目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第58話 お預け王子の夜這い

トントン――


夕食後しばらくして、部屋のドアを叩く音がする。

この時間にやってくる人物といえば。


「僕だよ、ヴィクトリア。開けて」

「はーい」


ドアを開けると、想像どおり。レオン君が立っていた。

のだけど。

なんか苦虫を潰したような顔をしてる。

私はちらと廊下の様子を伺うと、


「殿下、ようこそお越し……」


皆まで言うのも待てないのか、レオン君はまるで強盗のように私を部屋の中に押し込むと、後ろ手にドアを閉め鍵をかけた。

そして、待ちかねたとばかりに熱い抱擁&キスの猛攻に遭う私。


分かっちゃいたけど、ちょっと待って待って待って。

ドア一枚外は廊下なのよ?

私はレオン君の背中を毎度のごとく、バンバンとしばき倒す。


「ま、って、ちょ、奥に」

「あ、ごごご、ごめん……遥香さん」

「いいから落ち着いて。私は逃げないから」

「はあい……」


私は、しょんぼり顔のレオン君の手を引いて、奥のソファまで連行。

レオン君はというと、バフンと腰を下ろすなり、向かい側に座ろうとする私の手をぐいっと引っ張って、倒れ込む私を自分の隣に座らせた。


「ちょ……っと、危ないじゃない」

「だってぇ」


横並びで業務報告を受けたくないのだけど……。

困った子ね。


「レオンくん~? 隣に座るのはいいけど、ちゃんとお仕事できる?」

「……お仕事?」

「何のために来たのよ」

「遥香さんに会いに」


「ちがーう!」

ソファの座面をバフン! と叩く私。


「ひぃっ」

「今日の報告でしょ! 遊ぶのはその後! わかった?」

「はいぃ……ごめんなさい」


あ~も~、この子ったら。

やっぱりダメね。

絶対になし崩し的にイチャコラ始めちゃうんだから。


というわけで私は向かいのソファに座り直した。

ややむくれて口を尖らせてるレオン君。

マンガみたいに両手のひとさし指と親指をくっつけて、ぐにぐにと開いたり閉じたりしている。


絵に描いたようないじけスタイルね。でも。

あ~、美少年のムスっと顔なんてズルいわよね。

可愛いに決まってるじゃないのよ、もう。


「じゃあ、報告聞かせて?」

「むう……」

「ね? 翔くん」

「ちぇ。ズルいや、遥香さん。えっと……」


少々ご機嫌を取りつつ、レオン君からの報告を聞く。

やや要領を得ないところは、こちらから質問をしつつ情報を整理していく。

彼の健闘のおかげで、かなり状況は出来上がってきてるみたい。

この調子なら、数日で機が熟すわね。


「それでね、アルト君のことなんだけど……」


報告が終わったあと、レオン君が急にアルト君の話を切り出した。


「彼がどうかしたの?」

「うーん……。これは僕の思い過ごしかもしれないけれど……」


ほう……。これは。成長の兆し?


「聞かせて。大丈夫だから」


ワクワク。ワクワク。


「……彼のこと、僕にはやっぱり、NPCには思えないんだ」


キター! キマシタワ!

レオン君、実績解除よおおお!


「貴方もそう感じるのね」

「うん。もしも僕らみたいに別の世界から来たのだとしたら……僕らと一緒に戦ってくれたりしないかな、って……」


確かに、期待はしてしまうわよね。

でも現状でさえ十分に協力してくれているのだから、今はまだ、あえて危険を冒してまでメタ的な話を振るべきではないのでは……。


「彼は彼なりに使命をもってこの世界に来ているのでしょうね。

それが何なのかは分からないわ。

いずれはカマをかけてみるのも悪くないけれど、今はその時ではないって思うの」


「そう、だね。遥香さんがそう言うのなら、もうちょっと時間を置いてみる」

「ええ」

「じゃあ、この話はもう終わりだね」

「うん……?」


レオン君はすっと立ち上がると、私の隣に座って私を押し倒した。


「もういいでしょ……お仕事終わったよ……」

「ん、そうね。終わった、わね」

「欲しい……」


彼は、待ちかねたとばかりに、私の唇を貪りはじめた。


ミントの香りがするのは、私に対するエチケットってことなんでしょうね。

だけど、それはそれで準備万端やる気マンマンにも思えて一瞬引いたけど、すぐに胸の中で嬉しさと愛しさがほんのり湧いてくる。


まあ、向こうは源泉かけ流し状態でドバドバなんだろうけども。

あ~同じテンションで恋に溺れたい。この温度差、なかなかつらい。


狭くはないけど広いとも言えない豪華なソファーの上で、もそもそともつれ合っていると、彼の腰の剣が私の足に絡んでちょっと痛かったから、彼のすねを軽く蹴飛ばしてやったわ。

そしたら、彼は慌ててベルトを外して剣ごと床に放り投げたの。


「やっぱり扱い慣れてないものをぶら下げておくもんじゃないわね」

「ホントだね。ごめん……遥香さん」

「いいのよ」


腰が楽になったせいか、今度は上着を脱ぎ棄てて体を密着させてくるレオン君。

すごく、熱い。ただでさえ高い体温が、もっと熱くなってる。


「遥香さん……好き」

「ん……んん……私も……」


今晩くらい、彼の熱にあてられてみてもいいわよね。

いまは、そんな気分。


もっと溶かして。

レオン君。


私も少しは変わったのかな。



     ◇



翌朝、まだ薄暗いうちにレオン君は自室へと戻っていった。


今日は通常どおり授業に出ることになってるから、色々と準備しないといけないのよね。メイドたちを起こさないよう、静かに身支度やら教科書やらの準備を始めると、物音に気付いたのかジゼルがドアをノックした。返事をすると使用人室のドアを開けてこちらに入ってきた。


「起こしちゃったかしら、ごめんなさいね」

「いいえお嬢様、お支度をお手伝い致します」

「大丈夫よ。ドレスじゃないんだから着替えくらい出来るわよ」


実際、現世で作られたと思しき学園の制服は、コスプレ映えしそうなゲーム的デザインのため、現代の素材がないと再現が難しい。

そのぶんファスナーやスナップなどが使われていて、見た目よりは脱ぎ着は楽だった。こういうものの調達も動画職人さんがやっているのかと思うと、実にご苦労なっことである。


「なかなか仕事を下さらないお方ですねえ」

ジゼルが呆れ顔で言う。


「私は楽をしたい人間じゃないのよ。煩わしいことや効率の悪いことが嫌いなだけ。だから気にしなくていいのよ」


「わがまま放題も困りますが、お世話をさせて下さらないのもどうかと思いますよ、お嬢様」


もともとミーアの使用人だった彼女からすれば、私は相当に手間のかからない主人であることに疑いはない。

だいたい何でもかんでもお世話されないと生きていけないなんて、生物としてどうかと思うわよ。貴族って異常だわ。


「まあ、適度にお世話されてあげるわよ。じゃあシモーネが起きちゃうから戻って」

「かしこまりました」


どうにかジゼルを部屋から追い出すと、私は朝のスーパー思考タイムを開始した。

した、んだけど……。

んー、今日の脳みそはちょっとサボってるのかしら。

レオン君がお泊りしたせいで、回転が低下しているわ。困ったものね。



私は少し早めに部屋を出ると、寮の食堂に向かった。

せめてカフェインでも摂取して頭を目覚めさせなくちゃって思ってね。


中に入ると既に数人の生徒がいて、飲み物を片手に自習をしている。

朝活ってやつかしら。

配膳カウンターを見ると、数種類の飲み物がセルフサービスで置かれていた。

きっと普段から早起きさんがやってくるから事前に用意しているのね。


私が濃い目のカフェインをキメていると、目の前に見知った女子生徒が現れた。


「ずいぶんと早いわね、動画職人さん」

「おはようございます。ヴィクトリアさん」

「今日は何の用かしら。サムネなら後にして。こんな疲れた顔を撮影されたくないわ~」


彼女はくすくす笑うと、

「確かにお疲れの御様子ですね。今日は撮影じゃないですよ。ただの差し入れです」


「差し入れ?」

「こちらご活用頂ければと思いまして」


そう言うと彼女は、テーブルの上へ、やたら重そうに紙袋を置いた。


「何やら沢山入ってるのかしら?」

「エナドリです。学食のコーヒーでは効き目が薄いのでは、と思いまして」

「も~、わかってるじゃない。助かるわ」


「ミーア編もいよいよ佳境ですし、盛り上がってますから頑張ってくださいね。応援しています」


「これ、ミーア編なのね。なんだかメタい話だけど、まあ確かにそうね。じゃあ、有難く頂くわ。それから、もうちょっとヒントが欲しいって神に言っといて」


「確かに煮詰まってらっしゃいますもんね。分かりました。盛り上がった方がいいでしょうし、ちょっと交渉してきます」


しゅたッ、と敬礼をすると動画職人さんは、すうっと消えていった。

まるで幽霊みたいね。


どんな形でテコ入れされるのか想像つかないけど、期待しちゃうからね。

頼むわよ、動画職人さん。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?