そこはしがないアパートの一室だった。
ちょうど一階だ。
庭がある。
庭には、何やら野菜などが自家栽培されていた。
令谷は拳銃を構えながら、扉を叩く。
「マンドレイクだな?」
令谷は訊ねた。
「ようやく。来たか、刑事さん。それにしても、わたしに辿り着くのは遅かったなあ」
中から老人が現れる。
「ヤクザでもっとも汚い仕事をしておきながら、老後も悠々自適で暮らしていけると思っていたのか。おめでたい頭だな」
令谷は反吐が出そうになる。
「わしは、もう日雇い労働で毎日がクタクタだよ。年金も足りん。残りの人生、念仏でも唱えて過ごそうと思っていた処だ。駐車場の管理人と工場労働の掛け持ちをしておる」
令谷は冷たい視線を老人に送っていた。
「お前に殺された人達は、生きたかった筈だぞ?」
令谷は静かに恫喝する。
「生きたかった。そりゃ、生きたかっただろうなあ。でもなあ、わしは罪の無い人間を殺した事は無い。返すアテも無いのに、金ばかり湯水のように使って逃げよった連中を始末していっただけだ。子供を殺した事は断じて無い。未来ある存在だからなあ」
老人は、ぼそり、ぼそりと喋る。
淡々と汚物の処理をする工場労働者のように。
あるいは、絶滅収容所で同胞の死体を焼却したゾンダー・コマンドのように。
その老人は、悪びれもせずに、自身の悪事を正当化していた。
それが裏稼業で生きる事だ、というように。
「お前は間違いなく、死刑だろうな。それにしても、裁判に十年、二十年以上費やすだろう。お前が“化け物”だったら、銃弾を撃ち込む事が出来たんだが、それが出来ないのが悔しいな」
そう言うと、令谷は、後ろに待機していた刑事課の者達に、老人を引き渡した。
葉月はつまらなさそうな顔をしていた。
伝説的なサイコ・キラー『マンドレイク』は、異能者でも何でもない、ただのくたびれた老人だった。葉月は何もかも面白くなかった。異能者で無いとなれば、刑事課の仕事だ。
「わしのやった事は、誰かが、使命を果たさなければならない事だ。それはとても苦痛に満ちた事だ。裏社会には裏社会の掟。倫理観というものが存在する。道徳とも言えるな。つまり、わしは裏社会の道徳に従って、大量の債務者共を生きながら瓶詰にして、手足を縛り、時には切断して、塩酸を流し込んだというわけだ」
マンドレイクは、そう供述する。
令谷は、思わず、この老人を殴り付けていた。
手錠を掛けられた老人は、地面に倒れ込む。
その様子は、余りにも貧相に見えた。
「クソ野郎。貴様のやっている事は外道以外の何物でもねぇーんだよ。それを正当化するんじゃねぇよっ!」
令谷は老人を殴り飛ばそうとして止めた。
どうせ、この手の人間とは会話が通じない。
セイレーンもそうだった。
会話するだけ無駄だ。
そうして、マンドレイクの犯人は捕まり、あっさりとこの連続殺人は終わった。後はこの男に絞首刑の審判が下るのを待つだけだ。パトカーに乗せられた老人は、とてもみすぼらしい顔をしていた。