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再戦 朧花と果吉

「ねえヨウマ」


 すっかり暗くなった街で、優香が話しかけた。


「最強の魔法使いの話知ってる?」

「何それ」

「日本にいた魔法使いらしいんだけど……まだどこかに封印されて生きてるんだって」

「それがどうかしたの?」

「SNSでさ、それを復活させようとしてるヒトがいるって噂があって」

「だとしたら怖いね。僕らの敵になるかもしれない」


 雪の降る中、二人は手を繋いでいた。手袋越しに伝わる体温ではないが、心は温かった。


「ちなみに、その魔術師の名前って何?」

「王鎖剣二郎けんじろうっていうんだって。中世の魔法使いで、幕府が全力で戦ったんだけど殺せなくて封印したって見た」

「そんなのが復活したら……」

「日本、めちゃくちゃになっちゃうかも」

「本国がどうかなったらフロンティア7はどうなるんだろうなあ」


 ヨウマは少し空を見上げた。重い雲が夜空を覆い隠していた。


「独立しちゃったりして」

「ユーグラスが潰れちゃうよ」


 フフッ、と優香は小さく笑った。


「笑いごとじゃないよ」

「ごめん、なんか言い方が面白くて」


 どこにそんな要素が──とは言わなかった。彼女が笑顔でいるならそれでよかった。


 風が一陣、強く吹く。よろけた優香の右手を掴む。


「大丈夫?」

「うん、ありがとう」


 短いやり取りを交わして、歩く。


「影術師団、勝てる?」


 優香が視線をヨウマに向けずに尋ねた。


「勝つよ」


 ヨウマもまた、前を見たまま答えた。


「言語魔術師の楽園が何か知らないけど、テロはだめだ。ニェーズの命を踏み台にしてそんなものが作れるもんか」

「私は何もできないけど……待ってるから」

「ありがとう、帰る場所があるってのは嬉しいよ」


 ヨウマは無意識に拳を突き出していた。


「何?」


 問われて、彼は退くのも進むのも少し恥ずかしい気持ちになった。だが彼女はすぐにその意図を察し、引っ込めようとした彼の手を掴んだ。ぶつかり合う、二つの拳。


「これでよかった?」

「正解。よくわかったね」

「キジマさんとしてるところ見たから」

「ああ……」


 と、そこでウェストポーチの中で電話が鳴った。


「ごめん」


 と謝りながらそれを取り出す。オパラからだった。


「ヨウマさん、影術師団が動きました」


 挨拶もなく、そう告げられた。


「車回して」

「手配しています。数分以内に到着です」

「どんな術を使うかわかる?」

「朧花と果吉を覚えていますか? あの二人です」

「ならなんとかなる。七幹部かキジマは空いてる?」

「グリンサさんが先行して対処にあたります」

「オッケー」

「くれぐれも、油断はなさらないように。果吉はまだ術を見せていません」

「わかってるよ。それじゃ」


 電話をしまう。


「そういうわけで。一人で帰れる?」

「うん。死なないで」

「心配することないよ。僕、強いから」


 優香は手を振りながら離れていく。何度か振り返って、不安に揺れる瞳を見せる。そうこうしている内に、車が来た。


「気を付けてね!」


 大声を出した後、彼は乗り込んだ。


 矢のように飛んでいく電気自動車に揺られ、ヨウマは現着する。そこで見たのは、左腕を吹き飛ばされてなお、果吉と対等に渡り合うグリンサの姿だった。


「グリンサ!」


 そう呼んで、ヨウマは戦いに加わる。


「ヨウマは朧花をお願い!」


 一瞬振り返った彼女の顔を見て、彼は魂の箍が外れたのを感じた。左目を潰されていたのだった。





 10分ほど前のこと。ニェーズ5人の死体が転がる現場に到着したグリンサは、何も言わずに刀を抜いた。


「随分お早い到着ですこと」


 朧花が顔を顰める彼女を嘲笑いながら言った。


「わたくしの雀は爆発性……手足を奪うことなど容易いのです。その覚悟、おありですか」

「とっくの昔にできてるよ」


 彼女は会話を斬り捨てるように地面を蹴った。その間に果吉が入って、太刀を受け止めた。そうして、数合。斬り合いはグリンサが押していた。時折飛んでくる雀を裂き、そして果吉と睨み合う。


「自分の術は氷です」


 彼が唐突に口を開いた。


「魔力を氷へと変え、出現させる。しかしそれ故に魔力消費が大きく、軽率に使える術ではありません」

「急に何? 弱点話しちゃって」

「呪縛ですよ、情報の開示を操作できる氷塊の大きさに結び付ける……」


 そう言い終わるや否や、腕ほどの太さの氷柱がグリンサの右脇腹を背後から貫いた。


「ハーフのニェーズには勿体なくて使わなかった術です。光栄に思ってください」


 氷柱が消えて、解放された血管からどっと血が溢れる。左手を当てて彼女は応急処置を行うが、そこに意識を向けたために、正面から飛んでくる氷の弾丸への反応が遅れた。顔面に向かって放たれたそれを首を横に曲げて躱そうとするが、間に合わず、左目を抉られた。


(流石に眼球の修復はできないね……)


 思いながら一瞬、痛みに刀を手放しかける。それでも何とか繋ぎ留めて、敵を見据える。


 眼を失っても、ゴス・キルモラが消えるわけではない。真っ暗闇の視界の左半分にも、赤い靄は浮かんだ。


「そっちの動きは見えてるよ、舐めないでよね」


 太刀を切っ先を向けて、彼女は言う。目を緋色に輝かせ、深呼吸をした。


「ほう、魔眼ですか。亜人に習得者がいるとは驚きました」

「そうやって見下してると足を掬われるよ」


 雀が果吉の向こうで群れを作っているのが見えた。


(敵の動きは見える)


 なら戦える。意を決して踏み込んだ。果吉が左側に回り込もうという動きを見せる。それでも対処は難しくなかった。動く赤い靄の塊。得物を振り抜くも、空を斬った。果吉は飛び上がっている。


(武器が見えない!)


 魔力を持たないものは左目に映らない。当たり前のことだが、失念していた。相手の武器は手斧。リーチは短い。記憶の中から武器の全体像をイメージし、防御を成功させた。


 少し体を動かせば、脇腹が痛む。攻めに転じられない。敵の連撃に、左目を癒す余裕を奪われる。


 突如、果吉が右に回った。視線もそれに追従する。そして、次の瞬間。轟音。インパクト。左肩。吹き飛ばされる。激痛。左腕──ない。肩から先がない。


 驚く暇もなく、果吉が斧を振り上げて迫ってくる。歯を食いしばって斬り結ぶ。ニェーズに産まれたことを彼女は感謝した。膂力の差が優位に働く。片腕でも斬撃を受け止めることができた。


 そうして数度、二つの刃がぶつかった。雀は上空を回りながら機会を窺っていた。


「グリンサ!」


 ヨウマの声だった。


「ヨウマは朧花をお願い!」


 その声に応えて、ヨウマは果吉の横を走り抜けた。朧花は雀を彼に嗾ける。結界で爆発を防ぎながら接近し、深い傷跡の残った顔に向かって刀を振り下ろした。雀が刀の中ほどにぶつかってその軌道を逸らす。肩の端の肉を少し削った程度のダメージしか、彼は与えられなかった。


「グリンサを傷つけたのはどっち?」


 怒りの滲んだ声音で尋ねた。


「腕はわたくし、眼は果吉ですわ」

「ならどっちも殺す」

「最初からそのつもりでしょう?」

「まあね」


 息を深く吸う。朧花の指先の動き一つ一つがゆっくりと見える。怒りでこの力イニ・ヘリス・パーディを使うのは久しぶりだった。心は燃え盛っているというのに頭の中はやけにクリアだ。勝利の確信を掴む。


 距離を詰める。朧花が刀を召喚したのを見て、攻撃の方向を考える。まずは上から振り下ろした。反応された。チィン、と高い音が響いた。


「身体強化でもしてる?」

「呪文を彫り込んでおりますの」


 彼女はグイと袖を捲って、曲線を中心とした複雑な文様の刺青が入った腕を見せた。


「ただでは死にませんわ。腕のもう1本くらいは貰っていきます」


 答えず、彼は斬りかかる。何度か打ち合って、朧花の刀が弾き飛ばされた。アスファルトの上に落ちたそれはカランカランと虚しい音を立てて転がった。


 好機。彼は一気に踏み込む。喉を狙った突きは雀に逸らされて、右肩に刺さった。


「こ、ここまで……」


 辞世の句でも詠むのかと、ヨウマは手を止めた。


「ここまでされる謂れはないでしょう!?」

「は?」


 怒りも吹き飛ぶような、そんな気持ちになったヨウマである。


「何人殺したと思ってるの?」

「ゴミ出しの回数を数えるヒトはいませんわ!」

「……やっぱりお前は死ななきゃだめだ」


 そう言って、ヨウマは斬撃を飛ばした。盾で受け止めた朧花に、刀を握った彼が迫る。飛び上がって襲い掛かるそれに向けて、彼女は盾を翳す。次の瞬間。飛来したケサンの刃がその胴体を横一文字に断った。彼女の脳裏で、映像が流れだす──。





 冥姫家は優秀な言語魔術師を輩出してきた名家である。従軍し、一族が受け取った勲章は数えきれない。しかし昨今は今一振るわず、危機感を募らせているところだった。そんな中で膨大な魔力を持った子──朧花が産まれたことは思ってもないことであり、彼女は蝶よ花よと育てられた。


 10になった時、彼女は炎系魔術の愛された魂と契約を交わした。愛された魂は国によって管理され、その契約には国による認可が必要だ。それを子供が得るというのは異例の事態だった。


 2年後には詠唱せずとも魔術の行使が可能になり、まさしく金の卵ということで彼女への評価は上がるばかりだった。3人いる兄も好意的にそれを受け入れ、いずれ一族を背負って立つ人材だと認めていた。


 それがいけなかった。


 褒められ、持ち上げられてきた彼女にとって他者などどうでもよかった。国家への貢献にも興味がない。学校でもクラスメイトを見下してばかりだった。気に入らない者があれば魔術と家の力で黙らせる。それだけだった。


 そんなある日の帰り道、亜人に強姦された。耳が長く肌が白い、エルフと俗に呼ばれる亜人だった。


 彼女の人生を決めた出来事だった。亜人との共生路線を選び差別意識の払拭に奔走する政府を、彼女は認めなかった。亜人は排すべき存在。その認識は何年過ぎても変わらず、15の誕生日を迎えた日、亜人を殺した。焼き殺した。火だるまになって転げ回る姿を見て、彼女はゾクゾクと愉悦を感じた。


 自分は特別であるという考え。亜人への憎しみ。それらが混ざり合った時、彼女は真理に辿り着いた。正しい世の中を作るために自分は産まれたのだと。


 16の頃だった。亜人殺しを繰り返し警察に追われる彼女に、果吉が接触した。思想は共鳴し合い、彼は鉄傑に彼女の影術師団への加入を打診した。ちょうど欠員が出たこともあり、願ってもないものを鉄傑は拾ったのだ。


 影術師団が確保している召喚術の愛された魂と契約した彼女は、僅か1年で無詠唱での召喚に成功する。それを見て、間違いなく最高戦力となるポテンシャルを秘めていると鉄傑は確信した。


 だが、それもここで果てた。雀達はその形状を維持できずに消えていく。魂の炎が消えるのに応えて。


「朧花様!」


 果吉が叫ぶ。世話係としての役目を与えられた彼は、自然と朧花のことを様を付けて呼んでいた。名家の産まれだということ。亜人に大切なものを奪われた同志だということ。親しみを込めての呼び方だった。


 彼は朧花の方に走ろうとするが、グリンサが太刀をその前に突き出して止める。


「浮気してもらっちゃ困るよ」

「チッ……」


 果吉は左掌を相手に向ける。


「魂よ、震えよ見せよ、爆ぜ鳴らせ! 氷爆!」


 彼を中心に、無数の氷の剣が地面から飛び出る。危ういところでグリンサがそれを躱している間に、彼は駆けた。妨害しようとするヨウマには氷の弾丸を飛ばして隙を作る。そして朧花の死体を抱え上げた。


「それでは、おさらばです」


 消えた。ヨウマは、静かに刀を納めた。

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