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被害者遺族達…………。

「令谷君、久しぶり。元気していた?」

 ビルの前で、一人の若い女性が令谷を待っていた。


 飲酒運転によって夫と五歳の娘を同時に亡くした二十代後半の女性である時田さんが、出迎えてくれた。時田さんはまだ二十代とは思えない程、髪の毛を白くしていた。


 このビルの一室を借りて、毎月一度は凶悪犯罪の被害者の会が催されている。

 みな、悲痛な感情で溢れている。

 つねに空気が重たい。

 令谷は都合があれば、顔を出すようにしている。

 今日は生輪もいた。


 令谷は、この会の名誉会員だった。

 マンドレイクを逮捕した事は、此処の者達にも知らされている。サイコキラー、シリアルキラー達に対して、社会的な制裁を受ける事を被害者遺族の者達は望んでいる。


 このメンバーの中には、ワー・ウルフを初めとして、ブラッディ・メリー、リンブ・コレクター、ナイト・リッパー、ベリード・アライブ、マンティコア、セイレーンの被害者遺族達も混ざっている。令谷は特にその中の幾つかの事件を解決した者として、みなに伝わっている。……偶然でしかないのだが、スワンソングと腐敗の王の被害者遺族は会員の中にはいない。被害者遺族の中には、世間から好奇な眼で見られるのを嫌って、こういった場所にも姿を現さない者達も多い。


 こういう被害者の会は、幾つも設立されている。

 有名な凶悪殺人犯から、時田さんのように名も無い交通事故被害で遺族を失った者や、身内からの虐待によって兄弟を失った者なども混ざっている。みな癒えない心の傷を抱えながら、無念の中で生きている。社会復帰出来ずに、ひきこもり状態にいる者や、一家離散してしまった者も多いと聞く。


 被害者遺族達は、大切なものを失った悲しみを世間に晒され、マスコミの報道にもセカンドレイプ的に傷付いている。スワンソングを始めとして、サイコキラー達をダーク・ヒーローのように崇めている人種だって多い。この社会は余りにも混沌に包まれている。


 いつから、犯罪被害者は、此処まで肩身が狭くなってしまったのか。

 声を上げる事さえ、インターネット上で冷笑する悪意のある匿名の者達も多い。


 生輪は、『絡新婦』東弓劣情に父親と友人を殺されている。

 その事を語るべきかどうか、悩んで止めたみたいだった。

 あくまで、令谷の付添人として来ている。


 みな、復讐や社会的制裁を望んでいる。

 それで自分達の人生が戻る事など無い。それでも、人生の新たな転機になると信じている。凶悪犯罪者と同じ地球に生きているという事実がどうしようもなく、みな、苦しいのだ。


 宗教やスピリチュアルに縋っている者もいるし、自分自身を責めている遺族達もいる。犯人が死んだ後も事件が終わっていない。犯人が死刑になったり、死亡したりしても、今もなお遺族の心の傷は消えない。心のバランスを崩して仕事を辞めた者も多い。何もかもが理不尽過ぎる。国は彼らに支援金をマトモに出さない。



「葉月には、彼らの気持ちは理解出来ないだろなあ」

「だろうな」

 喫煙所で、二人は煙草を吸っていた。

 特殊犯罪捜査課のメンバーでありながら、犯罪加害者である葉月は、此処には来れないだろう。葉月は、怜子をいじめていた女子を五名、動物のゾンビを使って殺害している事は判明している。それだけじゃなく、彼女の事件を追っていた刑事課の刑事二人も殺害している事も。


「改めて、何度でも言うけどさ。俺は人類普遍的の凶悪犯罪者を制裁したい、って当たり前の考えで生きている。生輪さんは?」


「俺も大体、同じだよ。ただ…………」

 生輪は、しばらく考える。

 倫理、道徳規範を犯す者達。犯人がどんな動機や酷い家庭環境の中で生きていたとしても、決して許せないと令谷は考えている。感情的にも道理的にも。


 時田小夜の旦那である時田慎希と娘の時田真奈は、飲酒運転した大型トラックによってコンクリートに塗りたくられたジャムになった。特にエンジンが頭部にめりこんでいた娘の真奈の状態は凄惨極まり無かったと聞く。


 ブラッディ・メリーの犯罪遺族の一人は、心を病んで風邪薬と向精神薬中毒になって何度も自殺未遂を繰り返している。姉が生きながら血を抜かれて、解剖されたという事実を受け入れる事は出来なかったのだ。


 セイレーンに遊覧船の船員であった夫を殺された広尾さんも、先日、電波が聞こえると言って手首の動脈を深々と切り裂いて自殺未遂をしたらしい。彼女にだけは、まだ秘密裏にしているセイレーンに報復した事を伝えようと思っている。


 マンティコアの被害者となった家族達は、凌辱され人体改造を施された実の娘や妻に対して、どう接すればいいか思い悩み苦しみ、どんな名カウンセラーも治せない心理状態なのだと言う。フリークスとなった最愛の女性を、これからどう養っていけばいいか分からないのだと。


 ナイト・リッパーのアートにされた女性の母親の一人は、娘の余りの鬼畜のような殺害方法によって後追い自殺を決行して、飛び降り自殺の後遺症を引きずっている。統合失調症も発症したそうだ。


 此処には絶望の底の底に突き落とされた、生きる限り無限に続く痛みと苦しみの悲痛ばかりが広がっている。


「スワンソングって、夢女子がいるそうだぜ。彼のファンクラブのサイトがあるそうだ。世の中、わかんないよな」

 生輪は、二本目の煙草を吸う。


「夢……、なんだそりゃ?」

「…………。お前が絶対に理解出来ない世界だ。推しに恋する盲目の女の子って奴だ」

 生輪はシニカルに呟いた。


「世間は、格差社会で闇バイトやパパ活女子が流行ってるなあ。日本は病んでる。十代の心を病んだ女子は、スワンソングに殺されたいって女もいるそうだ。有名なイラストレーターだったナイト・リッパーのファンサイトまである」

「そりゃ、結構な事だ」

「ナイト・リッパー事件のせいで、世間のオタク達やイラストレーター達は、肩身が狭そうだ。けど、ナイト・リッパーのイラストは再評価され、女性差別を煽動する為のアイコンに使われたりする。こんな世の中は、馬鹿げているよな」


 生輪の話を聞く限り、こんなもの“殺したもの勝ち”なんじゃないのか。


「世間では毒親がブームだってよ。一説によると、日本人口の実に六割が機能不全家族らしい。ケーキをちゃんと切り分けられない犯罪を犯す少年少女も、衝動的に人を殺したりする。児童虐待の被害者が猟奇殺人を犯すって話は有名だが、令谷、お前のとこだって、酷い家族だったんだよなあ」


「言うなよ…………」

 令谷は、大嫌いな母親を想い出す。

 セイレーンの二人からは、同族嫌悪を感じた。世間そのものを憎んでいた自分と重なるセラス。学校でいじめられっ子だった時の自分。もし、彼方がいなければ、自分も犯罪に手を染めていた? 考えたくないし、認めたくもない。


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