目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第59話 仕込みは上々

<ねえ、いまどこにいるの? 遥香さん>


他の生徒に交じって食堂で朝活をしていると、レオン君から通信が。

あらら、部屋までお迎えに来てくれたのね。そういえば考え事に夢中で、起きる頃に連絡するの忘れてたわ。


「ごめん、いま食堂。ちょっとコーヒー飲みたくなって……ごめんなさい」

<わかった。そっち行く>

「あ、悪いけどジゼルを食堂の前まで連れて来てくれる? 荷物を運んでもらいたいのよ」

<? わかった。一緒に行くね>


動画職人さんからもらったエナドリを教室に持ち込むわけにはいかない。

そもそも、カラフルにプリントされたアルミ缶なんて、この世界ではオーバーテクノロジーだわ。うっかりぶちまけて衆目に晒したら大変なことになってしまう。


私は慌てて食器を片付けると、学生カバンと重い紙袋を下げて、食堂前で彼らを待ち受けた。

なんかこれってはたから見たら意味深なかんじだけど、モーニングには早めの時間だし、まだ生徒も少なめだからいいわよね。


というわけで、レオン君に連れられてきたジゼルは死ぬほど居心地悪そうな顔で私の前に現れた。


「御用でしょうか、お嬢様」

「ごめんジゼル、ちょっと荷物が出来ちゃったから部屋に運んでおいてくれない?」


私は紙袋を持ち上げて見せた。


「かしこまりました、お嬢様。ですが、生徒さんのいるエリアを使用人が出歩くのは推奨されていないので、なるべく避けて頂ければ……」

「わかってるって。じゃあ、よろしくね」

「はい。失礼します、お嬢様」


立ち去るジゼルに手を振るレオン君。

ちょっと、王子様がすることじゃないわよ。


「おはようございます殿下、昨夜はよく眠れましたか?」


「それ僕に聞く?」

そう言いつつ、肘で私を小突く彼。


私は小声で、

「こんなの、外向きのロールプレイに決まってるじゃない。

いちいち気にされても困るわよ」


彼も小声で、ごめん、と返す。


「じゃあ、中に入ろうかヴィクトリア」

「ええ、殿下」


それからレオン君は私の荷物を奪って、わざとらしく肩を抱きながら食堂に歩きだした。これは彼なりの王子様ロールプレイなんでしょうね。本当の王子様がどんなのかよくわからないけど。


いつも私たちがたむろしてる席で朝食の提供が始まるのを待っていると、程なくアルト君とユノス君が首を揃えてやってきた。


「ようご両人、おはよう」

「おはようございます。殿下、ヴィクトリアさん」


二人とも変わりはないようね。

元気なさそうな顔してるけど、ユノス君はこれが平常運転。

体育会系のアルト君は、体力有り余ってるって様子だわ。


それにしても、アルト君の昭和ノリ兄貴の設定、一体誰が考えたのかしら。ゲームではもうちょっと侍っぽいキャラ付けだったんだけど。

脇役だから修正されたのかしら。

それとも、やっぱりNPCじゃないのが理由……? って今考えることじゃないわね。


「ん? 何か俺の顔についてるのかい? お嬢」


私の視線にすぐ気が付いた。3秒くらいしか見てないのに。

この洞察力、やっぱり只者とは思えない……。


「いいえ。ちょっと寝ぐせが気になっただけ。でも気のせいだったわ」

「そっか、ありがとな」


と言って、髪を手櫛でがしゃっとするアルト君。

こういう仕草にキュンとする女子、きっといるわよね。私はしないけど。


「あ、そろそろ始まるよ」

ユノス君が配膳カウンターを指差して立ち上がった。


つられて私たちも立ち上がる。

食堂内をぐるっと見渡すと、寮に住む生徒の三分の一くらいがグループを作って席を取っている状況だった。


さて……。

仕込みの具合はどうかしら?


私とレオン君の姿を見て、ヒソヒソ話を始める生徒は――。


おお、半数を超えてるわね。

女子だけじゃなく、男子もいるわ。

いい具合に拡散してるわね。

よしよし。


仕込みは上々。

次のステージは……いつごろ始まるかしらね。



     ◇



朝食後、私たちはぞろぞろと自分たちの教室に向かう。

途中、そこここでウワサ話をしている生徒たちを見掛けた。


当事者が雁首揃えて行進してたら、そりゃあ話に花も咲きましょうよ。

その調子でもっと炎上させてちょうだいな。


内心ウキウキしてる私とは逆に、ビクビクしているレオン君。

どちらかというと沈痛な面持ちでいてくれた方がいいのだけど、まあ仕方ないわよね。彼はただの大学生ゲーマーだったのだし。


周囲の反応に不思議そうな顔をしてるのはユノス君。

他に友達もいないから、ウワサのことはよく知らないみたい。


アルト君はというと、食堂で見せたリラックスした様子は消え失せて、ビンビンの警戒モードで腰の剣にさりげなく手をかけているわ。

不届き者が飛び出して来ようものなら一刀両断してしまうでしょうね。


とはいえ、一見して分かるほどの殺気を出してるわけじゃないけどね。そこはプロってことかしら。まあ、何のプロかわかんないけど。



さて……。

ミーアを裏で操っている犯人は、こちらに接触してくるのかしら。それとも彼女を切り捨てるのかしら。確率でいえば、ミーアを切り捨てる方が高いでしょうね。


当のミーアはこの調子じゃあ自室から出歩くこともままならないはず。

手引きをする人物でもいなければ、学園から逃げ出すのも難しいと思うわ。


仮に逃げ出したところで敷地の外側はさりげなく護衛騎士たちが巡回しているから、まず見つかってしまうでしょう。


そんなリスクを冒して彼女の逃亡を手引きする人なんていないでしょうから、まあ逃亡の心配はなさそうだけども……。



私たちが教室に入ると、ざわついていた生徒たちが一瞬静かになったけど、またすぐにザワザワとおしゃべりを再開していた。普段のザワザワと違うのは、皆一様にちらちらとこっちを見てるってところ。


ウワサはほぼ、まんべんなく拡散してるようね。

よしよし。


あとは、あんまり元気そうな顔をしないように気をつけなくちゃ。

だって私は殺人未遂の被害者なのだから。



     ◇



大した動きもないまま、ランチタイムを迎えた私たち。

多少警戒しつつ学生食堂に向かったの。

この間のように上から物を落とされないよう、屋根のある場所を選んで歩いていったわ。まあ、気を付けるに越したことはないわよね。


途中、他のクラスや学年の生徒たちの注目を集めたのだけど、なかなかのものね。これが渦中の人ってやつなのかしら。


こうして衆目の中をウロウロすれば、イヤでも皆さんの話題になるわけで、そうなればウワサもどんどん拡散するというものよね。


未だ慣れないのか、レオン君は心労がちょっと蓄積してる様子。まあこんなの慣れてる方がおかしいわよね。芸能人や政治家でもあるまいし。


……って、考えてみれば王子様って芸能人と政治家を足して割ったような存在だったわね。ちょっと気の毒になってきたわ。

そろそろ『あちら』も動いてくれるといいのだけど。じゃないとレオン君のメンタルが限界になっちゃいそうだわ。



     ◇



午後の授業も何事もなく終わり、私たちはそれそれの部屋に戻った。

レオン君は私の部屋に来たがったけれど、『あちら』や『そちら』が釣れた際に困るから自室で待機してねって説き伏せた。


彼のメンタルヘルスを考えると、膝の上でなでなでしてあげたいところだけど、今日のところはしばし我慢してもらうことに。

もう少しの辛抱よ、レオン君。



二度ほどお茶のお代わりをもらった頃、私の部屋に学園長がやってきた。

私は彼を招き入れ、応接セットのソファを勧めた。


「それで、何か御用でしょうか。寄付のお話でしたら直接実家にお願いしたいのですが……」


まあお金の無心に来たんじゃないのは百も承知よ。

でも、わざとらしく、すっとぼける私。

これで相手の様子を伺う。

すると、怒るでもなく慌てるでもなく、彼はしずかに頭を振った。


「その件ではありません。今日の用向きは、学園内で噂になっている妹さんの話です」


「ああ~……。そのお話しですか。何を、聞きたいんです?」

私はわざともったいぶった話し方で、引き続き相手の出方を見た。


「本当、なのでしょうか」

「何がですか?」


彼はいちいちとぼける私に苛立ちを見せるでもなく、淡々と話した。


「貴女が暗殺未遂に遭った。その犯人が妹のミーアさんだ、というお話について」


「ええ、事実です」

「証拠はありますか?」


そう来たか。

よし、次の手を打つわ。


「ええ。ご用意致しますので、そのままでお待ちください」

私は使用人室に入って、次の仕込みを始めた。


学園長はここでしばらく足止めしなくちゃ。

私はシモーネに、ちょっと豪華なお菓子を用意するようお願いすると、再びソファに戻った。


「お待たせして申し訳ございません。ただいま準備をさせておりますので、しばらくお茶をお楽しみになって下さいな」


「そういうことでしたら……。ですが、なるべく早くお願いしますよ」


「そう長くはかかりませんわ。いま、うちのメイドの手作りスイーツが出てきますから、ぜひ召し上がって。料理がとても上手で、すごく美味しいんですよ」


美味しいスイーツと聞いて、彼の目の色が変わった。

もしかしたら甘党なのかもしれない。

とりあえず、おやつで時間稼ぎが出来るならOKだわ。


二人でシモーネのスイーツに舌鼓を打っていると、部屋に訪問者が現れた。ジゼルが対応し、彼らを私のところに招き入れた。


「こちらが証拠よ、学園長」

「こ、これは……」


感情の起伏が乏しい学園長が、急に慌てだした。

きっと予想外の展開だったのでしょう。やっぱり、NPCよね。

確かに驚くのは無理もないけれど、証拠を要求したのは学園側だからね。


「お待たせ致しました。学園長」

軽く会釈をしたのは、正装をしたレオン君。その後ろには数名の護衛騎士たちが立っていた。


「これは一体……」うろたえる学園長。


「こちらが私がご用意した証拠です。そちら様がご納得出来るものを提示するため、特別に来て頂いたのです。問題ありませんね?」


そう。本来、ここにいてはいけない人物がいるの。

レオン殿下の護衛騎士たち。


だけど彼らこそ、その発言に責任と信ぴょう性を持った存在だから証拠足り得るってわけよ。それは学園長だって否定は出来ない。


「殿下、お願いします」

私がレオン君に声を掛けると、彼はうなづいた。


「では、私の護衛騎士の方からご説明を致しましょう。頼む」

レオン君は隊長さんに話を振った。


「では私の方からご説明申し上げます」

隊長さんは、私の実家で捜査を行い、実行犯を逮捕した事と、その自白により主犯を特定している旨を学園長に語った。

学園長は真っ青になったけど、隊長さんの言うことに口を挟むことなく最後まで聞いていた。


結局、学園側はミーアの件に一切干渉しない、とだけ言って帰っていったわ。

面倒に巻き込まれたくないのがミエミエ。先だっての教師による第三王子殺人未遂事件もあって、いろいろ及び腰になってるんでしょう。


とにかく言質は取ったから、明日はイベント開始ね!

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?