虹埼の家庭は覚醒剤によって蝕まれていた。
覚醒剤常用者である、父親。母親。
話の通じない両親。
ネグレクトを受けている妹。
そんな家庭において、虹埼は当然のようにグレて、少年院に入るしかなかった。そして、結果、ヤクザの吐古四会と盃を交わし、部屋住みになるのは当たり前のコースでしかなかった。
「俺は氷歌さん達の為になら、命張ってもいい」
虹埼は呟く。
「そうか。私なんかにかあ?」
氷歌は、へらへら笑って煙草を手にする。
虹埼は、すかさずジッポライターで火を灯して煙草に火を付ける。
「どうしようもない親の下に生まれて、どうしようもない人生を生きてるんだ。あんたや、菅原さん、彩南さん達の為に生きたい」
この青年は、強い決意を抱いたみたいだった。
「最近の若い連中は死体(ロク)の片付け方も分かんねぇって、ヒスイの爺さんが嘆いていたぜ。どいつもこいつも、薬物使用と女ばっかにうつつを抜かして、使い物になんねーんだと。虹埼、爺さんは昔ながらのヤクザらしいなぁ。男前になってやれよ」
氷歌は薄気味笑く笑う。
そして、ばしん、と虹埼の背中を叩いた。
どんな勢力が相手でも、虹埼は恐怖心を抱かなくなってきた。
違法薬物による興奮とは違う。
「しかし。五寅はともかく、あのヒスイって爺さんも連続殺人犯(シリアル・キラー)の枠組みに入るな。若い頃、平気で人間をバラしていたらしいぜ。工場の道具だけで人間始末して、ドラム缶に詰めて漁船で太平洋まで沈めに行ったりさあ。すげぇーよなあぁ」
氷歌は、ゲラゲラと笑っていた。
「これからバイトです」
「何やってんのだ?」
「タピオカ屋の…………笑わないでくださいよ。結構、人気なんすよ」
虹埼は気恥ずかし気に言う。
「そうか。五寅はメイド喫茶営業に奔走しているってよ。シノギは大変だなあ」
氷歌は、裏社会の構成員は大変だなあと、話を聞いていくうちに、関心していた。自分なら絶対にやれそうにない。
「炊事場あったなあ、此処」
氷歌は笑う。
「バイト終わったら、飯作ってやるよ。軽くだけどな。その時は、群青も呼んで来い」
氷歌は屈託なく笑った。
†
「若頭。料理下手なんすよ。此処だけの話ですがねぇ」
虹埼は、ふうっ、と、小さく溜め息を付く。
彼は、普段はカップラーメンとレトルトカレーばかりで過ごしているらしい。部屋住みというのは修行僧のようなものだと聞く。
「お袋も下手だったなあ。カチコチのハンバーグ作っていた。冷凍食品もまともに解凍出来ない女でした」
「そうか。女の一人暮らしで得た知識で、私、特別料理上手いわけじゃないんだけどなあ」
氷歌は、軽く作った炙りサーモン丼とオクラの鰹節添え。よく出汁を取ったしめじの味噌汁に、極道二人が涙しているのを見て、普段からマトモなものを食べていないんじゃないかと勘繰る。
若いヤクザは、イイ飯で手なずけてやれば、ほいほい尻尾を振ると聞いた事がある。
氷歌の頭の中には、どうやって彼らを今後の利用価値にしようかという事ばかりがあるのだが、どうにも彼らは氷歌を強く信頼し始めているみたいだった。
氷歌は、腐敗の王の仲間であり、腐敗の王はサイコ・キラー達を束ねているイカれた異常者でしかないのにだ。
「俺、本当はヤクザになりたくなかったんですよね」
虹埼はぽつりと言う。
「でも、こういう道で生きるしかなくて。あ、辞めたら、土建工事の仕事とかしようかな。あと、地元で陶器作ったりして過ごしたいです」
「陶器作りするんなら、お前の作った皿とか壺とか家に飾ってやるよ」
氷歌は、そう言えば、腐敗の王からプレゼントされた絵画の事を想い出す。
家には腐敗の王とお揃いの『ファーヴニル』の絵画が飾られている。
他にも絵画や工芸品を飾りたい。
氷歌は、虹埼に対して、眼を掛ける事にした。
もしかすると、面白い人間に育つかもしれない。