幼少期の頃、虹埼は漠然と自分の家庭が忌み嫌われているというのが分かった。
多分、それは両親が薬物にはまっていたからだろう。
虹埼はある意味で言えば、漠然と普通の人間が羨ましかったし、妬ましかった。
その感情は、年齢を重ねるにつれてどうしようもないくらいに膨れ上がってきた。
当たり前の人生。
サラリーマンをやる過程で、みなと一緒にバンドを組んだり、スポーツ系の部活に勤しむものだとばかり思っていた。だが、それらのものは全て叶わなかった。
そして、結局の処、色々なものに挫折してヤクザ、というポジションにいる。
そして、今は彼はサイコ・キラーである者達に惹かれている。
あるいは、星槻氷歌に惹かれている。
彼女の為ならば、何でもしたいと思ってしまっている。
だが、それは上手く出来ずにいる。
……なんだか、くだらない人生を歩んでいるなあ、俺は…………。
虹埼は本当に、そう思う。
結局の処、異常な家庭の下に生まれ付いて、異常な反社会組織の構成員になってしまって、今度もまた異常な人間に惹かれてしまっている。結局は、何もかもが同じ事なのだ。何もかも、繰り返してしまっている。人生は収束してしまっている。
ただ、どうしても妹だけはまっとうな道に歩んで欲しいと彼は考えていた。
虹埼から見て、彼の妹は余りにも普通の中学生だった。
かなり優しい子だと思っている。
虹埼は部屋住みをして、色々な新人ヤクザ達と同居しているが、一人、部屋で考える事が多い時もある。その時はぼうっと色々な事を考えたりする。将来的に自分は組を背負っていかなければならない存在になれるのだろうか、とか。あるいは、女の事とか。今は女はいないが、女が出来た場合、一体、自分はどうすればいいのかと彼は考えてしまう。
両親と違って、間違った道には進ませたくない。
極道の妻として歩ませたくない。
いや、そもそも違法薬物に手を染めて欲しくない。
彼は必死で女の事を想い描いていたが、頭に漠然と湧いてきたのは、星槻氷歌の事だった。ある意味で言えば、遅れてきた異性に対する憧れのようなものだった。
多くのやり取りを交わした事は無いが、虹埼は、星槻氷歌に対して強く、強く惹かれている。それは上手い具合に思春期で自分を形成出来なかった、どうしようもない心の奥底は自己嫌悪の自分を埋めてくれる存在として、氷歌という女性に対して魅力を感じてしまっている。それはとても強い感情となって現れていた。
想い描くのは、温かい家庭。
温かい家族だ。
家族の穏やかな団欒があって、学校の成績の事とか、進路の事を愚痴を零される。虹埼にとっては、そんなものは、漫画やドラマの中でしか見た事が無い。ただ、その情景に対してどうしようもないくらいの憧れはあった。
……普通の家族の下に生まれたかった。
それは今となっては、一般市民と言われる者達に対する妬み嫉みの対象でしかない。漠然と思い浮かんだ虚像でしかない。だが、それでも彼は家族の愛情というものを欲していた。あるいは、まともな恋愛関係というものを欲していた。つまり、人の温もりに飢えていると言っても過言ではない。それは、彼にとっては、どうしようもない程に届かないものでしかなかったからだ。自分には手に入らないものとして、幼少期から刷り込まれたものだった。そして、ある意味で言うと、それは虹埼にとってのトラウマの結晶そのものであり、自分の人生に負った深い傷そのものとも言えた。
たとえ、家庭を作ったとしてもだ。
自分は、父親のように、母親を壊してしまう。
いや、そもそも母親の方が、父親を壊してしまったのかもしれない。
今となっては、そんな事はどうでもいい。
自分は、父親のように、母親を壊してしまう。
いや、そもそも母親の方が、父親を壊してしまったのかもしれない。
今となっては、そんな事はどうでもいい。
結局の処、星槻氷歌もサイコ・キラーの一人にしか過ぎない。
何処か、一般人の感覚を持っていたとしてもそれはどうしようもない程に変わらない事実だった。
だから、まるで中世の騎士のように、虹埼は星槻氷歌に対して、報われない感情でも良いから、忠誠を誓おうと願っていた。それこそが、報われない自分自身の人生に対して、何か報われるものだと。
結局の処、氷歌の方が甲斐性の無い自分より頼りになる存在なのだろう。
彼はそう確信していた。
故に、彼女に対して強く憧れを抱いた。