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『オーメント』

『アンダイイング』星槻氷歌は、騒ぐので麻酔を打って生きながら摘出したジャンキーの男の臓器をオーメントにして吊り下げながら、今後のプランに付いて、くわえ煙草で考えていた。禁煙は止めたらしい。


「クリスマスのリースは、手首と歯で作るかな」

 アンダイイングは煙草を吸いながら、黙々と、吐古四会傘下の人間において、下手を打った者達の処理を行っていた。マンドレイクの代わりをしていると言っていい。


 氷歌は、松の葉とマツボックリ。赤いリボンは余っていたか、糊や折り紙が入っている子供が使うようなアルミ製の箱を確認し、満足そうに笑う。


「もう、春ですよ」

 群青は死んだような眼をして、その光景を眺めていた。


 ……やはり、慣れない。

 腐敗の王の仲間である女二人の言動に、まるで付いていけない。

 群青は、アンダイイングに対しての恋心のようなものはある。

 だが、それとこれとは別物だ…………。


「私や化座みたいなのと組がつるんでいると、すぐに刑事達に詰められるぞ」

 アンダイイングは、はあっ、と、まだ生きながら自らの臓器を見上げている男を見下ろしていた。男は口を縫われていて、全身から様々な液体を垂れ流して哀願の呻きを上げていた。その音の希望は少しずつ、確実に死んでいっているみたいだった。


「で。こいつ、何やったんだ?」

 彼女は興味無さそうに訊ねる。


「半グレの男で。うちの金を四百万程、盗んだ奴です。金取り返そうにも、FXとビットコインで全部、擦ったと言ってました」

 虹埼は氷歌に対して恐れを抱きながらも、憧れのような瞳を持っていた。

 四百万分くらい、臓器を摘出する、という事で話がまとまったのだった。


「なんの組織にも所属してないチンピラに取られて使い込まれたのかよ、情けねぇー」


 暴対法、暴排法によって、ぎゅうぎゅうに締め付けられているヤクザ組織としては“異能力者達”を飼っておきたい。それがたとえサイコキラーだとしてもだ。だから、体よく氷歌と彩南の機嫌を取っておけと五寅から言われている。


 氷歌は、ジッポライターの炎で吊るされた臓器を燻製チキンのように焼いていく。

 身体を切り裂かれた半グレの男は、自らの体内から引き出された一部が惜しいらしく呻き声と泣き声を上げていた。彼の身体は胸から下半身まで裂かれて、細長いものが天井を飾るアクセサリーとして巻き付いている。体組織が部屋全体に飛び散っていた。


 反社会組織の構成員でも、此処まで残虐行為を見せられると恐ろしいものだ。

 そもそも、群青も虹埼も、ただの不良上がりだ。

 こんなもの、生きていてそうそう見せられるものではない。

 群青は、見ていてやり過ぎではないか、と思いながらドン引きしていた。


「組長は、ブラッディ・メリーの“人間生け花”を見ても笑っていたらしいけどな」

 氷歌は、群青の表情を察して、冷たく、そして楽しそうに言い放つ。




「で。首尾はどうなんだ? 薬の効果はどうなっている?」

 星槻氷歌は、ぷかぷかとシガーレットを新しいものに替える。


「姐さん達。何をやろうとしているんです……?」

 虹埼は訊ねた。

 少し前に、彼女達は、いずれ、国家を敵に回すと言った。

 だが、今の段階では彼女達は、何をしているのか。


「黒社会。劣情と戦う為の戦闘員を、まず、作る」


「勘弁したい……。彩南姐さんでも、勝てなかったんでしょ…………」

 虹埼は泣きそうな顔をしていた。

 裏社会の人間と言えども、命は惜しいし、家庭だって持ちたいし、人間の情はあるし、化け物になんてなりたくはない。


 日本を支配している強大なカルト宗教なんて敵に回したくない。

 それが、吐古四会の構成員達の素直な本音だった。

 五寅は多少、タフだが、イカれているのは組長のヒスイくらいなもので、後は、そこそこ普通の人間としての感性も持っている。このまま行くと仏教系カルトである『ゴールデン・エイプ』からも刺客が送られてくるのは明白だった。


「お前らんとこの組長ともう話し合っているんだ。私達は、それを実行するだけだ。お前らの処のボスも中々にイカれていて、いつまでもチャイニーズ・マフィアや外国人に舐められたくないんだとさ。暴対法と暴排法で厳しくなったヤクザ社会で天下を取りたいそうだ。イカれた爺さんだよなあ。私達のような化け物をビジネス・パートナーに出来るくらいだから、吐古四会は中々の組織だって思っているよ」


 化座彩南を最初に気に入り、組織に取り込んで、マンドレイクの代わりに処刑人として仕事を回したのは、他でもない組長のヒスイなのだと聞く。


 若頭の五寅は性根は臆病な人間だが、ヒスイは現役で昔ながらのヤクザの威厳を保っている男だ。人間の腐敗した臭いは、大量の魚が腐った臭いと酷似している。

ヒスイは、どんな拷問や処刑を生で見ても、人が生きながら腐っていく様子を見ても、晩飯に刺身料理をぺろりと平らげる事が出来る。そもそも、硫酸や塩酸で人間を溶かしていたマンドレイクを育てた人間なのだと聞く。


ヒスイは、最近の若い衆は根性が足りないと口癖のように言う。


「マンドレイクが捕まった今、警察は吐古四会にまで芋づる式に辿り着くかもしれねぇってよ。その前に法治国家に盾突く為の武器が欲しいんだと。ちゃんと実弾の入った奴だ」

 氷歌は、真っ赤になり、他の体液で散らばった部屋を、まだ名前も聞いていない末端構成員の若者に掃除するように指示する。この男は便所掃除なら大得意と言ってのたまっていた為、氷歌と彩南にこの手の仕事が回ってきた時の、専用の掃除夫に任命された。


「私は、一応、お前らに義理立てしてんだぜ? ボスも含めて、盃とかは絶対に交わさないけどさー。やっぱ、仲良くなってくると、眼を掛けたくなるよなー。お前らの事、守りたいんだよなー」

 そう言って、氷歌は、屈託の無い笑顔を浮かべていた。


「処で、今日、私が奢るからさあ。群青、虹埼、他の部屋住みの連中も呼んで、焼き肉屋行ってホルモン喰いに行かね? 部屋住みなら、みんな貧乏暮らししてんだろ? やっぱ男なら肉喰っておけ、肉っ!」

 氷歌は鼻歌を歌いながら、気さくに群青と虹埼の肩に腕を回した。


「……ホルモンっすか…………」

 虹埼は、部屋の中の飾り付けられた桃色のオーメントを見ながら、焼き肉屋で吐かないか蒼ざめた表情をしていた。群青からすると、腐敗の王と化座彩南は、得体の知れない恐怖を感じるが、星槻氷歌は、気さくというか、フレンドリーに他人の心に潜り込んでくるのが何とも怖い…………。


 だが、群青は、そんな氷歌に対してどうしようもなく惹かれていた。

 部屋の中で、いまだうごめく腹を裂かれたイモムシのようにうごめく肉塊を眺めながら、彼女の戦士になってもいいと思った。背徳な闇に吞まれそうだ。

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