゃあない」
<その協力者は何名くらい?>
「さあな? ただ…………、おそらくは……」
氷歌は首をひねっていた。
先日、吐古四会に協力して、あの暴力団組織の信頼を全面的に得る代わりに、中国マフィアの連中を敵に回した。腐敗の王は何処まで計算しているのか。
だが、その情報を、今の時点で、氷歌はネクロマンサーに渡すつもりは無い。
葉月は少し考えてからLINEのメッセージを追加したみたいだった。
<腐敗の王は部下を容赦無く切り捨てる。普段は温和なイメージで接しているらしいけどね。私はそう見ているわ>
葉月はせせら笑うように、LINEにメッセージを書き込んでいた。
氷歌は化座にLINEのやり取りを見せた後、頭に血管が登り、思わずスマホを壁に叩き付けようとする。すんでの処で冷静になり、電源を切る事にした。
氷歌はスマホをテーブルに置いた後、椅子を強く蹴り上げる。
椅子が宙を舞い、バラバラに砕け散った。
「絶対、いつか殺してやる。ネクロマンサー」
LINEを見て、化座も露骨に葉月に対して不快感を示していた。
「同感。ガキが私達全てを掌握出来るって考えている。不快な小娘だな」
氷歌も同意する。
冷静になった後、再びスマホの電源を付ける。
ネクロマンサーはお構いなしにメッセージを送っていた。
<『ワー・ウルフ』の正体なんだけど、私はある可能性を考えているの>
「何かしら? ネクロマンサー。腐敗の王は政治家か警察官僚を疑っているわ」
<複数犯。しかも“集団”。FBIが関与して何も出てこなかったんでしょう? 国家ぐるみの何かかもしれない。たとえば人間の脳を人体実験して廃棄する連続殺人鬼のフリをしている。国家の秘密組織なのかも…………>
葉月のその推理を見て、化座は息を飲む。
「『特殊犯罪捜査課』には、その推理は?」
<貴方達が呼んでいる処のシルバー・ファング。牙口令谷のメンタル。根源的な存在理由に関わる事じゃない? もし敵が国家レベルの集団だとするなら、相手が悪すぎる。彼は実体の無い“一人の殺人犯を追っている”という事になる。人間の頭蓋を生きながら開き“神になる儀式”を行っているワー・ウルフが国家に従属している組織の可能性。もし、それが司法などに関わっていたらどうする? 令谷の心は壊れる…………>
ネクロマンサー葉月とのLINEは終わる。
「明日。有休取るわ。彩南、ショッピングでもしよう」
氷歌はとてつもなく不機嫌な顔をしながら、酒のボトルを開く。
「分かったわ。付き合う」
化座は頷いた。
†
一日が立ち、昼はとても良い天気だった。
二人共、少しラフな格好をしていた。
今風の二十代女性といった格好だった。
ただ、歩きながらの会話の内容は、一般人が聞くと常軌を逸しているものだった。
「呂后(りょこう)、あるいはフィクションの中で描かれる西太合の真似事をして、気に入らない女の四肢を切断して、顔面の皮を削いだ。まあ、豚の餌用の厠が無かったから放り込めなかったけど。その女は三十数時間で死んだ。腕を一つ切断してから、他の手足を切り取るのは二十時間を過ぎた頃だった。拷問によって生かし続けるのは職人技なのよ。痛覚によるショック死という見解を考えれば、紀元前の中国においての呂后のストーリーは医療技術として生かすの難しいんじゃない? 雑菌とか蔓延してだろうし。去勢によって権力と生存を許される宦官さえ、当時は命掛けだったとか」
ブラッディ・メリー・化座彩南は、喋りながら、家にシャンプーとリンスが足りてあったか考えていた。
アンダイイング・星槻氷歌は彼女の話を聞きながら、耳の軟骨に開けるピアスを増やす為にアクセサリーショップに行くべきかを考えていた。
「人豚作った奴、複数の女帝の逸話で語られているな。それ程、中国って国は残虐と暴政による恐怖の伝説が必要だったんじゃないか? だから、そういう作り話が生まれたんじゃない?」
彩南と氷歌はショッピングをしながら、残酷な雑談に花を咲かせていた。
香水。化粧品。美容液。好きなブランドの服。
互いの好みを話し合う。
「頭蓋を開いて、脳に異物を仕込んだ奴の犠牲者の身体からは麻酔などが検出されているらしいわ。今なら人豚やれるかもね」
「まっ。人間は首の骨とか脊髄を折ってやったら、似たような状態になるけど」
「見世物のショーとして使うのよ」
「相変わらず、発想の趣味が悪いな」
「三月に臓器の雛壇。五月に人間鯉のぼり作りたいとか言っている犯罪者にそんな事言われても困るわ。しかも、芸能人を標的にする予定なんでしょ?」
「ランチ何食べる? 貴方のせいで、肉料理が食えなくなっただろ」
「そう? 私は逆に肉が食べたくなった」
「間を取って、魚は? 日本料理とか好き?」
「じゃあ、両方出してくれるレストランを探しましょう」
†
夜になった。
ビルの六階にあるレストランから二人はランチを食べながら、下界を見下ろしていた。
レストラン内は禁煙なので、氷歌は少し苛々しながら禁煙パイプをガリガリと齧りながら口にしていた。後で飴でも買いに行こうと思う。
「数年前からの流行で、喫煙者に厳しい流れは腹立たしいわね。アルコールの方が癌の発症率が高いのに、酒は弾圧されない」
氷歌はそう言いながら、刺身に箸を付ける。
「ま。政府の政策でしょ? どっかのお偉いさんの都合って事」
彩南は政治は詳しくないが、腐敗の王がそのような事を話していたのを覚えている。
「処で王は何がしたいと思っている?」
氷歌は訊ねる。
「さあ? 意外と自分探し、なのかも」
「ああ。在り得るわね」
「処で腐敗の王は自分自身を“正義”だと思って動いている可能性があるわ」
彩南はステーキを切りながら、そんな事を告げた。
レストランを出た後、洒落たBARに向かう。
氷歌は静まり返ったBARの中で、夜景を眺めていた。
彩南はソルティドッグを口にしていた。
店内には、静かなジャズが流れている。
他に客はいない。
BARの中は喫煙が出来たので、ようやく煙草が吸えると、氷歌はさっそくシガレットを口にくわえ、火を点ける。
「腐敗の王は、特殊犯罪捜査課に協力している、……というよりも、面白がって便乗するつもり満々らしいなあ。エイプの連中を全員、殺すと言っている」
「エンジェル・メーカーの尻ぬぐいじゃないの? 奴のせいで、頭のおかしいカルト教団から私達が狙われる事になっているって聞いている」
「この間の中国マフィアの連中よりも、ある意味で言えば、危険な連中。日本政府に奴らは入り込んでいる」
「私達は社会の裏でひっそりと、人殺しをする犯罪者のグループだった筈だけど」
「ある意味、社会貢献じゃないのか? 連中を一掃すれば、一般市民から利権をむしり取っている教団上層部の利権が、市民に行き渡るとも言われている」
「エイプの派生団体は、幾つもある。派生団体と言っても、完全に袂を分けたわけじゃなくて。何らかの形で、エイプに協力している。与党政治家、大企業の社長なども献金しているんだと」
「面倒臭い連中なのね」
「そういう事。実質的に、連続殺人を繰り返すよりも、より上の連中に喧嘩を売っている事になる。私達のボスは、警察だけじゃなくて、日本国家そのものを敵に回しても平気なんだろうな」
「彩南。何を隠している?」
氷歌は眼を細める。
「他人に対する隠し事ならいっぱいあるけど。みんな持っているでしょう? 氷歌。何を私から聞きたいの?」
「ブラッディ・メリー。お前の能力の全貌を教えて欲しい。身体強化以外に、何が出来る?」
ラムコークを飲みながら、氷歌は薄ら笑いを浮かべる。
化座彩南は窓の外を見ながら、雨が降ってきた事に気付く。
「このBARの店内くらいかしら? 私が感知出来るのは」
「ふうん。何を?」
「人間の体液。DNA。指紋とか血痕。その他のあらゆる、体内から出た痕跡を私は感知する事が出来る。それで、六十件くらいの連続殺人の証拠を消してきた。ちなみに、そういう事が出来るのは、王と、スワンソングにしか教えていない。貴方も他言しないで欲しい」
「成程。分かったわ」
氷歌はラムコークを飲み干す。
「でしょうね。貴方は?」
「残念だけど。私はさっぱり。化け物じみた力が無い」
氷歌は空が稲光を放っているのを眺めていた。
「正直、実力不足を感じている。私はボスの下にいていいのか」
「別にいいじゃない。実力不足? 貴方の強さは、角端との戦いで証明されたわ」
「……でも、私はまだまだだよ。足を引っ張るかも…………」
「なら」
彩南は笑う。
「力を証明すればいい。私達は国家も怖くない。そうでしょう? アンダイイング。私達、悪党は何者にも屈しない」
氷歌は二本目の煙草に火を点ける。
「考えがシンプルだな。彩南。あんたのそんな処が好きだ」
氷歌は小さく笑う。
「ネクロマンサー。あの小娘も、幾つも能力を隠しているだろうな」
氷歌は呟く。
「女は隠し事が多い、って言うけど。あれは、慢性的に他人を騙したり、隠し事をする事が癖になっている。気持ちはよく分かるけど、厄介ね」
彩南はそう言って、鼻を鳴らした。
「雨が止んだわね。ラウンジに行きましょう? 此処では小声でも聞かれたくない」
彩南は言う。
「分かったわ」
氷歌は頷いて会計に向かう。
†
「また、降りそうね。濡れるのは嫌だけど」
アンダイイングは靡く髪の毛を撫でていた。
この場所はラウンジから夜景を楽しめる。
本来はカップルで來るような場所だが、二人は、これはこれで楽しんでいた。
「男共は、楽天的でね。うちらのボスが仲間に引き入れたいって言って、そういう形を取っているんだけど。私は認めないし。気に入らない」
「ふうん? 菅原と、スワンソングは?」
氷歌は禁煙の張り紙を見て、またか、と、少し苛立つ。
「サクは、シルバー・ファングの手助けをしている。ワー・ウルフを討つ為に協力体制。私と菅原は王と行動を共にする事にした。まあ、サクから“隠し事をしていないか?”って訊ねられたけど。“貴方には何の関係も無い”って答えておいた。実際、関係無い話だし」
そう言いながら、彩南はリップスティックを唇に塗り直す。
「私の能力、教えた。貴方の考えている事、教えてくれない?」
アンダイイングは、少し眼を細めて口元に手をやった後、答えた。
「私は自分のリスクは減らしたい。お前程、強くないからなあ」
アンダイイングは、ブラッディ・メリーの両眼を見据える。
「考えている事は、多分、一緒か?」
「おそらく…………」
氷歌は、先ほど買ったメロンキャンディを取り出すと、口に入れてガリガリと齧る。
「私、生意気な同性、嫌いなのよね。無礼な同性。小馬鹿にしてくる女」
「分かるよ。私は加えて、不安要素を取り除きたい」
「男共は乗り気じゃない」
「加えて、こちらの情報をガバガバ渡している。腐敗の王、あいつの悪い癖だ。なんとでもなると思っている」
ブラッディ・メリーとアンダイイングは、互いに頷く。
「私達だけで、ネクロマンサー、昼宵葉月を始末しましょう」
「それいいな。大賛成」
一瞬。
殺気…………。殺意で空間が歪んだ。
辺りにいたカップル達が、体調が悪い、何か気分が悪いなどとボヤいていた。