「牙口令谷っ! 幼い頃、小動物を無邪気に殺した事はあるか? 昆虫でもいいっ! 昆虫をいたぶった事はあるかあ? あるだろー?」
洞窟を抜け出た先、磯の匂いが充満している先に、何か勢いのある刃物のようなものが襲い掛かってくる。
それは巨大な錨だった。
令谷は、それをかがんで避けた。
今度は、刃物のようなものが振るわれる。
そいつは、右手に所謂、昔の海賊が持っていたような武器。カトラスを手にしていた。頭には海賊帽のようなものを被っている。
そこには、一人の、妹によく似た容姿のツインテールの美少女顔をした男が立っていた。
セイレーンの兄の方か。
「俺の名はセラス。牙口令谷っ! お前は俺が殺してやろうか? その錨に吊り下げて、ミイラになるまで放置してやろか?」
セラスは、何度も、カトラスを振りかざしていく。
令谷は、その攻撃を巧みにかわしていく。
セラスの横を銃弾がかすめとる。
セラスの肩から、血が噴出する。
令谷は、いたって冷静だった。
「お前がセイレーンの兄の方か」
令谷は銃口を向ける。
今度は狙いを外さないように、頭部か心臓を撃ち抜くつもりでいた。
だが、不気味だった。
妹の時もそうだが、どうも照準が合わない。
確かに殺すつもりで撃ったのに、命中していない。
何かある。
「この俺達を殺しに来たのか? 本当に面白い連中だねぇ」
セイレーン、セラスは笑っていた。
令谷は銃口を向けなおす。
「お前らを殺せると俺は思っているよ」
銃弾が発射される。
セラスは逃げ回っていた。
令谷は苛立ちを覚えていた。
この敵は明らかにこちらを小馬鹿にしている。
そして人を殺す事を何とも思っていない。
虫唾が走る。
令谷は、洞窟の外に出た。
そこは無数の船の残骸が横たわっていた。さながら船の墓場と言った処だった。
令谷は、拳銃を構える。
此処は、セイレーンの聖域だ。
一体、どんな罠が潜んでいるのか分からない。
生輪は、背後で慎重に令谷を見ていた。
月明かりに照らされている。
もう、夜だった。
何処かで声が響き渡る。
「牙口令谷、この世界が憎くないのか? 俺はずっとずっと憎んでいたぜ。この世界に生きている事も生きている意味も分かんねぇ。親から虐待されて、学校ではいじめられて、俺は何のために生まれてきたんだって、ずっと考えてきた。シノだってそうだ。なあ? 俺は誰かの命を狩る為に生まれてきたんだよっ!」
セラスは叫ぶ。
闇の中、叫ぶ。
「牙口令谷。俺はお前に、俺と似たものを感じるんだ。親から虐げられて、学校っていう閉鎖空間でも虐げられたんだろうってなあ?」
令谷は、彼の声を冷たく無視する事にした。
確かに、令谷の家庭環境も酷かった。
学校でのいじめもあった。
だからといって、猟奇殺人鬼になっていい、という道理など無い。それが令谷の答えだった。
「うるさい。黙れ」
令谷は冷たく払いのける。
「俺はお前を殺してぇなあ?」
セラスは闇の中、呟く。
「そうか、俺はお前を殺せると思っているよ」
それが、令谷の答えだった。
令谷のもとへと、何かが降り注いでくる。
それは、釣り針だった。
令谷の身体が切り裂かれていく。
「令谷。逃げるぞ」
生輪は、冷静だった。
令谷も罠に気付いていた。
だからこそ、ぎりぎりまで踏みとどまっていた。
令谷は冷静に、釣り針が投げられていく場所を見つめていた。
普段の冷静さを取り戻すだけでいい。
「セイレーン」
牙口令谷は、告げる。
「今日は、引き分けだな。またお前らを殺せる日を願っているぜ。もっとも、この後、お前らが生きられるかは知らないけどな」
令谷は、冷静に、拳銃を撃ち続けていた。
弾丸が、闇の中に吸い込まれて命中する。
セラスの雄叫びが聞こえた。
その後、令谷は急いで洞窟へと戻った。
船が爆破炎上していく。
セイレーンの兄である、セラスは爆炎に包まれていく。同時に、妹の叫び声も唱和していた。やはり、この辺り一帯に隠れていたか。セイレーン達は、火薬を使って、令谷と生輪を焼殺しようとしていた。だが、仕掛けたトラップを見抜いて、そのまま彼らが自らのトラップを受ける事になった。
「全身、火傷の重体だな? お前らが仕掛けたトラップだぞ。……せいぜい、生きていてもしばらくは殺人を行えないだろ。生きているといいなっ!」
令谷は、吐き捨てるように告げて、洞窟の中へと戻っていった。
辺りは水場なので、セイレーン達は生き残るかもしれない。
だが、しばらく再起不能にはなるだろう。
†
「いいのか? 令谷」
洞窟を抜け出した二人は、燃え盛る焔を眺めながら生輪は煙草を取り出す。
「いいんだよ。あのガキ共は他人の痛みを知るべきだ。だから、しばらく苦しめて生かす。自業自得ってものを教えてやろうと思ってな」
令谷も煙草を取り出した。
セイレーンの二人は、令谷よりも年下の子供だった。
令谷の中で、少し気乗りしなかったのかもしれない。
令谷は、葛藤の中にいる。
「最後のマンドレイクを探しに行くか。また葉月を頼らないとな」
ふうっ、と、くわえ煙草の煙をふかしながら、生輪は空の月を見上げていた。