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深海の闇の帳を超えて。

 式神同士がぶつかり合う。

 やや、生輪が押され気味だった。


 背後では、教団の信者の成れの果てである魚介類と人間のキメラ達が、ゾンビ化した元仲間達と仲間割れをしていた。生輪はその光景を見て、とばっちりを喰らわないように動く。


「おどれら、何をしておるっ! 陰陽師を叩けっ!」

 卯尾は部下の者達を叱責する。


 生輪は新たな術を練り上げていた。

 卯尾の攻撃を避けながら、彼は結界を張っていた。


 奥の手である式神を召喚する為には、何ステップかの条件がある。


 まずは結界を張る事。

 そして、先に別の式神を召喚して、入り口を創り出す事。

 生輪が充分に自身の術を練り込んでおく事。


 これら三つのステップを行う事によって、彼の手持ちの最強の式神を呼び出す事が出来る。


 五芒星が卯尾の背後に生まれた。


 生輪のものだ。

 五芒星の中から、黄金色の光が発せられる。


 卯尾は混乱していた。

 黄金に輝く龍だった。


「『黄龍』っ! そいつを食い千切れっ!」


 召喚された黄金色の龍は、卯尾を飲み込んでいく。

 そして、生輪に襲い掛かろうとしてくる、魚人やアンデッド達を、次々と龍が飲み込んでいく。その強さは圧倒的だった。


「お前らみたいな連中は、この俺が俺が俺がっ、全員、皆殺しにしてやるよっ!」


 正殿は粉々に粉砕されていた。

 魚人達は次々と、生輪の式神である黄龍によって喰い尽くされていく。


 ぼとり、と、卯尾の生首が転がっていた。

 首を切断されてもなお、卯尾は泡を吹き出しながら呼吸をしていた。


 生輪は無感情で、卯尾の顔面を勢いよく踏み付けた。



 地上に上がり、葉月を追っていた魚人達は突然、何か得体の知れない存在によって全身を斬り付けられていく。


 彼らは気付けば、肉片になっていた。

 ぼとり、ぼとり、と、死骸が積み重なっていく。

 後に残されたサンゴ型の魚人に刀剣の刃が突き付けられる。


「此処から出られる場所は?」

 サンゴの魚人は震えながら、指先で指し示す。サンゴは首を落とされた。


「最深部のお宝は手に入れたけど、帰り道に迷うなんて、ざまーねぇな。恥ずかしい事、この上ねぇ」


 アンダイイングは苛立っていた。


 ネクロマンサーを謀殺しようとしたのに、まんまと襲撃のタイミングを幾度も逃し、挙句に神社の中で迷子になってしまった。


 ブラッディ・メリーいわく、自分達二人の気配は完全に葉月と生輪の二人に気付かれていたらしい。その事実はどうしようもない程に腹立たしい事、この上無い。


「氷歌。この先に崖が見つかった。そこから、出られそう」


 ブラッディ・メリーは森の中から現れる。


 場所は、サンゴ型の魚人が差し締めていた方角だった。


「まあいいわ。この神社が隠していた“ブツ”を手に入れた事だし。後は私達の痕跡をなるべく残さないように、さっさと撤退するか」


 氷歌は魚人の生首の一つを勢いよく蹴り飛ばす。



 ピラニア型の魚人は、執拗に葉月の後ろ姿を追っていた。


 ……ひひっ、ひひひひっ、背中ががら空きだ。


 このまま飛び掛かれば、背中に喰らい付き、少女の背中を食い破る事が出来るだろう。そして、そのまま肋骨を噛み砕いて、心臓と肺を丸呑みにしてやろうか。


 少女は振り返る。


 口元は笑っていた。

 ピラニアは、この場所が一体、何処なのか気付く。


 沼だ。

 大量のワニが離されて、不信心な信者などを処刑するのに使われていた場所だ。


 少女は嘲り笑っていた。

 ピラニア男の背中を何羽もの鳥の群れが襲い掛かる。

 ピラニア男は完全に体制を崩していた。


 いつの間にか、あの少女がいない。


 背中を厚底ブーツで勢いよく蹴り上げられる。

 更に、シャベルだと思われるもので頭を殴り付けられた。


 その衝撃で、ピラニア男はワニの潜む沼へと突き落とされる。


 ピラニア男は額から血を流していた。

 血の臭いを嗅いで、ワニが集まっていく。


 水の中で、ピラニア男は次々とワニ達によって身体中を喰われていく。


 葉月は、鼻歌を歌いながら、水音を聞いていた。



 地底湖から登ってきた生輪は、あらゆる生き物の血で全身を汚していた。


 葉月は身に纏ったゴスロリ服が少し泥で汚れた、と、愚痴る。


「さてと。帰りましょうか」

「そうだな。入口に戻れるんだろう?」

「ええ」


 葉月は笑う。



 生輪は家に帰って服をTシャツとジャージ姿の寝間着に着替えると、泥のようにベッドの上で眠りに付いた。


 蜘蛛……。

 赤い蜘蛛……。

 巫女姿の女の姿を頭の中に思い浮かぶ。

 忘れはしない。

 親友である直登(なおと)の命を奪った女。

 そして、父親を殺した女。

 呪術を使い、神道系のカルト団体のトップをしていた女。


 絡新婦(じょろうぐも)。


 女の姿をした怪物。化け物。

 生輪は、復讐の為に生きている。令谷にとっての人狼がそうであるように、生輪にとっての蜘蛛女…………。父親と親友を殺害した女。いつか倒さなければならない存在。



 彩南と氷歌は、腐敗の王の前に立つ。


「人魚教。シャーク・エイプ教団から、あるものを回収してきたわ」

 彩南は丁寧に何重にも木箱に詰められているものを机に置く。

 氷歌の方も、バッグから何かを取り出していく。それは試験管のような細長い形ガラス容器の中に入っている大量の薬だった。

 腐敗の王は木箱を開いていく。

 中には、緑色に輝く小さなサメの像が入っていた。

「こっちは、人魚教の御神体。で、氷歌の持ってきた、そっちは」

「シャーク・エイプは人間と魚介類でキメラを作っていた。おそらく、このガラス容器の中に入っているものは“キメラ”を創る薬だ。……あるいは“異能者”を人工的に作るものだな」


 腐敗の王はソファーの座り、天井を見上げる。


「俺には必要の無いものだ。あまり、興味も無い」

 腐敗の王は感情を現わさない口調だった。

「必要になるさ。兵隊が必要になるんじゃないか? お前が一体、何を考えているか、私には分かりかねるが。兵隊が必要だろ? 強い兵隊が」

 アンダイイングは、挑発的に腐敗の王に言う。


「ああ。そうだな。確かに計画はしている。だが、それは今では無い」

「長期的には考えるべきなんじゃないか?」

「まずは資金集め。それから地道に人員を確保したい。『デュラハン』との取り引きも控えているからな」

 彩南と氷歌は眉を顰める。

「私はその名前を聞いた事が無い」

 彩南は言う。

「言っていない。一応、俺達グループの仲間“らしい”。俺は勧誘し、あっさり入った。だが、奴は素性が分からない。会った事が無いからな。性別が男である事しか教えてくれない。日本人なのか、あるいは、別の国の人間なのか。一体、何処に住んでいるのか……」

「また、面倒事を…………」

 氷歌は苛立つ。


「必要なカードだ。情報戦で奴に勝てる奴を俺は知らない。奴は誰にでも武器を売りさばき、対等に交渉し、世界に混沌を巻く。直接、手を下さないが、奴のせいで大量の人間が死んでいる」

「だから、その『デュラハン』ってのは何者だ? 私も初めて名前を知った」

 氷歌は腕組みして不機嫌そうな顔をする。

「ハッカーだ。俺のハッキング技術も、奴から教えて貰った」

 腐敗の王は告げる。


「処で『特殊犯罪捜査課』の連中の動きが妙だ。情報処理をしている、富岡だな。あの課、というか。あの課の上にいる上層部が、何やらざわついている。年明けには、何か動きを見せるだろうな」

 腐敗の王は、顎に手を置いて考えを巡らせていた。


「口に出して貰わないと私達には分からない。いいから、お前、お前の考えている事も口にしろ。お前は組織を作り、私達を勧誘してグループに引き入れた。お前の考えは分かっている。なあ。我々のグループは一体、今、何名いるんだ? ネクロマンサーも勝手に引き入れやがって。『デュラハン』ってのも初耳だ。お前が我々のグループに勧誘した奴は、他に誰がいるんだ?」

 氷歌は今まで溜まっていた鬱憤を吐き出すように、両手で机を叩き付ける。

「ちょ、氷歌。せっかく持ち帰ってきた持ち物が、床に落ちる」

「ガラクタだろ? 有効活用出来なければ、全部、ゴミだ」

 氷歌は、腐敗の王の眼を睨んでいた。

「答えろ。私と彩南。お前。スワンソング。菅原。空杭。ネクロマンサー。そして、デュラハンとやら。他に誰の“椅子”を用意している? あるいは用意されている?」


「分かった。答える。その件に関しては、隠し事は無しにする」

 腐敗の王は、ある種、観念したように。

 あるいは、楽しむように告げる。


「『ワー・ウルフ』を俺達に引き入れたいのは、皆に言っているが。他に目星を付けている連中が四名程いる。それぞれの名前は『メデューサ』、『マンドレイク』、『セイレーン』、『マンティコア』。いずれも、此処、数十年以内に現れたシリアルキラーだ。うち、一人か二人でも、仲間に引き入れる事が出来れば、今後、事が有利に進む」

 腐敗の王は口元を歪めていた。


「名前だけじゃ分からない。TVニュースにも流れない」


「『特殊犯罪捜査課』が資料を保管している。勿論、警察上層部もだ。これからファイルを印刷して渡す。もし仲間に引き入れられたあかつきには、是非、仲良くして貰いたいものだ」


「王。一体、貴方は何がしたいの?」

 ブラッディ・メリーが腕を組みながら、壁に寄り掛かる。


「国家転覆。つまり、テロだな」

 真っ黒なフードにローブに男は当たり前のように告げた。



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