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葉月の宣言。

 葉月は、腐敗の王側のメンバーと連絡を取りながら、どう縊鬼及びヒットマンを返り討ちにするかの画策を練っていた。連中は明らかに厄介な相手だ。こちらの親族などをどれだけ狙い撃ちにしてくるか分からない。非常に汚いやり方だな、と思った。


「散々、殺してきたけれど。自分でなく、家族が狙われるのは納得出来ないって話ね。でも死は理不尽そのもの。そう言いたいかのように、こちら側を舐め腐っているわね」

 葉月は電話の向こうの人間に対して、吐き出すように言った。


 敵は、黒社会。チャイニーズ・マフィアの人間達だろうという話だ。

 葉月は、マフィアの刺客を劣情から送られてきたら、どうしようもない程にキリが無いと考えていた。


 ならば、やはり東弓劣情そのものを、頭を潰しに行くべきか…………?


 途端に、葉月は、その事に対して、途方も無い程の労力に見舞われる事に気付いてが愕然としていた。絡新婦は、日本において巨大な権力を有している。自分達は、敵に回してはいけない存在を敵に回したという事か。


『特殊犯罪捜査課』は、踏み込んではいけない相手に踏み込んでしまった。

 いつからだろう?

 そもそも、最初からそうだったのかもしれない。

 いや、きっかけはあるのか?


「…………。貴方達が盗み出した人間を異能力者に変える薬。それがきっかけなんじゃないかしら? 腐敗の王と貴方達。それがきっかけで、絡新婦の怒りを買った。そして、貴方達と繋がって、情報を持っている私達も潰す事になった」


 どうにかして、東弓劣情と交渉が出来ないか?

 葉月は、そんな事を考えていた。

 こちらが、負けを認める事になるが、敵が余りにも強大過ぎる。


 だが。

 だが、もし、葉月の仮説が正しければ、全ては“茶番”という事になる。

 令谷が、生輪が、余りにも、滑稽過ぎる。


 もし、仮に。

 もし、仮に、葉月や、そして令谷含め『特殊犯罪捜査課』が追い続けて、倒してきた、異能力者達が“人工的に作られたもの”であり“何らかの形で異能力者、サイコ・キラーを量産する薬”が無作為に配布されているとしたら、もはや、何もかもがバカバカしいという事にならないか?


 今年に入って、すでに月の終わり頃に起こる満月(フルムーン)の度に『ワー・ウルフ』の犯行は、行われている。今は四月。既に、今年に入って三件のワー・ウルフによって頭蓋の中身を改造された者達の死体が発見されている。社会は混沌と化している。


 いつだっただろうか。

 去年だったと思う。

 葉月は、タイム・テーブルでワー・ウルフの犯行の法則性を調べているスワンソングに対して、ラインで意味が無いんじゃないか? と言った事がある。


 令谷が、追っている『ワー・ウルフ』の正体は……おそらくは………………。

 葉月は、途端に、自分の余りの脆弱さに自らに失望する。


 誰が悪なのか?

 何が悪なのか?


 生輪からは、被害者遺族の事を考えた事はあるのかと言われた。

 腐敗の王達も、自分も、社会に害を為し悲しみと絶望を生み出すサイコパスでしか在り得ない。だが、もし、この社会そのものが既に、狂っていて、社会そのものが巨大な実験場と化しているのだとすれば。


 道徳、倫理、それらの行き着く場所。

 令谷が象徴するような、被害者遺族達の悲しみのやり場は、何処に行くのだろうか?


 もし、サイコ・キラーが、凶悪犯罪者達が、この社会によって“人為的に作られた存在”だとするのならば?


 ……なんでもありだ。

 善も悪も、全てがひっくり返る。


 葉月は、警察署の屋上で腐敗の王達とのコンタクトを止め、オフィスへと戻る。


 葉月は特殊犯罪捜査課のオフィスで、腕組みしながら暗いパソコンの画面を見つめていた。部屋の中には、令谷が、崎原が、富岡がいた。


「もし、もし。『ワー・ウルフ』の正体が“日本政府”そのものだとするならば、犠牲になる者達をランダムに選出して、大衆の反応を見る事によって、データを収集し、司法なんかも、それを知っているとするならば、私達が生きている世界というものは一体、なんなのかしら?」

 それは、この場にいる仲間達三名に対する宣言だった。


 令谷は何か大声で罵声を上げて、思いっきり壁を殴り付けていた。


『ナイト・リッパー』と、刑事の柳場の繋がりから、何か違和感があった。

 外国からのFBIの助力を断ち切っているのも、奇妙な事だった。


 葉月は、令谷に視線を向ける。

 令谷の眼は、深く暗い闇に染まっていた。

 この腐った世界で、正義を為そうとする事は可能なのか?


「なんとでも、出来ますね。葉月さん、貴方の仮説が正しければ…………」

 富岡は顔面蒼白な顔をしていた。

 崎原は、無感動そうな瞳をしていた。


「なあ。もしかして、俺達を誤認逮捕したり、司法と繋がっているなら、好き放題に牢屋にぶち込んだり、死刑にする事も可能って事か? 適当な凶悪犯罪の冤罪を押し付けたりして…………」

 崎原が暗澹とした事を言う。


「これから、戦う覚悟の無い人間は、いますぐ特殊犯罪捜査課を辞める為に、辞表を書くべきだと思う。でも戦う覚悟があるなら。……私は、警察の上層部と“対等に会話”する事が出来るわ。……残って戦うわよね?」

 葉月がみなに訊ねる。


 誰も、その場を離れなかった。



「俺もワー・ウルフの正体は“日本政府”だと思う。実行犯が何名かいて、色々と“絵を描いている人物がいる”。だからこそ、俺は盛大な花火を打ち上げる計画を用意している」


 腐敗の王は、少しだけ愉快そうに葉月と連絡を取っていた。

 当初、ワー・ウルフを仲間にしようとしていた計画があったが、スワンソングが調べていって、月日を重ねる度に、自分が余りにも馬鹿な事をしようとしていた事に腐敗の王は気付いてしまった。


「それにしても、メキシコなんかでは、警察とマフィアはズブズブに繋がっている。平和ボケした日本人共は、この国が、そういった世界の下に置かれているという事を知らないし、考えたくもないのだろう」

 彼は皮肉っぽく言った。


 大きな花火を起こす為に、ちゃんと準備をしておきたい。



 牙口令谷は、意外な程、心が落ち着いていた。

 何処かで、その可能性を疑っていた自分がいる。


 葉月が言葉にした事で、確信のようなものがもてた。

 ただ、それだけだ。


 自分は、自分のままでいい。

 相手が誰であろうと、何者であろうと、化け物に銀の弾丸を撃ち込む。

 それだけだ。



 数日後の事だ。


 虹埼の首吊り死体が発見された。

 河原だったらしい。

 第一発見者は一般人だったらしい。

 TVのニュースで報道されていた。

 免許証から、すぐに警察は身元を割り出す事が出来たらしい。

 更に、サイコキネシスの使い手になっていた橙汰の死体もあった。

 河原付近の電柱から二人は、吊り下がっていた。

 彼らの死体の舌には“縊鬼”というタトゥーが彫られていたらしい。

 そして、彼らの身体には、まるで元の意味の祈りの意味を冒涜するかのように、千羽鶴が巻き付いていた。


 暴力団同士の抗争か? と、マスコミは煽っていた。


 氷歌は、一人、公園のトイレで腹の中にあるものを精一杯、吐いていた。

 美味しそうに、氷歌の作った食事を食べている虹埼の姿が浮かび上がる。


 元々、何もかもおかしかった。

 腐敗の王に心酔し、自分は何名も人を殺した。


 自分を狂気に導き、人殺しをさせ続けたのを腐敗の王のせいにしたかった。

 妹を殺したスワンソングを精一杯に憎みたかった。


「…………。私も、……人、殺し、なんだ。ああ、あああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 氷歌は、夜の公園で叫び狂っていた。

 生きている事そのものが、惨めで。自分が、生まれてきた事そのものが間違いだったと想えてきた。


 多分、今の気持ちは死刑にされる事よりも、苦しい。

 異常な中で、余りにも異常な中で“自分が正常を取り戻してしまったという事実”が、どうしようもなく苦しい。


 自分に狂気を与えて人殺しをさせ続けた腐敗の王。

 自分の妹を殺したスワンソング。

 自分を姐と呼んで慕っていた男を殺害した縊鬼。

 そして、自分自身。

 この世界全てが憎くて仕方が無かった。


 罪と罰。

 人の域を超えて、超越した化け物になるという事。


「私はもう、腐敗の王達とは、戦えない。……抜けさせて貰うよ。…………、でも、虹埼の仇だけは取らないと………………」


 次第に落ち着いていき、公園のベンチでぷかぷかと、氷歌は煙草に火を灯す。

 喉が焼け付くように痛い。


 ネクロマンサーに協力を頼む。

 それしか考えられない。


 氷歌は、ネクロマンサー、昼宵葉月に直接、会う事を考えていた。


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