カラクーム子爵の魂の宿った鎧は、オレ達を城のどこかに連れて行こうとしていた。
この城の警備は本来兵士達が行っているのだが、大半は王都でのスエズの後継者お披露目パーティーの護衛の為にかなり手薄になっている。
だからオレ、モッカ、カシマール、フォルンマイヤーさんの四人で簡単にここの警備を突破する事が出来た。
本来後見人として居座っているはずのドルトムント侯爵家の護衛もドルトムント侯爵に追従しているのでここの城の警備はザルとも言えるレベルまで低下している。
そのおかげで本来なら中に入れないはずのスエズの部屋に簡単に入る事が出来た。
スエズは猜疑心こそ強いが間抜けなのだろう。
この部屋に誰も入れるワケが無いと思い、書類を無造作に机の上に積んだままになっていた。
本来統治者である貴族がやるはずの書類仕事すら、何もやっていないとは……。
絶対に他人に見られては困るような重要な書類が平気で机の上に無造作に置かれているのが見受けられる。
「コイツ……バカなのであるか?」
「そうかもしれませんね、でも二代目社長とか同族経営の重役なんて大体そんな奴が大半ですよ」
「コバヤシの言っている事の意味はあまりよくわからんが、貴族の風上にも置けない奴だという事だけはわかっているのである」
書類を見て驚いていたのはパナマさんだった。
どうやらこういった書類仕事は全部彼女に押し付けていたのだろう。
「これは酷い……どうしてここまで住民の陳情を蔑ろに出来るの」
彼女が見つけたのは税金が払えない人達の財産差し押さえに関する書類だった。
オレもその中身を見てみたが、何とも酷い物で……税金を払えない場合は家族を無期限の奉仕の為に城に差し出すように書かれたものだった。
これを利用して差し出された住民の家族を奴隷として海外に売り飛ばそうとしていたんだな。
オレはこの書類を破り捨てたかったが、コレがれっきとした証拠になる事を考え、残しておく事にした。
鎧姿のカラクーム子爵は書類を見て身体を小刻みに震わせている。
まるでその怒りが全身から伝わってくるようだ。
しかもこの一件、ドルトムント侯爵家も深く絡んでいるようで、証拠が見つかりにくいように迂回するやり方すら用意されていたようだ。
どうやらカラクーム子爵はこの一連の悪事には関与していなかったらしい。
すべては彼の妻であるドルトムント家による指示で、スエズは母親の言いなりになって動いていたというのが数々の書類から証拠として見つかった。
だが肝心のカラクーム子爵が何者かに殺されたという証拠は見つかっていない。
まさに死人に口無しという事だろう。
だがこちらには死者と会話の出来るカシマールがいる。
彼女がいる限り、いくら証拠を隠滅しようとしても殺された本人に聞く事で証拠を見つけ出す事は可能だ。
「お兄さん、その本棚の本を動かしてから暖炉の裏側に行けと言っているのだ」
成程、金持ちの城によくある仕掛け隠し部屋といったところか。
オレは本棚を動かし、スエズの部屋の裏の隠し部屋に入った。
するとそこに置かれていたのは、何かの薬の小瓶だった。
「お兄さん、その瓶を持つのだ。カラクームさんはこの瓶の中の毒で殺されたと言っているのだ」
「何だって!? それは本当なのか!」
カラクーム子爵は自身が殺された理由を知っていたが、それが生前から気付いていながら避けられなかったのか、それとも死んだ後に魂の姿で悪事の話を聞いたのだろうか。
「でもなぜカラクームさんは自身の殺された理由が分かったのだろうか」
「お兄さん、死者はその場から動けないと言われているけど、同じ建物の中ならまだ移動出来るのだ、だからカラクームさんはこの城の中での事は大体知る事が出来るのだ」
そういう事か、それなら納得だ。
多分だがスエズやその母親はカラクームさんが亡くなった後ならだれも話を聞いているワケが無いと安心して悪事の成功を話し合っていたのだろう。
その話を魂になったカラクーム子爵は聞いてしまったが、肉体を失い誰にも何も伝える事が出来なかったという事だ。
だがスエズにドルトムント侯爵、相手が悪かったな。
こちらにいるのは死者の魂と会話の出来るネクロマンサーのカシマール、そして、王国の不正を取り締まる王国騎士団の団長であるフォルンマイヤーさんがいるんだ。
お前達の悪事は証拠を見つけ出し、その汚い計画を全部潰してやる!
オレ達は隠し部屋の中に無造作に置かれた書類の中からパナマさんがアスワン・ハッタに資金を提供するという確約をした書類を見つけ出した。
「間違いありません、これはわたくしがアスワンさんに渡したものと同じ書類です。わたくしは控えを彼にも渡しているので、彼に同じ物を持ってきてもらえばコレが証拠になります」
そうか、それなられっきとした証拠になるな。
スエズとナカタの奴がオレ達のダムを乗っ取ろうとして作った書類にはダム建設計画者であるアスワン・ハッタに渡した控えといった証拠が存在しない。
つまり、片方で一方的に捏造した書類であり、依頼主と請負人の双方の書類がそろっていないので、作成日時が古く、どちらもそろっているこちらの書類の方がれっきとした証拠となるのだ。
「よし、これで勝ち目が見えて来た!」
「お兄さん、待ってほしいのだ。カラクームさんはまだ伝えたい事があるそうなのだ」
「何だって? わかった、それで……何と言っているんだ」
カシマールはカラクーム子爵の魂の入った鎧と話をし、生前のカラクーム子爵の部屋に入った。
どうやら魔法の鍵の場所は子爵だけが知っていて、スエズは中に入れなかったのだろう。
魔法で封をされたこの部屋にはカラクーム子爵の死後、誰も入る事が出来なかったようだ。
「まさかそんな場所に鍵があるなんて……」
「普通は考えないのだ、でもここにきちんと部屋に入る鍵があるのだ」
なんと、カラクーム子爵の鍵の隠された場所は、綿花畑の中だった。
彼は部下に命じ、自身に何かがあった時には鍵を隠すように言っていたのだろう。
現にオレ達が鍵を開けて中に入るまでは、この部屋の中には誰も入れなかったようだ。
その部屋の中でオレ達は決定的な証拠を見つけた。
それは、カラクーム子爵の死後、財産は娘であるパナマに譲り、息子のスエズは妻のドルトムント家に引き渡すといった内容だった。
この中にはスエズとドルトムント家が奴隷の売買に関わっていたか証拠を集めた資料や、自身の体調不良が意図的に作り出された可能性に関する事等が書かれていた。
――これは決定的な証拠になる!
「これは……これが本当だとすると、一大事なのである! すぐにでも王都に戻らなくては!」
城から出る事にしたオレ達はカシマールに頼んで鎧から魂を取り除くことにした。
カラクーム子爵の魂の宿った鎧は、カシマールが魔法を唱え、一度中から出す事になり、彼の魂は今、自分の部屋に戻ってオレ達の帰りを待っているのだ。
だがまだカラクーム子爵は無念が晴れたわけではないので、魂のまま自分の部屋を漂っている状態だ。
これは一日も早く彼を安心させなくては!
オレ達は鍵を再び綿花畑の中に隠し、アスワンに会う為にハイダム村に向かった。
「あ、コバヤシさんにパナマ様、一体そんなに焦ってどうされたのですか?」
「アスワンさん、貴方は最近スエズに会いましたか?」
「スエズ様……? いいえ、あの人がわざわざここまで来て僕に会うわけありませんよ」
これで勝ち目が見えた。
このままアスワンを連れて行けばスエズ達の書類は根拠を失い、無効になる。
「アスワンさん、お願いです。オレ達と一緒に王都に来て下さい!」
「わ、わかりました。一体そんなに急いでどうするんですか?」
オレ達はアスワンにパナマから資金提供をするという確約の書類を持ってもらい、急いで王都に向かった。