フォルンマイヤーさんの持った銀のトレーは、勢いよく剣を振るってきたスエズに叩きつけられた。
トレーにはまだ食事のソースがべったりと残っていて、それが衝撃で飛び散り、スエズの豪華な白い衣装を派手でカラフルな色に染めてしまった。
「お前さえ、お前さえいなければァァ! 雑種めぇえぇ!! ええいっ離せ、貴族様に下賎の者が触れるなァ!!」
スエズは衛兵達に取り押さえられ、そこに丁度ダイワ王が姿を見せた。
そのタイミングを狙ってか、ナカタはいきなり姿を再び現し衛兵達に指示を出した。
「いいカ! そこにいる貴族達を捕まえロ! 全員奴隷売買に関わっていた連中ダ!!」
「な、何ですと!? ナカタ殿、私達は貴方の指示でっ……!!」
貴族が何かを言い終わる前に苦しみ出し、その場に倒れてしまった。
これはナカタが何かをしたのだろうが、証拠は見つからない。
そうか、アイツの言っていたプランCとやらは奴隷売買に関わっていた貴族を裏切って全員国王に差し出す事で自身は潔白だと証明するやり方か。
アイツ、本当に特権階級のクズ悪役がやるムーブを全部やっているな。
――マズい! コレだと下手すればオレ達が離れていて手薄なカラクーム子爵の城で証拠隠滅をされかねない!!
ナカタの奴はどういうワケか、この世界で電話のような伝声の魔道具を持っている、だからここから遠く離れた場所でも手入れが入る前に証拠隠滅が可能だという事だ。
この件で奴隷売買やスエズの後継者問題からナカタの関与を示す証拠を消す事がプランCだとすれば、やられたとしか言えない。
「いったいコレは何の騒ぎだ?」
「ハッ、国王陛下、実は僕は大掛かりな奴隷売買の証拠をつかんでいましテ、それでこのパーティーの機会を使っテ関係者をおびき出そうとしたのでス、この一連の首謀者はスエズ子爵でス! 彼は後継者の書類を捏造シ、尚更ニ妹が後継者になると分かった途端、奴隷商人と組んで妹を海外に奴隷として売り飛ばそうとしていたのでス!!」
この報告を聞いたダイワ王は顔を真っ赤にして大激怒だ。
「いいか、誰一人としてここを動くでない! ナカタ殿よ、汚れ仕事を自ら引き受けるとは、大変苦労をかけさせたな、よくやってくれた」
ナカタの奴、最初から上手く行けば利権を牛耳り、失敗すれば途端に自ら汚れ仕事をしていたというアピールで貴族連中を裏切ろうと考えていたんだな、敵ながらこの狡猾さには感心してしまうレベルだ。
ナカタに裏切られた貴族達は罵声を上げながら兵士達に次々と連行されていった。
「コバヤシ殿、話はフォルンマイヤー嬢から聞いておる、スエズは自らの父を廃し、後継者の書類を捏造していたと聞いた、その事に間違いはあるまいな?」
「はい、ここにあるのがカラクーム子爵の残した書類、ここには後継者をパナマ・ウンガにするときちんと明記されています」
「な、何故貴様らがそれを持っている!? あの部屋には誰も入れないのではなかったのか!」
スエズが狼狽しているところを見ると、この書類が本物だという確証になる。
書類にはカラクーム子爵の直筆でサインが押され、複製禁止の魔法の封印がかけられていた。
コレが決定打となり、スエズは今までの悪事を徹底的に調べ上げられる事になった。
自分だけでも助かりたいと思っている奴隷商人はペラペラと全部話したようだ。
この事により、スエズ以下……国内で奴隷を使った商売をしていた貴族達は全員が国王軍に逮捕されることになった。
だが、ナカタは自分だけは助かるように前もって下準備していたのだろう。
むしろアイツはダイワ王に率先して協力し、奴隷商人の密売ルートを全て暴き、一網打尽にした功績を称賛されたくらいだ。
この抜け目なさ、ナカタの奴はもしダイワ王がクーデターで追放された場合は奴隷売買推進派の貴族の協力者として、反対の場合は国王に奴隷売買ルートを差し出す事でどちらに転んでも自身には傷がつかないようにしていたのだろう。
だが、オレはしっかり見た。
ナカタの奴、オレを一瞥した後、ものすごい目つきでオレを睨んできた。
今回の奴隷貿易を目茶苦茶にしたのがオレだと気が付いているのだろうな。
その後、スエズは屋敷の中から見つかった毒薬の購入ルートから父親のカラクーム子爵を毒殺した事や、パナマに本来渡るはずだったカラクーム子爵からの援助を全部横取りしていた証拠の書類まで見つかり、完全に後継者として失格の烙印を押されていた。
当然ながらスエズは廃嫡、彼の祖母の実家であるドルトムント家も母の実家であるミッテルラント家も奴隷貿易に関わっていた主要人物達だとして、全員が拘束される事になった。
なお、スエズの愛人だった平民のニカラグアは直接関与したワケではないが、詐欺の片棒を担いだとして修道院送りにされたらしい、まあ仕方ない結末と言えるだろうな。
敵ながらあっぱれというしかないが、ナカタの提供した奴隷売買ルートの詳細が分かる資料が無ければ、貴族連中はあの手この手で他者に責任を押し付けて逃げる事に成功していただろう。
今回の問題の解決には、元悪役令嬢と呼ばれた男爵家の令嬢も尽力していたそうだが、現場仕事しかしていないオレには関係のない世界の話だから上の決めた事まではよくわからないな……。
これらの大騒動はパーティーの参加者の半分近くが逮捕されるというとんでもない結末となったらしい。
これでも国の運営が回るって事は、逮捕された貴族達は利権をむさぼるだけで実際の行政や施政にはほとんど何の役にも立っていなかったどころか、むしろ足を引っ張っていたともいえるのだろう。
後日、オレ達はパナマさんと一緒にダイワ王の元に呼び出される事になった。
逮捕されたスエズは、最初は父親を毒殺した事や書類を偽造して後継者の地位を手に入れた事、そして愛人のニカラグアを使いパナマの所有する土地を奪い取ろうとした事を認めようとしなかったが、母親の実家であるミッテルラント家、祖母の実家であるドルトムント家の一族郎党が逮捕された事を聞き、最後には折れて全部の悪事を吐く事になった。
この事を聞かされたパナマさんは少し顔を曇らせたが、その後毅然とした態度でダイワ王により子爵の地位を拝命する事になった。
パナマさんはスエズの作った大型水路のある土地も統治する事となり、カラクーム子爵の領地の全てを任される事になった。
まあ、国外に対しての船の行き来は水の魔王ベクデルが巨大な渦潮を作ってしまったのでスエズの作った水路からは船を外海に出せなくなってしまったが、渦潮のある場所までの国内ならあの水路は便利に使う事が出来そうだ。
そして、閘門式水路は国防の際にとても便利だという事がわかり、ここは国王軍の一大部隊が駐屯する事になった。
これで人手不足も国費で解消できそうな感じだな。
オレは今回の件でパナマさんを助け、更に王国の国防の問題や流通の問題も同時に解決したとして、ダイワ王に大きく評価された。
一方のナカタは内部に入り込んで奴隷貿易の貴族を摘発する手助けをしたとして、今回の一件はお咎め無しになったようだ。
アイツ、マジで政商として生き残る能力だけはピカイチだな。
そしてその後ナカタはダイワ王の指示で、国内に大型の競技場を作る仕事を手に入れたようだ。
どうやらコロッセオやスタジアムのような物を作り、対外的に国威を発揚する方法としてオリンピックのようなモノをダイワ王に教えたのだろう。
これは少し困った事になったな、ここでナカタに競技場サイズの一大事業を完成されたら……オレとの勝負に大きく差が開いてしまう。
さて、オレはどうすればナカタに勝てるのだろうか……。