東京の田舎町に『ゴールデン・エイプ』の教団はあった。
この田舎町自体が、ゴールデン・エイプが支配している。
教団員は、数万人とも、数十万人とも言われている。芸能界、政財界とも繋がっている。
黄金色の建造物に、人々がお参りしている。
まるで、拝金主義を印象付けたような建物だ。
神衣ツバサは、彼の側近として若くして仕えていた。
「下部団体であるサメの処から、例のサンプル剤が盗まれた。『絡新婦』からの情報だと、腐敗の王というふざけた奴の部下がやったそうだが…………」
様々な異形で異端の祭儀や儀式が、この教団では執り行われている。
妄執的で異常極まりない教団の教えによって、中心部にいる信者達は、彼に様々な形で人生を捧げている。文字通りの意味で血肉や骨を彼に捧げている者も多い。
妊婦殺害などの儀式も、その一環だった。
新たな生。
それは、エイプにおいて、新たなる生を作る為の儀式だった。
そう、新たなる生。
もうじき、この日本は変わる。
全ては、変わろうとしている。
「人間は、猿だ。神衣、金に群がる猿だ。お前もそう思わないかね?」
この陽声という男は、心底、自分の信者を馬鹿にしている。
自我を持たない者達。
自分が右に行けと行けば右に行き、笑えと言えば笑う。
心底、くだらない猿の群れ。
彼は、大衆を、自らにお布施をする者達を心の底から軽蔑していた。自ら思考を放棄し、金も身体も貢ぐ。
ゴールデン・エイプ。あるいは黄金猿という教団名のセンスは、この陽声の皮肉とも自嘲とも取れた。
「腐敗の王か。俺の領土に踏み込む三下。いずれ、くびり殺してやる」
陽声は、静かにベッドで読書をしていた。
先日、爆破テロを起こされて、多くの信者達が腐敗の王によって殺された事に対して、この男は、戦争の宣戦布告とは受け取ったが、殺された者達に対してはさしたる感情は無かった。金づるが沢山、死んだ。それだけだ。
「ハヌマーン様、客人です」
部屋の中に入ってきた信者の男一人が、うやうやしく陽声と神衣の前に跪く。
「通せ。絡新婦の女帝だろう」
ツバサは、会合にこない、自らの主ハヌマーンに対して絡新婦は怒り、癇癪を起していたが、どうやら心変わりしたのだろうと思った。絡新婦、まるで読めない。彼女からは不気味さばかりが伝わってくる。
†
絡新婦。東弓劣情。
ハヌマーン。陽声。
生き神と呼ばれる二人は、それぞれ神道系カルトと仏教系カルトのトップ二人は、談合の場として中庭へと向かっていた。
絡新婦の周りには、それぞれ黒社会、チャイニーズ・マフィアの殺し屋達がいた。
「特殊犯罪捜査課の刑事である昼宵葉月と、腐敗の王の仲間であるブラッディ・メリー・化座彩南とそれぞれ接触、挑発してきた」
劣情の背後には、数名の黒社会の殺し屋達がいた。
陽声はふん、と鼻を鳴らす。
「虫けらくらいそちらの団体で始末して欲しいものだ」
彼は、傲岸不遜そうに告げる。
「殺し屋の『インプ』のプーカが敗北した。しかし、ハヌマーン、お前は刺客を送らないのか? 下部組織のシャーク・エイプが壊滅した。不愉快だと思わないのか? 臆病者か? お前は?」
劣情は、不愉快そうな顔をする。
「知らん。泳がせている」
劣情は切り札として、強大な力を持つ異能者である『メデューサ』とも交渉している。ハヌマーン・陽声とも、いつでも共同でムシケラ共を潰せるように動いておきたい。
「『ワー・ウルフ』が動いている。満月の夜になる度にな」
劣情は、狼男の名前を出す。
「そうか。そうかあ」
陽声は顎に手を置く。
二人は、ワー・ウルフの正体を知っていた。ワー・ウルフが動く度、二人は笑いが込み上げてきた。
「腐敗の王は、この俺が直々に殺す。この施設の門を開いてやろう」
「そうか。なら、特殊犯罪捜査課のカス共は、私が殺す。……いや、プーカの仇討ちもしたい。腐敗の王の仲間達も何名か殺す」
特に人虎が、ブラッディ・メリーとの再戦をしたがっていた。
黒社会『角端』と絡新婦は、蜜月の関係にある。
†
エイプでは、戦争映像や事故映像、テロリストの映像などを信者に放送して延々と世の中の厭世観、終末思想を教え込んでいる。信者達は、それらに絶望して、ますます教祖であるハヌマーンに心酔を示す。
劣情は信者達の扱いを見ながら、彼にはいつも関心していた。
絡新婦においては、血や他の体液によって、信者を支配するという事を行っている。対してゴールデン・エイプは、あらゆる洗脳手法によって信者を信者たらしめている。
「お主の教義は面白いな。妊婦は汚れたもの。赤ん坊、胎児は汚れた世界に生まれたものとして、信者で食したりするのだからな」
劣情は笑う。
「この世界は人間が多過ぎる。だから、望まれぬ生が生まれるんだ。後、赤ん坊や胎児を喰っている連中は、末端構成員で俺の思想を歪めた奴だろう。困ったものだ」
陽声は、何もかもがつまらなそうに言った。
黄金色の光に照らされて、不気味に灰黄陽声の全身が照らし出される。陽声の身体は様々なグロテスクなタトゥーが施されており、異様な姿をしていた。
「おう。劣情、そこの三名も飯でも喰っていけ」
「精進料理か? それとも珍味か?」
「豪華な奴だ」
「まあ、いいけど」
神衣とチャイニーズ・マフィアの三名も、うやうやしく陽声に頭を下げる。
マフィアである禍斗、縊鬼、人虎の三名は、食堂のような場所に連れて行かれる。そこで黄金猿の信者達が料理を作っており、三名は食堂に座る。
「中華料理でいいな?」
それは質問ではなく確認だった。
陽声は、チャイニーズ・マフィア達に気を使い、中華料理を出してくれた。劣情は、くっくっ、と笑う。
部屋の中には水槽があった。
巨大なタコが水槽の中には入れられており、人間の手足などが放り込まれている。タコはそれを餌にしていた。
「あの死体はなんですか?」
禍斗がチンジャオロースを口にしながら訊ねる。
「大したものじゃない。信者の身体だ。此処で死んだ者は、魚介類や豚に食べさせ、それらをまた信者に食べさせる。そうやって生命は循環していく」
陽声は興味なさげに答える。
人虎が息を飲んだ。
普段から暗殺業を生業にしているとはいえ、この施設の独特なオブジェはやはり異様なものを感じる。角端という組織もそうだったが、ゴールデン・エイプも中々に異常だ。
いや、そもそもが、あらゆるものが異常であったのかもしれない。
人虎のいる世界は、ありとあらゆるものが狂気に満ちている。
少なくとも、普通ではない。
普通では無い、という事。
そんな当たり前の事象の中で生きていくうちに、人虎は、普通というものを知らなかったが、ふと、やはりこの光景は異常なのだと感じた。
幼少期、貧しい農村で生まれて人虎は裏社会に入った。
裏社会に入る前は、いたって普通の家庭で生きていたと思う。
それが、この世界に入って異形と異常なものばかりを目にしてしまった。
余りにも異質なものばかりを見てしまって、人虎は眩暈がしてくる。
そう、裏社会の人間にだって、普通の感覚を理解するというものはある。
だが、これは余りにも異常だ。
「どうした? 箸を止めて。何か恐ろしくなったのか?」
劣情は隣で、くっくっ、と笑っていた。
「いえ。『額縁』を見てしまい………………」
人虎は、食堂に案内される際に、陽声の部屋の前まで案内された。グロテスクなオブジェ……。その光景はただただ異様としか言いようのないものだった。それを見て、人虎はある種のトラウマになっていた。
「じき、感覚が麻痺してくる。気にするな」
そう言って、陽声は笑った。