母から電話が掛かってきた。
急病なのだという。
急いで救急車を呼ぶように告げた。
そして、病院に行ってみると、医者達は困り果てていた。
母親の全身には、無数の人面疽が現れようとしている予兆が出ていた。
母親の全身には、無数の眼鼻と口が現れようとしていた。
呪詛として苦しめて殺そうとしているのだろう。
相変わらず、異能者の犯罪者は理不尽極まり無い事をしてくる。
「玄…………。久しぶりね。元気だった? 相変わらず、ろくに食事をしてないでしょう。お仕事は大変…………?」
母親は、崎原を気遣う言葉を言う。
崎原玄は病院内で叫んでいた。
そして、即座に葉月に電話をする。
†
「そう。お母様が。それはお気の毒ね……。まだ死んでいない? 分かっているわよ。崎原さん、貴方の母親が死ぬ前に、犯人を私達で始末するわ」
縊鬼が明確に、富岡の娘を狙ってきたように、もう完全なまでに標的の家族を狙いに来ている。家族を何処か安全な場所に隔離出来ないか。安全な場所に隔離する事が出来る強力な味方がいないか。
…………腐敗の王。
それが、葉月の頭の中に過ぎった。
彼を完全に信用したわけじゃない。
だが、大きな隔離場所を持っている者と言えば、彼で、暗殺者達からのボディー・ガードにうってつけなのは、彼しか思い浮かばなかった。
まず当面の敵である、禍斗だ。
どういう条件で、人面疽をターゲットに作っている?
直接、触れるのか?
牛の刻参りとかみたいに、爪や髪の毛と藁人形でも使うのか?
あるいは、写真だけで他者を呪えるなら、もう完全に詰みだ。逃げられ続ける戦法を取られれば辿り着く前に全滅する。
「写真だけで呪い殺せるのなら、もっと権力を持っていてもおかしくないわね。こいつは、絡新婦の下で働いている。何らかのメリットが無い限り、私ならもっと効率よく権力を手にするか? なら、異能の発動に何か面倒な条件があるか?」
葉月は考える。
崎原の母親から事情聴取をすれば、何か手掛かりはあるか?
「いや。この場合は専門家がいるわね。新興宗教破防課・陰陽師、幻霊生輪」
葉月は、生輪のスマホに電話を入れた。
†
<おそらく、直接、接触して呪詛を感染させるタイプの奴だと思う>
生輪は、被害者達の写真を見ながらそう告げた。
「なら、タイムリミットに猶予が出来るわね。問題は禍斗が、どんな姿をしているかなんだけど。何ていうかしら、探偵小説とか探偵漫画とかであるでしょ? 犯人はお前だ!って言って、指差して突き付けてやりたい。そんな気分」
葉月はそう告げた。
<そうだな。突き付けてやれ>
生輪は笑う。
返り討ちにしてみせる。
葉月の形相は、怒りに満ちていた。
†
「幸運な事に、崎原の母親の容態を見た限り、俺の“呪いの知識”で対処出来そうだ。つまり、呪っている相手が大体、何処にいるのか、場所を特定する事が出来る」
生輪は、崎原の母親の病室の四隅に御札を貼って、禍斗からの呪いを抑える作業を行う事が出来た。
今回の件で、生輪という存在がいてくれて、本当に良かったと思っている。
敵は、劣情同様に、呪術の類を使って殺人を繰り返している。
「先日、通っている大学で、二人のサイコ・キラーによって私は襲撃された。もう、完全に絡新婦は、私達、特殊犯罪捜査課のメンバー及び家族を狙い撃ちにしている。今回の禍斗を倒したら、絡新婦の教団本部に向かう。他に選択肢が無い」
夕暮れだった。
二人は河川敷にいた。
生輪は、息を飲む。
おそらく、生輪の家族。残った母親なども狙ってくるか?
既に、生輪も特殊犯罪捜査課に協力体制を取っている。
これまでの被害者は、崎原の周りの人間ばかりだった。
崎原のかつての同僚達。
乙竹、杉本、伊沼、芳口の四名が“呪い殺された”。
崎原は完全に見て分かるように、憔悴している。
元凶である絡新婦、東弓劣情を倒さなければ、どうにもならない。
「劣情は、俺の親父と親友の仇だ。俺も積極的に参戦させて貰う」
彼はパイプ煙草を口にしながら、思索を巡らせていた。
彼の式神を媒介にして、禍斗の居場所を探る事になった。
「これから。禍斗を倒しに行くか。念の為に令谷も呼ぼう」
「場所は?」
「電車内だ。ずっと、移動している。……何故、電車の中にいる? たまたま移動しているだけか? 何か罠を張り巡らせている気がするな」
生輪は考察する。
「此処から、近い?」
葉月は訊ねる。
「近いぞ。警察署の辺りをぐるぐる見張っている。電車を何度も、乗り換えながら、こちらを伺っている。……俺の存在で“逆探知”させる為の罠だな。行くか?」
「令谷をまず呼ぼう」
葉月は、令谷に電話する。
「あと、三十分もすれば、令谷は、こちらに来る。あと、崎原さんも向かいたいそうよ。出来る事は無いかと言っている」
「本当は待機していて欲しいが…………。心情的には分かる。崎原にも来て貰うか」
生輪は、深く溜め息を付いた。