エンジェル・メーカーは、自分自身の事が何者なのかを知らない。
何処から来て、どうやって生きていたのかも分からない。
ただ、気付けば、腐敗の王という者が自分の世話を焼いてくれていた。
エンジェル・メーカーは身体付きこそ完全に男性なのだが、染色体上の性別は女性だった。自分がなんで、そのような性別なのかも分からない。自分は化け物だ。彼はずっとそう思っていた。
“彼”の記憶は混濁していて、全てが何なのか分からない。
ただ、腐敗の王は優しかった。
彼の為に、美術館を作りたいと言ってくれた。
幼い頃の記憶がほとんどない。
きっと、辛い幼少期を送っていた事だろう。分かっている。
自分達は不幸の中で生きている。
彼は、自嘲的な笑みがこぼれてきた。
何もかも馬鹿馬鹿しくて滑稽だ。
混濁した瞳から見えるのは、全て虚無だった。
自分は一体、何の為に生まれてきたのか分からない。
だからこそ、赤ん坊に執着しているのか。堕胎児達の亡骸を手に入れて、それをオブジェとして加工しているのか。
エンジェル・メーカー、空杭は自分を笑う。ただただ、笑う。
複数の人格によって形成された彼は、もはや、元の自分が一体、何なのか分からない。ならば、狂気と共に行こう。それら全てを肯定してくれる腐敗の王と同じ道へ。
……お前、俺に付いてくるか?
……うん。
想い出すのは、あの日の会話だ。
アジトの中では、積み重なっている。
空杭が生み出した、オブジェが。
胎児の塔。
それらは産婦人科から盗んで修復してきたものだった。元々は原型なんて留めていなかった。空杭が断片を加工して、美しい鳥の翼を付けて、天使として加工した。
空杭は、親のぬくもりを知らない。
故に、おかしくなった。まともな人格形成も有していない。
故に、人の心というものを知らない。
腐敗の王だけが、彼の道標なのだ。
天使を創造する事によって、自分の生きた証になる。その信念だけを貫き通せばいい。
†
エンジェル・メーカーが生み出した創造物。
ブラッディ・メリーの生み出した創造物。
アンダイイングの生み出した創造物。
スワンソングの生み出した創造物。
そして、腐敗の王の生み出した創造物がアジトにはあった。
菅原剛真は、自分も何かを残したいと考えていた。
自分もかつては、裏社会の殺し屋だった。
様々な憎しみに満ちた現場(シーン)を見てきた。
自分はどうしようもない程に異常で、裏社会からも疎まれる存在。菅原はずっと自分の事をそう考えていた。だが、蓋を開けると、異常な人間は幾らでもいた。
「牙口令谷。果たして、お前は復讐を果たせるのか?」
彼は煙草を吸いながら、一人呟く。
シルバー・ファングには、同情する。
だが、今は腐敗の王の仲間として自分は動いている。
冷徹な仕事人。
王の為に生きる者。
「俺は朔にも化座にも、幸せになって欲しいんだ。……違った生き方が出来れば、どんなに良いと思うんだけどな」
彼は一人呟く。