授業をズル休みした日の午後。私は、ジゼルから1日の成果などの報告を受け、今後の作戦についての指示を行った。
「さて、今日一日どんなカンジだったかしら?」
ジゼルは、ソファに腰かけた私の前に、お茶とクッキーの皿を置きながら、
「楽しかったです」
「あら、意外ね。まあ、感想は最後に聞くとして、まずはウワサを流したことによる周囲の反応や耳に入ったことなんかを聞きたいわ」
「失礼いたしました。新入りの使用人である私に対する反応ですが、元々使用人の出入りが激しかったせいか、ほとんど気にされることはありませんでしたね」
「ふむふむ。そういうもんなのね。やっぱ仕事がキツいのかしら……」
「その点については何とも。ただご当家は有名なお家柄のせいか、ウワサ話への食いつきがとても良かったように思います」
「なるほどなるほど。さっきも聞いたけど、ミーアが使用人たちに嫌われているって話は、こちらにとって有利ね」
「どのように、でございますか?」
「ふふふ。まず、主人の醜聞は格好のネタってことよ。自分はこんなひどい目に遭った、とか、あんな無茶をしていた、とか、内部の人間にとっては話に尾ひれをつけやすいのよ」
ジゼルはふんふん、と頷いている。
「こちらの目的は、ミーアの完全なる排除。その前段階として、部外者立ち入り禁止の学園に憲兵を突入させる大義名分が欲しいわけ。
で、そのためにレオン殿下と貴方にミーアの犯罪に関する情報を学園中にバラ撒いてもらったわ。
さすがに学園も無視できないくらいの大事に発展させたのち、満を持して憲兵にミーアを逮捕してもらう――って流れに持っていきたいの」
「筋書きどおりに運ぶといいですね、お嬢様」
「ええ。今日は本当に助かったわ。あとは、ミーアの背後にいる敵の様子を伺いつつ、機が熟すのを待つだけ。途中でミーアが逃げ出さないよう注意しながら、ね」
「あのお嬢様が逃げ出して、どうにかなるとは思えませんが……」
「誰かが助けてくれなければね。もし仮に、そういう人物が現れたら、それはそれで儲けものよ。裏でミーアの糸を引いている連中を一網打尽に出来るから」
「なるほど……。ヴィクトリア様は、本当に思慮が深いですね」
「そんなことないわ。まあ、自分と婚約者の命が掛かっているから真剣にやってはいるけれど。実際、まだフローラやクラリッサ、第二王子派の連中の動きもまともに捉えることすら出来てないから前途多難だわ……」
「王子争奪戦とお家騒動の両方に巻き込まれている、というわけですね。それは大変すぎますよ、お嬢様」
「理解が早くて助かるわ。そうなのよ、だから貴女のような信用できる人材が欲しいわけ。これからも手伝ってくれるわよね」
「信用……、勿体ないお言葉です。もちろん、今後もお嬢様をお手伝い致します」
「ありがとう。じゃあ、下がっていいわ。晩ご飯が出来たら教えてね」
「かしこまりました」
一礼するとジゼルは使用人室へと去っていった。
人払いを済ませた私は、今日得られた情報を脳内や紙の上で整理する。
「ふう~。もうちょっとパンチが効いた情報が欲しいわねえ……」
現状では学園側が動くには、まだ燃料が足りていない。
使用人の間でのウワサ話だけじゃ、いくらセンセーショナルであっても学園は無視するはずだわ。
――あとはレオン君の状況次第かしら。
陽が暮れはじめるころ、ジゼルがやってきた。
「お嬢様、お食事の用意が出来ました」
「わかったわ」
私は一緒に使用人室に入ると、私のために用意してくれた席に腰かけた。
学園側が使用人の調度品として用意したダイニングテーブルは、質素な木製で作業台も兼ねているのか大振りで使い込まれていた。
その質実剛健そうなテーブルに、私の席にだけランチョンマットが置かれたり、椅子にカバーが掛けられたり、普段は絶対使用しなさそうなテーブルセンターが敷かれて、その上には庭で詰んできたと思しき花が活けてあった。
わざわざ飾りつける必要なんかないのに、ちょっと申し訳ない気持ちになる。
「お嬢様、お飲み物はいかが致しましょうか?」とシモーネ。
「別にお水でいいわよ。こちらが無理を言ってお邪魔してるのだから、気遣いは無用よ」
「ですが……」
そこにジゼルが割って入って、
「いいじゃないですか、お嬢様。主人と食事を供に出来るなんて栄誉、滅多にないことなのだから好きにさせてやりましょうよ。ほら、食堂からジュースを頂いてきてるんですよ。ぶどうとオレンジ、どちらがよろしいですか?」
「うん……そうね。じゃあ、ぶどうの方で。貴女たちも飲んでちょうだい。私だけじゃ飲み干せないでしょうから」
シモーネはジゼルと一瞬顔を見合わせると、私に微笑んで言った。
「はい! 頂きます!」
というわけで、私にしては若干質素な、そして彼女たちにとってはそれなりに豪華な晩餐が始まった。
食堂の厨房で三人分のパンとジュースとデザートを取り寄せたほかは、全てシモーネが作ってくれたのだそう。
ジゼル曰く、ずいぶん張り切っていたのだとか。ますます申し訳ないやら、嬉しいやら。シモーネへの愛しさが沸いてきちゃうなんて、私も単純な女になったものね。
おいしい食事に舌鼓を打ちつつ、思いついたことを二人に尋ねてみた。
「このままレオンと結婚して、私が王宮に入ったら、二人とも連れていきたいけど構わない?」
「もちろんです、お嬢様」とジゼル。
シモーネはちょっと躊躇しつつ、はいと答えた。
少し気になった私は、少し突っ込んだ質問をしてみることに。
「シモーネのご家族はどちらに? うちのお屋敷で働いて……はいなかったわよね」
「はい。お屋敷ちかくの町で食堂を営んでいます。私もいずれは店を継いで……と考えていたのですが、お嬢様がお望みでしたら、お城にお供いたします」
そっか……。ご両親の後を継いで食堂をやりたかったのね。
それじゃあ無理に連れていくのはマズいかしら。
「貴女のお料理がおいしいのは、ご両親に教わっていたからなのかしら?」
シモーネは料理を褒められて驚いて、頬を赤らめた。
「それが……、実家では皿洗いばかりで調理を両親から習ったことはございません。お嬢様のお屋敷にご奉公するようになってから、調理を教わりました」
「ウチのコックって、あんがい教育熱心だったのね。知らなかったわ」
ジゼルも同感だったらしく、
「確かにメイドに料理を教えるコックって珍しいですね、お嬢様。普通ならプライドもありますから、なるべく料理の出来る使用人を増やしたいとは思わないですし」
「うふふ。いい人材を雇用していたのね、ウチってば。それならもっと活用すべきだったわね。町営の料理学校を開いたり、とかね。いい人材が沢山育って巣立っていけば、領地の発展にも寄与すること間違いなしよ」
「料理学校! すごいアイデアですね、お嬢様!」
ジゼルが手を叩いて嬉しそうに言う。
「お嬢様、すごい発想ですね……そんな学校があったら、行ってみたいな……」
ちょっとしんみりしながらシモーネが言う。
なんでしんみりなのよ、も~。
実家を継ぐの、もう諦めてるの?
やはりNPC……ってことかしら。自我が弱すぎるのも甲斐がないわねえ。
私の悪い癖、意志が弱い奴を見ると鍛え直したくなる。
そう作られてしまったのなら、鍛えてもダメかしら。
でも、それでも。
「あら~、いいじゃないシモーネ! 料理学校はすぐには実現しないとは思うけど……そうね、もしもメニューのレパートリーを増やしたいと思ったら、この学園のキッチンで働くのがお勧めね。とんでもない数のメニューが出てくるから」
目をキラキラさせるシモーネ。
でも、そんな希望は叶いはしないだろうって諦めも、その顔に浮かぶ。
揺れるNPC、その心、まだ動かせるチャンスはあるわ!
「もしも学園のキッチンで働いてみたいと思うなら、手配するわよ。特に献立を教えて欲しいって。今はジゼルもいるし、週に1、2回バイトするのもいいかもね。お掃除なんか2、3日に一回でいいんだし、私の世話なんて、そこまでがんばらなくてもいいのよ。やってみない?」
シモーネの表情が徐々に明るくなっていく。
ジゼルも彼女を後押しするかのように、笑顔で頷いてくれた。
ジゼルは知っていた。
目の前の令嬢が、不可能を可能にする人物であることを。
自分たちの思い込みを粉砕し、望む未来を手に入れようと進んでいく強さを持っていることを。
シモーネは、意を決したように言った。
「ぜひ! お願いします、お嬢様! 私、もっと料理のこと勉強したいです!」
「わかったわ。あなたの望み、叶えてあげる!」
「良かったわね、シモーネ。私も力になるから、シェフからたくさん技を盗んで、美味しい料理をご馳走してちょうだいね!」
「ありがとうございます、お嬢様! ありがとう、ジゼルさん!」
うふふ。
また一人のNPCを救ってしまったわね。
こんなことしてる場合じゃないんだけど、ま、いいわよね。
場合によっては国母になるかもしれないんだし、国民の幸福を考える練習みたいなものだから。