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崎原の過去。

 エリートコースで刑事課に配属された。

 警察学校時代、優秀な成績を収め、柔道や空手、射撃の腕もそこそこ買われた。

 若い頃の崎原玄は、正義感に燃えていたし、女にもモテた。


 何年か交通課や生活安全課などで下積みをやった後、すぐに刑事課に所属された。

 乙竹含め、その頃の刑事課時代の仲間達は、今でも崎原にとってあの頃の大切な心の記憶として残っている。


 だが、何故、自分が今『特殊犯罪捜査課』という名目上は公安の偉い部署とされているが、実態は、左遷組、落ちこぼれ、窓際族、厄介払いの部署に転属されたのかは、崎原の刑事課時代の素行が多いに原因としてあった。


 当時は、特殊犯罪捜査課などというものは無かったが、上層部の会議内で、刑事課とは分けた部署を新たに作成しようとする方針が固められつつあった。それは一般には秘匿されている部署であり、刑事課から選抜されたエリート達で固められる予定だった。


 将来的には、ベテラン刑事達が、特殊犯罪捜査課の原型となった部署に配属される予定だった。……そうはならなかった。


「なあ。この事件って、本当に人間がやった事なのか…………?」

 崎原は、ゴールデン・エイプのメンバーが犯したと思われる殺人事件……猟奇犯罪などに関して、立て続けに見せられて、違和感を覚えていた。

 当然、ワー・ウルフ事件に対しても、同じような印象を受けた。


 何か、得体の知れない超能力でも使ったのではないかという事件が多かった。

 未解決事件が多過ぎて、そのまま緘口令を敷かれて、マスコミが報道しない事件が多過ぎた。警察とマスコミの癒着。市民に対しての安全神話。上層部に口出来ない縦社会。裏金作りの話。そういった色々なものに対して、崎原は、頭を抱えていた。


 その事に踏み込もうとして、崎原はこれから作られようとしている特殊犯罪捜査課に転属させられた。


 そこには、一つだけのテーブルと椅子があった。

 崎原は当初、何もさせてくれなかった。


 それから、しばらくして、富岡がこの課に回されてきた。

 更にしばらくして、ワー・ウルフ事件の被害者である牙口令谷が現れた。

 まだ、未成年だった。

 警察学校も卒業していない少年だった。


 令谷とは、妙な部分で気があった。

 同じように、公安の左遷用に作られた新興宗教破防課から非番の時に遊びに来てくれる、幻霊生輪は、令谷の良い師匠になった。



 ブラッディ・メリー事件が起きたのは、すでに、崎原が特殊犯罪捜査課に転属された後だった。崎原はこの頃になると、完全に確信していた。

 この社会には人知を超えた“化け物達”が存在して、それは刑事課の連中、既存の法律では裁けない者達なのだと。




 そんな化け物達がいるのに、刑事課の者達は、特殊犯罪捜査課そっちの気で、道化のように化け物達を追い続ける。自分達が捕まえられると思っている。


 特殊犯罪捜査課と違い、刑事課には化け物を積極的に撃ち殺す権限が無いのに、刑事課のエリート達は威張り散らしている者達も多い。……そうじゃない者達がいる事も知っている。当時の警察学校の同期達。仲間達。


 葉月が、ワー・ウルフの正体は“日本政府ではないか?”と口にした時、崎原も、そうなんじゃないかと長年、思っていた事を口にして貰えた気分になった。


 つまり、この社会は“何らかの理由で、特殊な凶悪犯罪者を意図的に作り出して、それを放置している。特殊犯罪捜査課は警視庁から疎まれた者達の掃き溜めの場所なのかもしれないが、確実に化け物達を倒し、あるいは捕まえ続けている。


 今では、刑事課に残れなかった事を誇りに思っている。



 乙竹を含めて、かつての刑事課の仲間達。

 善良な刑事達が“禍斗”によって、殺されている。


 刑事の血、とは何なのだろうか。


 自分が動かなければならない気がする。

 少年少女達に任せていられない。


 自分だって、射撃訓練を受けている。

 化け物に届かなくても、戦える。

 自分の人生の意地を駆けて、禍斗と戦いたい。



 警察署の帰り道だった。

 葉月と令谷は、これから彼方の家へと向かう途中だった。


 遠くに繁華街のネオンライトが光っている。


「本当なのか? 日本政府自体がワー・ウルフであるという話は?」


「あくまで仮説だと言っているわ。ただ、点と点を繋ぎ合わせていくとそう考えざるを得ないのよ」

 何故、日本国内において政界や財界に強い力を持つカルト宗教が異能者を生み出す薬を作っている?


 特殊犯罪捜査課に入って、ずっと引っ掛かっていた事なのだが。

 何故、特殊犯罪捜査課が追いやられ、警察の上層部は、まるで凶悪犯罪者達に対しての特殊な部隊を精力的に育成しようとしない?

 答えは、その方が“都合が良いから”ではないのか?


「俺はずっと頭のイカれたクソ野郎が一人で行い続けていると思っていた。その可能性は無いのか?」


「その線もまだあるかもしれない。でも刑事課含め、警察全体の対応、司法の対応を見ていると、明らかにこの国ではサイコ・キラーを野放しにし続けている。答えは、やはり、意図的に、野放しにしようとして、野放しにしているとしか思えない!」

 葉月は少し感情的になる。


「なら、何が正義で、何が悪か、何もかも分かんねぇじゃねぇか。俺は数多の犯罪被害者達を見てきた。この国は意図的に凶悪殺人犯達を作っているって事か? イカれている………………何の為だ?」


「人体実験? 国家単位のビジネス? マスコミの利権? 格差社会を隠す為? 政治家の不祥事から眼を背けさせる為? 好きなものを選ぶといいわ。余り目的に意味は無いのかもしれない」


 葉月は思索を巡らせていた。

 意図的に異能者を作り出す薬があるのだとすれば、それを軍事利用する為か?

 いや、国家の上層部自体が超人か何かになる為にサンプルデータを取っているのか?

 それとも、凶悪犯罪者を大量に生んで意図的に国を崩壊させて人口削減でも狙っているのか……いや、これは極めて非効率的か。


「ただ。サイコ・キラー共は、倒すべき悪だ。俺はその信念だけは崩さない」

 令谷はそれだけ告げた。


 しばらくの間、二人は無言になる。


 無言のまま、彼方の家に辿り着いた。


 生輪がいた。

 彼は煙草を吸いながら、二人を待っていたみたいだった。


「禍斗の事件はすでに聞かされているな?」

 生輪は二人に訊ねる。

 それは確認の意味だった。


「崎原の元同僚である、乙竹の事は俺も知っている。俺も何か力になれないか?」

 生輪は煙草をくゆらせていた。


「現時点では分からないわ」

 葉月はそう答える。

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