2021年4月中旬。
そこは、埼玉県某所の大きな河だった。
大型動物を飼育する檻が河の中から引き上げられた。
それは全裸の男であり、全身がぐしゃぐしゃになっていた。
身元を特定するものらしいものは、殆ど持ち合わせていなく、当初は犯人は被害者の身元を特定させたくないのだろう、という見解だったのだが、司法解剖の結果、すぐにその見解は外れた。
被害者の胃の中から、身元を特定出来るものが発見された。
それは警察手帳だった。
刑事課の人間であり、乙竹善友(おつたけ よしとも)という男だった。
連続絞殺犯である縊鬼を捜査している刑事の一人だった。
乙竹は、崎原の元同僚だった。
崎原を慕っている後輩だった。
崎原は、元々、刑事課に所属していたが特殊犯罪捜査課に追いやられたという経歴がある。もう、随分、昔の事だった。
「乙竹は水死体として……つまり、全身が膨れ上がっていたのか? 想像するだけで、嫌な気持ちになるなあぁ」
崎原は富岡に訊ねる。
富岡は首を横に振る。
「いえ……。それが乙竹さんのご遺体ですが。奇妙な状態だったそうです」
富岡はファイルを作成しながら、息を飲んでいた。
「なんでも。全身の皮膚、肉が爛れていて、顔のような形になっていたそうです。また、下腹部や胸元、両肩、手の甲、足の甲、頭部に奇妙な紋様というか、刺青みたいなのが彫られていたそうです。そして、一番、特徴的なのは、両目の眼球が取り除かれて、それぞれ何も無くなった眼窩にはピンボール大の球が入っており、ボールには文字が刻まれおり“禍”の文字。左目には“斗”の文字が刻まれていたそうです。禍斗、ですかねえ…………そんな名前の妖怪がいたような…………」
富岡は気分が悪そうな表情で、ファイルに貼り付ける写真を眺めていた。
崎原は富岡から、写真を受け取る。
「なんだ? これ? まるで、身体の所々に、顔みたいなのが浮かんでいるじゃねぇか。“人面疽”って奴か……? 今回も、この件は刑事課から、特殊犯罪捜査課(ウチら)に回されるなあ」
崎原は、何処か他人事のように、かつての同僚の骸の写真を眺めていた。
そして、おもむろに、崎原は写真を富岡に渡して、煙草を吸いに屋上へと向かう。
崎原は、ぷかぷかと、煙草に火を点けていた。
煙草に火が上手く点かない。
そういえば、オイルが切れたライターだったか。コンビニで使い切りのライターを買い直さないといけない。崎原は口元が震えている事に気付く。
「……畜生。なんで、こういう時に限って、火が上手く点かないかなあ…………」
崎原は、夕暮れの空を眺めていた。
春の空が何処か寂しい。
コンビニまでの道のりが酷い遠い。
ついでに、牛丼でも買おうと思った。
そう言えば、刑事課時代、よく乙竹とは牛丼屋に一緒に行っていた。コンビニで新しく煙草とライターのついでに、牛丼を手にする。何となく、二人分、買った。何故か、線香も買った。
警察署の屋上で、線香に火を点ける。
崎原は煙草を吸っていた。
「お前の分の煙草と牛丼も渡さないとなあ」
崎原は、今、自分自身がどんな感情なのか分からなかった。
†
それから。
禍斗の事件は、何件も続いていた。
行方不明の刑事が何名も出た。
彼らは各所で、水死体となってあがっていた。
刑事課の杉本、伊沼、芳口。
特に発見が遅れた芳口に至っては、典型的なぶくぶくの全身が肥大化した水死体になっており、全身をカニや魚、タコなどで迷路を作って腐敗ガスを発していた。
みな、崎原のかつての同僚達だった。
崎原は煙草を吸いながら、かなり焦る。
崎原は心身共に削られていった。
みな、共に笑顔も苦味も分かち合った刑事課の“誠実”なメンバー達だった。