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ネクロマンサーとアンダイイング。

 平日の夜の繁華街だった。

 昼宵葉月は、大学の帰りにそのまま、その場所へと向かう事にした。


 今から会う人物は、本当は休日に接触したかったらしいが、事は急を要するという話しですぐに会う事になった。


 葉月は不快そうな顔をしながら、ゴシック・ロリータ・ファッションで繁華街の入り口に佇んでいた。


 声を掛けられる。

 眼鏡を掛けたOLだった。

 両耳にピアス穴が幾つもある。


「考えてもみれば、初めてね。貴方達のメンバーと直接、会う事になるのは。貴方、名前は?」

 葉月は嬉しそうな顔をする。


「腐敗の王の仲間の一人である『アンダイイング』、星槻氷歌だ。去年、冬に人間の臓器でオーメントを作った者だ」


「ああ。その事件は知っている。うちの刑事がちゃんとファイルとして記録している」


 二人は他人に話を聞かれないように、夜の公園へと向かう事にした。

 公園内で、テーブルと椅子が置かれている場所を見つける。

 二人は自然とそこに向い合わせにして座った。


「考えはあるのか?」

 アンダイイングは葉月に訊ねる。


「もちろん、あるわ。当然でしょう」


「私に出来る事は無いか?」

 アンダイイングは、険しい表情をしていた。


「私がおびき出す。貴方が倒す。それでどうかしら?」


「決まりだな」


「それにしても、どういう心変わりかしら?」

 葉月はテーブルに頬杖を突きながら訊ねる。


「ん。なんか悔しいと思った、自分に対しても、他人に対しても」

 アンダイイングは、それだけ言う。


「分かるわ。私も悔しいと思った。だから一緒に戦いましょう」

 葉月は笑った。


 狙ってくるのは、虹埼の娘の方からだろうというのが葉月の見解だった。

 この敵は“順番”にこだわっている感じがする。


 富岡の娘である沙代は、もう少し後になるだろう。


 アンダイイングからスマホの写真で見せて貰った、虹埼が生前に自身の発現した探知能力によって写し出した女の顔を葉月は記憶する。


 ……この男は、むしろ、自ら縊鬼に近付いたから率先して殺された、という事か?

 葉月は、そんな疑念が込み上がってくる。



 縊鬼にとって、吐古四会という組織は余りにも脆弱極まりない者達の集まりだった。

 彼女は自分の家族というものを知らない。

 気付けば、周りは異常と呼ばれる社会。

 裏側と呼ばれる社会の中にいた。

 そこで、彼女は様々な事をやって、男にも奉仕して生きてきた。


 街娼であり、暗殺者でもある。

 それが彼女、縊鬼だった。


 みな、縊り殺してやろう。

 彼女は、せせら笑っていた。


 ぺたり、ぺたり、と、紙で鶴を折る。

 その行為は、彼女の情念そのものを膨らませていた。

 鶴を折る事によって、何枚も何枚も折る事によって、一つの仕事の始まりに向かっているような気分になった。この日本国の文化は、とても素晴らしいものだ。


 まずは、富岡沙代の命から狙う事にした。

 特殊犯罪捜査課に対しても、絶望を与えておく必要がある。

 それは東弓劣情が語った事だった。


 縊鬼は忠実に、それを実行するべく、富岡家へと向かう。

 何か、妙な感じがした。


 何か生き物の気配のようなものがする。


 近くで見てみると、それは黒猫だった。

 黒猫が、縊鬼へと飛び掛かってくる。


 しゅぱっ、と。縊鬼は、懐から取り出したロープによって、その猫を縛り首にする。……完全に首の骨を折っている筈なのに、その猫は動いていた。


 ……なんだ? 生きているのか? いや、アンデッドの類か?


 縊鬼は、驚愕する。


「一歩でも動くなよ。動かないなら、生かしてやるかもな」

 そこには、ナポレオンジャケットを着た薔薇の髪飾りを身に着けた女が佇んでいた。腰には長剣のようなものを帯刀している。


 縊鬼は意気込む。


「貴様も吊るしてやろうっ!」


 ロープが、目の前にいる女の首に絡み付く。

 このまま縛り首にしてやろう。


「遅いよ。お前の動き」

 女はそう言うと、絡み付いている縄を刃で切り裂く。


 縊鬼は次々と、縄で女の首を縛ろうとしていた。なんとか、刃を縄で封じ込める。


 縊鬼はロープを自在に操る事が出来た。

 これによって対象を簡単に拘束し、容易な処刑が可能となる。

 眼の前の女の得物と、利き腕は封じ込めた。

 加えて、首にもロープが食い込んでいる。

 縊鬼は勝利を確信していた。


 しゅぱん。

 一瞬だった。


 縊鬼の頭が、ズレる。

 彼女の最後に見た光景は、二つの刃を手にしている女の姿だった。


「私が刀一本で挑んでいるわけないだろ。縄で一本は封じられると思ったよ」

 アンダイイングはそう言うと、隠し持っていた脇差で、縊鬼の首をはねたのを確認した。

 ズボンの中に、暗器のように小刀を隠し持っていたのが幸いした。

 これで、窮地を切り抜ける事が出来た…………。



「富岡さんの方を先に狙ってきたか。私の読みが外れたわね。でも、二人分かれて待ち構えていたのは良かったわ」

 葉月は、富岡家の前に来る。


「外れる事もあるんだな。あんたのも分析って」

 アンダイイングは笑う。


「さて、ね」

 葉月は、何か物思いに耽っているみたいだった。


 何にしろ、二人の少女は無事、救われたのだった。



「さてと。他にも、中国系マフィアは何名か残っているのよね」

 昼宵葉月は、アンダイイングに確認する。

 アンダイイングは頷く。

「間違いなく、そうだろうな。私の仲間が、別の敵と接触している」


 アンダイイングは、煙草に火を点けながら空を見ていた。


「貴方、本名は何ていうの? ……特殊犯罪捜査課のメンバーには言わないから教えて」


「星槻氷歌って言う。普段はOLをしているよ。ほんとお茶くみみたいな仕事」

 彼女は倦怠感に満ちた表情をしていた。


 それにしても、空が綺麗だ。

 晴れ渡っている。


「これから、私達が戦うのは、とてつもなく巨大な敵なのかもしれないわ。それは理解しているのかしら?」


「ああ。そのようだな。ただ、私は降りたいとも思うよ」


 平穏な日常は、人を殺した瞬間に終わった。

 いや、そもそも氷歌にとって、腐敗の王と出会った時点で終わったのだと思う。

 運命はねじれ、歪んでいく。


 自分達は何処に向かっているのだろか、と、ふと氷歌は思った。


 葉月は笑っていた。


 サイコ・キラーであるという事。

 もはや、それは一つの“呪い”と化している。


 腐敗の王との出会いが、氷歌の人生を捻じ曲げたし、きっと、隣にいるネクロマンサーだって、自ら選び取ったとはいえ、こういう自分になりたかったと本当に思ったのだろうか。分からない。


「おそらく、サイコ・キラーとして生きる覚悟。凶悪犯罪者として断罪される覚悟が無かった。私の場合、そういう処なんだろなあ」

 氷歌は煙草をふかしながら、一人呟く。


「私は全てが初めからズレていたから。そんなものは最初から無かったのかもしれないわね」

 葉月はそう返す。


 縊鬼の死体が転がる中、二人はただ、空を眺めていた。

 なんだか、どうしようもなく心地が良い。


「氷歌。もっと特殊犯罪捜査課に協力しない?」

「年上にタメ口かよ。葉月、お前も、もっと腐敗の王に協力しないか?」


 二人はしばらくの間、沈黙する。

 そして、思いっきり笑い合った。


 その後、富岡や祐大に葉月は、無事、縊鬼を倒した事を連絡した。敵が攻めてきている以上、まだまだ予断は許さない。だが、今回は何とかして迎撃する事が出来たのだと。富岡から電話が来る。


<貴方は本当に娘の命の恩人です!>


 富岡が泣いているのが分かった。

 実際に縊鬼を倒したのは、氷歌だ。


 なんだか、人を助ける事も悪くないな、と、氷歌は思っているみたいだった。


 自分達は善と悪の境界線にいる。

 それは、ある種、人間ではないものでなくなり、ある種の“超人”とでも呼ぶべきものなのかもしれない。


 腐敗の王から貰った黄金のドラゴン『ファーヴニル』の絵画は、見る度に、氷歌に力を与えてくれる。自分を非人間では無い存在なのだと自覚させるような力だ。


「私は怜子を見る度に、自分が普通ではないという事を思い知らされるわ。彼女こそが私の力の象徴。彼女こそが私の背徳の全て。そんな気がしてならないのよね」

 葉月は、少し楽しそうな表情をしていた。

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