目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第61話 二人の夜

ミーアを乗せた馬車が屋敷を出たあと、居残った隊長さんにレオン君の行方を尋ねてみたけど分からなかった。


なので、セバスに探してもらったら、どうやら私の部屋に逃げ込んでいたみたい。

きっとあの小娘の狂ったような殺意に当てられて耐えられなかったんでしょう。


私は静かにドアを開けて、中の様子を伺った。


「レオン君……私よ。大丈夫?」


私のベッドにうつ伏せで倒れ込んでるレオン君。

彼はそのまま、無言でうなずいた。


私は彼の横に寝転がって、しばらくの間、黙って彼の髪を撫でて、落ち着くのを待った。


10分なのか、それとも一時間なのか、どのくらい経ったか分からない頃、彼がぼそりと呟いた。


「自分が人を裁くなんて……恐ろしい」


王族になったばかりの彼に、他人の人生を終わらせる覚悟なんて、持てという方が無理だったのかもしれないわね。


いずれはそんな非情さを備えるべき時は訪れるのだろうけど、それは今じゃないのでしょう。


「貴方は正しいことをしたのよ、レオン君」


彼は突っ伏したままで頷いた。


掛布団を掴む手の甲が、強く握りしめたせいで白くなっている。

そっと彼の手を撫でると、力がすっと抜けて、彼の手の甲に血色がもどっていった。


「一人に、して」と呟くレオン君。

「わかったわ」


私は、静かに部屋を出た。


部屋の外に出ると、廊下の壁に背中を預けた隊長さんがいた。きっとセバスにレオン君の居場所を聞いて、心配してやって来たのだろう。


「少し寝かせてあげて。疲れてるみたいだから」

「分かった。少しお嬢さんに話があるんだが」


隊長さんは親指で廊下の向こうを指差し、場所を変えよう、とジェスチャーした。

私は無言でうなずくと、歩き出した隊長さんの後に付いていった。



     ◇



中庭の東屋まで来ると、隊長さんは私に椅子を勧め、自分も腰かけた。


「今から話すことは他言無用です。無論、殿下にも。

よろしいですな、ヴィクトリア嬢。いや、ヴィクトリア妃殿下」


「私はまだ……。でも、そのつもりで聞けということね」

「御意」

「分かったわ。聞かせてもらいましょうか」


隊長さんは周囲を伺うと、一段低い声で話し始めた。

それほどに用心しないといけない内容ってことか……。


「妹君のミーア嬢は、隣国にある母方の遠縁の家に送り出されましたが、国境を越えてから消息不明となりました」


「まって、まだ家を出てからそんなに経って……あ」


私はすぐに理解した。

これは決定事項なのだと。


つまり、


『妹君のミーア嬢は、隣国にある母方の遠縁の家に送り出され(る体で出発し)ましたが、国境を越えてから消息不明(を装って暗殺されること)となりました』


って筋書きなわけね。


だから彼女は親戚の家には到着出来ない。

当然だけど、王子や王子妃に危害を加えることも不可能。

そのように内内に『処理』されたと。


王子・王子妃に害を及ぼす可能性が少しでもあるのなら、その芽を摘み取るのも護りし者の使命――。

そういうわけね。


「何故、私にだけ?」


私が全てを察したと理解した隊長さんは、ゆっくり、大きくうなずいた。


「我々が汚れ仕事をしている事を殿下のお耳に入れたくないのです。しかし、貴女なら、清濁併せ呑むことの出来る御仁だと理解しております故」


「確かに、あんな優しい方の耳に入れるべきことじゃあないわね。いまだって己の権力を恐れて、震えて眠ってしまった……」


隊長さんは、わずかに表情をゆがめ、

「なればこそ、我々が殿下の憂いを払わねば。

お強い妃殿下なれば、今後もレオン殿下をお支え下さると確信しております」


私は、テーブルの上で指を組んだ、隊長さんの分厚い皮グローブの上に自分の手を重ねた。

「ええ、正しい判断ね。感謝するわ。一緒に彼を護っていきましょうね」


彼はそっと私の手を外すと、私の前の跪いた。

「御意。わが命に代えてもお守り致します。ヴィクトリア妃殿下、貴女も含めて」


第三王子の父親代わりのこの人が、そばで見守ってくれている。

それは、孤軍奮闘を続ける私たちにとって、どれほど心強いものか。


王子に忠誠を誓う護衛騎士たちは、恐らく私たちの最後の剣になるのでしょう。

出来れば一人も欠けることなく、共に歩んでいきたいものだわ。



     ◇



日も落ちて、リビングでくつろいでいると、セバスが夕食の準備が出来たと伝えにきた。いまだレオン君は私の部屋でふて寝中だろう。


「殿下をお呼び致しましょうか」気遣わし気にセバスが言う。

「いいえ、私が呼んでくるわ」

「かしこまりました」



厄介者を始末できたというのに、私の気分はあまり晴れはしなかった。

別に私はいいんだけど、レオン君があの様子で。

ああ、復活に時間かかりそうね……。



ノックはせずに、静かに自室に入る。

レオン君、多分寝てるだろうから、と思って。


でも、もう起きてるみたい。

ベッド脇のランプに灯りが灯っているから。


薄暗い部屋の中をベッドへと歩いていくと、レオン君が声をかけてきた。


「遥香さん? ごめん、寝ちゃった。もう、夜だね」


彼はベッドの上で体育座りをして、こっちを見ている。

もう、なんて格好なのかしら……。

とりあえず口をきけるくらいには回復したようだけど、相変わらず元気はなさそう。


「ええ。晩ごはん出来たわよ。――食べられそう?」

「ん……。ここで食べてもいい?」

「いいわよ。お部屋で一緒に食べましょう」

「ごめん……」


それだけ言うと、レオン君は体育座りの膝に顔をうずめて防御態勢になった。

ああ、見ていられないわね。こんなに落ち込んじゃうなんて。

確かに隊長さんが心配するのも無理ないわ。



廊下に顔を出してセバスに夕食を運んでもらうよう伝えると、間もなくワゴンで運んできてくれた。ルームサービスみたいね。


レオン君もいじけてる姿を見られたくはないだろうから、ワゴンだけ受け取ってセバスはすぐに追い返した。


「ごはん来たわよ。お皿並べるの手伝ってちょうだい」

「……はあい」


もそもそとベッドから降りてくるレオン君。

用事をいいつけて体を動かしてやれば気分もつられて上向きになるというもの。


「おいしそうなお肉ね! 暖かいうちに食べましょう」

「そだね……うん。おいしそう。学園の食事より豪華だね。量もすごいや」


ワゴンからテーブルに並べていくと、いくつもいくつもお皿が出て来て、一体何人分なのよ? って思ったわね。

まあ、ブルジョワなら残してもいいのだろうけど、私たちの大和魂がそれを許さない。これは覚悟が必要な量、だわ。


「そ、そりゃそうよ、貴族の御令嬢にお出しするディナーですもの、ショボかったら調理場が血の海になるわよ?」

「さすがにヒドイなそれは」

「うふふ」

「「いただきまーす」」


最初は食べきれないほどの量だと思っていた夕食も、食べ始めてみれば、案外食べられるものなのね。なんだかんだで胃の腑に収まってしまったわ。

ん~~、これって若さゆえかしら?


あんなに落ち込んでいたレオン君も、お肉のパワーですっかり持ち直したみたい。やっぱり肉よね、肉! タンパク質は正義だわ。


苦しいながらもなんとか完食した私たちは、廊下で待機していたセバスに食後のお茶とデザートを頼んだ。……のはいいけど、さすがに入るかしら? 心配だったので軽めにしてもらった。


食器を下げようとしたセバスが、すでにワゴンの上に綺麗に並んだ空の食器を見て、一瞬ぎょっとしたのを私は見逃さなかった。


「全部食べると思わなかった?」


「ええ……。お二人とも健啖でいらっしゃる。シェフも喜びましょう。それと、食器を下げるのは我々の務め、お嬢様がなさるような事ではございませんので今後はそのような――」


「寮ではみんな自分の使った食器は自分で片付けているのよ。なんでもかんでも使用人にやらせていては、人間がダメになるわ。たまにはやらせてちょうだい」


「くうう……、なんというお言葉。ここまで成長されたのですね、お嬢様。セバスは嬉しゅうございます……」


食器片づけたくらいで泣かれてはこっちが困るんだけど。

というわけで、セバスは泣きながらワゴンを押して廊下の向こうに去っていった。


二人してパンパンのおなかを抱えてまったりしていると、メイドがやってきた。


「デザートが到着したようね。がんばって食べないと!」

「そこ、がんばるとこなんだ」


メイドがワゴンを押して部屋に入ってくると、スイーツの甘い香りが漂ってくる。


「やっぱり別腹……かしらね」

「別腹なんだ……」


メイドはデザートのお皿を並べ、お茶を淹れると、お辞儀をして退室するかと思いきや、


「おめでとうございます!」

いきなりエプロンのポケットからクラッカーを取り出して、パンッと鳴らした。


「「あー! 動画職人さん!」」

「お疲れ様です! 早速サムネの撮影をさせてもらいますね~」


驚いている私たちを、いろんな角度からデジカメで撮りまくる彼女。

そのうちポーズまで要求してくるのだから、もうなんだかなあってカンジ。

でもレオン君の気も紛れて丁度よかったかもしれないわね。


「見事に敵を退けたお二人に、神からのご褒美と、ファンの方からのプレゼントをお持ちしました!」


動画職人さんは、ワゴンの下の段から、プレゼントの箱やら紙袋やらいろいろ取り出し、テーブルの上に並べはじめた。


「なんだか沢山あるわねえ……」

「これ全部プレゼントなの?」


動画職人さんは、箱をひとつ手に取って、私に渡した。

「こちらが神からのご褒美です。お二人にひとつづつありますので、まあ開けてみてください」


私は箱にかけられたリボンをほどきながら、

「ふむ……この包装紙、見覚えあるわね。神はいつもこれ使ってるのかしら」


「そうですねえ、業務用ギフトショップでまとめ買いしてましたから、けっこう在庫ありますよ。当分はこの柄の包装紙ですねえ」


ああ、普通にお店で買うのね。

浅草橋あたりで買ってるのかしら。


カパっとフタを開けると、シンプルな指輪が二本。

リングは銀色で、小さいオパールのような石がはめ込まれている。


「ペアリングかしら。何か効果あるのよね?」

「もちろんです。一応、箱の中に取説は入っていますが、読まなくても分かりますよ。ためしに着けてみてください」

「んー。こうかしら」


動画職人さんは、私を凝視しはじめた。


「あ、あれ? え……これって、え?」

むずむずするような、不思議な感覚が急に沸いてきた。


「ちゃんと正常に動作していますね。そちらは、『強い視線を感知できる指輪』です。見られていることだけでなく、視線の方向を知覚できるのです。」


「おお、なんかすごいわね」

「誤作動を防ぐため、チラ見くらいでは反応しないようになっています。3秒くらいガン見されると、感じられるようになります」

「僕もはめてみよーっと」


レオン君も小箱から指輪を引っこ抜いて、自分の指にはめた。


「じゃあ僕も見てよー」

「オッケー」

「了解です」


「「じいいいい……」」


「うひゃあ! き、きもちわるい! なんだこれえ、きも!」


生理的に無理だったのか、レオン君は秒で指輪を外してしまったわ。

しょうがないわねえ。


「あとは普通の差し入れとかファンからの贈り物なので、デザートを食べながらゆっくり開けてくださいな。じゃあ忙しいので帰ります。あ、そうそう、ヴィクトリアさんの要望は上に伝えておきましたので。では!」


「ありがとう、動画職人さん」

「ありがと~職人さん」


お礼を言い終わるのを待たず、彼女はすぅっと消えて去っていった。

相変わらず忙しい人ね。


それから私たちは、プレゼント開封の儀を執り行い、そのうち満腹で寝てしまった。


食べてすぐ寝るのは体によろしくないのだけど、幸せな気分のまま一日を終えられるのであれば、たまにはいいわよね。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?