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第60話 妹の断罪

翌朝。

いよいよ決行の時が来たわ。


<これから出発するよ、遥香さん>

「了解よ。気を付けて」

<後で落ち合おう>


早朝から護衛騎士詰所で待機していたレオン君が、出撃を告げた。

彼は護衛騎士たちと一緒に寮へと入っていく。

今は登校時間だから、物々しい一団の登場に騒然となっているはずだわ。


「私たちも行きましょう」

「ええ、お嬢様」


私とジゼルも寮の裏口へと移動した。



     ◇



寮内を移動中、通信用のイヤリングからは、レオン君と隊長さんたちとの会話が時折聞こえてくる。どうやら道案内をしてるみたいね。


<……ここです>


ああ、到着したのね……。

いよいよか。


ドンドンとけたたましくドアを叩く音、それから、隊長さんの野太い声が聞こえる。何度か叩いたあと、しばらくしてドアを蹴破る音が聞こえた。


無視したらこうなるって分かり切ってるのに……。


それから女の悲鳴と物を激しく落っことしたような音。そして誰かが暴れてる。男性の怒号……そして、半狂乱の女の声。


最後まで見苦しいわね、ミーア。


<いま隊長がミーアを確保したよ。紐で腕をぐるぐる巻きにされてる>

「了解。こちらも所定の場所に到着したわ」

<オーケー……>


レオン君もこの騒ぎを実況中継する気にはなれなかったみたいね。

最低限の連絡だけが耳に届く。その最中もミーアはわめき散らしてる。


そんな調子で廊下を連行されていたら、みんなに見られてしまうわよね。

そう、みんなに。犯罪者として。



しばらくして、バタンバタンとドアが開閉する音がして、わめき声が聞こえなくなった。まもなくレオン君が、


<彼女、いま護送用の馬車に乗せられた。僕もそっちに行くね>

「了解。待ってるわ」


なるほど、護送車に放り込まれたのね。


これで作戦の大半は終わったも同然だけど、やっぱり敵は動かなかったようね。

噂が広まった時点で切り捨てられるのは決定していたのでしょう、きっと。

アルト君が何か掴んでいればいいけど、望み薄ね……。



寮の裏口から学園の裏門へと移動すると、王家の馬車が待っていた。

べつに豪華な馬車じゃなくてもいいのだけど、あくまで演出装置。


「まさかこれに乗るんですか、お嬢様」ジゼルがビビってる。

「そのまさかよ。これからウチの親を黙らせるんだから、このくらいやらないと」

「あ、殿下がお見えです」


レオン君が手を振りながら、こっちに走ってきた。

目立つから正装でそれはやめて欲しいんだけど……。


「お待たせ、遥香さん。それからジゼルも」

「お疲れ様、レオン君。じゃあ行きましょうか」

「うん」


私たちが乗り込むと、馬車は静かに発進した。

さすが王家の馬車だけあるわね。乗り心地が普通の馬車とは段違いだわ。

って、そんなこと今はどうでも良かったわね。


馬車が大通りに出る手前で停止した。

何かを待っているのかしら。

まもなく、前後を騎馬に挟まれた無骨な馬車が前を通過していった。おそらくあれが護送車ね。


「ミーアだ」とレオン君。

「女の子ひとり乗せるのに随分なのを用意したものね」

「まったくだ……」


暴れるミーアを目の当たりにしてか、やや憔悴している彼。

よわよわメンタルの彼には、ちょっと刺激が強かったみたいだわ。


「大丈夫? うちの実家で一仕事あるけど」

「うん。頑張るよ……」


彼にはまだやるべきことが残ってる。ここで潰れてもらっては困るわ。


「ジゼル、あなたもね。あなたの彼氏も一緒よ」

「心得ております」


最後の一戦まで、あと数時間。

レオン君がもつかしら。心配だわ。



     ◇



いよいよ実家に到着した私たちを出迎えたのはセバスチャンだった。

心なしか沈痛な面持ちに見えるけど、まあ仕方ないわよね。


まずはじめに、隊長さんともう一人がミーアを馬車から降ろして屋敷に入っていく。続いてレオン君を先頭に、私とジゼルも屋敷に入る。


ギャーギャーわめいているミーアをド突きながら、隊長さんが大広間に入ると、息を切らした両親が待ち構えていた。きっと慌てて部屋まで来たのね。


父は縄で縛られたミーアを見て、

「これは一体どういうことなのですか!? 娘が何を!」

「それは後ほどご説明いたします」と隊長さん。


それから間をあけずに馬番もやってきたわ。彼もセバスチャンに呼ばれたのでしょう。部屋にジゼルがいたので、ちょっと驚いていたわ。


皆が揃ったところで、隊長さんが口を開いた。

「ベルフォート卿、急なことで申し訳ないが、ご令嬢の件でお伝えせねばならないことがあり、参上いたした」


「む、むむ、娘の縄を解いてもらおうか!」

若干及び腰になりつつも、隊長さんに怒鳴りつける父。

なんというか……もうね。かっこわるい。


「父上ぇぇええ、どうにかしてよおおおお!」とミーアのシャウト。

泣こうがわめこうが、どうにかならなくってよ。


「それは出来ぬ相談だ」

前に進み出たレオン君が鋭く言い放つ。

ここからは彼の舞台よ!


「レ、レオン殿下……何故でございますか」

後ろから出て来た王子様に困惑する父。やっぱり王族には弱いわね。


「その者、ミーア嬢は私の婚約者を暗殺しようとした疑いがある」

「まさか……そんなはず、実の姉を殺す妹などおりましょうや」

「そのまさかが発生したんですよ。証人をこれへ」


他の騎士さんが、ジゼルと馬番をレオン君の脇に連れて来た。


「この二名は、ミーア嬢の命令でヴィクトリアの落馬事故を仕組んだ実行犯だ。既に自白済で、馬を暴れさせた証拠も押さえてある」


「やってないわ! 嘘よ! そいつら嘘ついてる!」

「黙りなさい、ミーア嬢。全て分かっているんだ。もう観念したまえ」


母がショックのあまり、気絶してしまった。

慌てて抱きとめる父。

なんなのこの図は。うちの家庭崩壊してるじゃない。

まあ親子になったの最近だからどうでもいいけど。


「ベルフォート卿、何か言いたいことはないか」


ぶっちゃけこの状況で何を言えというのか、って気にはなるけどね。

一応聞いておかないといけないらしいわ。


「せ、せめて……お慈悲を……」

それだけ言うのが精いっぱいの父。ゴネられても困るから、まあいいわ。


「我が妻となる人の家名を汚すことは、私も望んではいない。

よって、私の一存でミーア嬢を国外追放とする。

異存はないか、ベルフォート卿……」


にぎった拳を震わせながら、沙汰を出すレオン君。

まさに苦渋の決断。

迫真の演技ね。


「御意……」

「パパ――!!」


父はレオン君のお沙汰を受け入れると、その場に崩れ落ちた。

それと同時に、絶望したミーアの絶叫が大広間に響く。


「連れて、いきなさい……」

それだけ言うとレオン君は、口を押さえて大広間から出ていってしまった。



     ◇



私は、外へ連行されるミーアを見届けるため、騎士さんたちの後にくっついて屋敷を出た。そこにはレオン君はいなかったから、気分が悪くてトイレにでも行ったのかもしれない。


再び護送車に乗せられると分かって、大暴れしてるミーア。

本当に、往生際が悪いったらないわね。


騎士の一人が私に話しかけてきた。


「これからミーア嬢には国境を越えて辺境へと向かって頂きます。我々は国境まで護送し、先方に引き渡してから戻ります」

「先方って?」

「ベルフォート卿の縁故の方と聞いております」

「そう。ご苦労様です」


「お任せ下さい」

と言って彼は自分の馬へと歩いていった。


「バイバイ、ミーア。もう会うこともないでしょう」

私はなんとなく、彼女に声をかけてみた。

本当に気まぐれで、なのだけど。


「クソ! 殺す! いつか殺してやる! 殺してやるうううううう!」


あ~あ、これはもう、一ミリも同情心が沸かないわ。

清々しいほど後腐れがないわね。


さっさとどこへでも行けばいい。

愚かな妹、ミーア。

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