「いくよグイ…!」
「うん…」
痛い目に遭わせてやったのに…特に姉はこっぴどくフルボッコにしたのに…、闇深姉弟はやる気満々…。めげないねェ…凄いねェ…。
神を崇拝する盲目共は…痛みとか死の恐怖とか無いんだろうねェ…。神に背かず従えば…誰でも天国に行けるらしいもんな宗教って…。都合いいね…。
コイツ等の理論なら私は確実に地獄行きだし、それならこれ以上何したって変わんねェよな、よっしゃもっとボコしたろ。 ※犯罪者の思考、一応善人。
向こうがやる気満々だし、わざわざこっちから攻めてやる必要はない。待ってりゃ来るべ、実力不足な姉の方から。
そして案の定走ってきた姉が。やっぱ前衛は姉なんだ…絶対弟君の方が向いてるのに…、ってか弱いんだから全部弟君に任せりゃいいのに…。
まあいいや、とりあえずパパっと姉片付けちゃお。弟君は中々強者だし、ここで余計に体力を消費すんのは嫌だ。
姉の戦法は依然変わらず、
一旦
言っちゃ悪いが弱いなコイツ…、仮にも異教の刺客だってのに。アクアス達からの手紙でニキが負傷したと書いてあったから…かなり警戒してたが拍子抜けだ。
めげずに突き出してくる
何だか申し訳なく思えてしまうほどボロボロ…、実力の差は歴然…。なのに全く目が死なない…恐るべき執念…。
そしてこんだけ姉をボコしても真顔なままの弟…、もう怖いよこの姉弟…。何があったらこうなるの両名…、ちょっと対話したくなってきた…。
「なあ…オマエ等何で異教なんかに入信してんだ…? ってかよく考えたらオマエ等に命狙われる理由分かんねェんだけど…説明してくれよお姉ちゃん」
「狙う理由は言ったでしょ…! オマエ達が神に背いて魔物を討って回ってるからよ…! それ以外ない…! そして入信理由はオマエには関係ない…!」
「それが分からねェってんだよ…、神は魔物討伐の何がお気に召さないってんだ…? あんなの野放しにしてりゃ…何百何千っつう人が死ぬぞ…? いやそれだけに収まらねェ…、動物も魔獣も…この大陸全土が支配されちまう…」
「──そうだよ…それでいいんだよ…! 人も動物も魔獣も…この大地すらも…! 魔獣は関係なしに踏み荒らす…! それこそ平等…! 人という矮小で愚鈍な生物には到底為す事のできない真の平等…! ──私達が…欲したもの…」
物凄く尖った思考だな…流石は異教…。しかもなんか想像以上に拗れてんなぁ…、ラン…なんとか教の信徒は全員こんな奴等なわけ…?
正直気持ちは分からなくもねェけどな…、私も自分の置かれた状況に…不平等だと嘆いたことはあったし…。
コイツ等も色々あって…その末に異教へと辿り着いた口だろう…。──だが…。
私は片膝を付いて苦しむ姉へと歩みを寄せる。姉は苦しいのを我慢して立ち上がるが、その足取りはふらふら。
更に近付くと、姉は苦し紛れに右手の
より食い込むように叩き込んだ拳によって、ボロボロの姉はついに気を失った。
「気持ちは分かるが…やっぱ理解はできねェな…。神だの平等だの戯言吐いて…そんなんだから弱ェんだよオマエは…。──さて、お次は弟君の番だ…! 今度は君の声を聞かせてくれると嬉しいんだけど…」
「…っ!」
「まずは戦り合おうってか…? それとも姉をやられて怒ったか…? まあいいぜ…! 徹底的に遊んでやっから…! その後ゆっくりお喋りしような弟君…!」
無表情は崩さぬまま、弟君は
私も同様に
こっちに合わせて弟君も動き出し、また遠心力を用いた投擲攻撃を仕掛けてきた。さっきは回避に徹する他無かったが、今度はひと味違う。
鎌の軌道を正確に見極め、
弟君は弾いた鎌を素早く手繰り寄せると、その勢いのまま体を右に回して、裏拳を放つかのように逆側から鎌を飛ばしてきた。
だが当然これも弾き飛ばす、何度やっても同じことだ。それを向こうも察してか、手繰り寄せた鎌を
再び近接戦闘の流れ…。リーチはこっちが上だが…、向こうは鎌が2つに…それを繋ぐ鎖も十分危険…。手数勝負は旨みがねェ…。
鎌の間合いギリギリからの攻撃を意識しながら立ち回ろう…、強引に間合いを詰めてくる場合も頭に入れながら。
とりあえずいつものやっとこう。ちょうどいい感じの石が落ちてるので、歩幅を合わせて思いっきり蹴飛ばした。
低く飛んだ石は左脛に命中、弟君は少し眉をひそめた。私なりの挨拶終了、こっからは正々堂々何でもありの戦いと洒落こもう…!
「さァいくぜ弟ォ…! 〝
「…っ?!」
回しながら
その顔には明らかに戸惑いが浮かんでいた、
一歩後ろに下がって再度
“ブゥン!”
「おっ…?! ──そういや
素早く上へ攻撃を躱し、そのまま羽音を立てて宙に留まる
宙に留まったまま鎖を回し始めた…、まあ飛んで上に逃げられるんなら…防御貫通してくる奴とわざわざ近接張らねェわな…。懸命な判断だぜ…。
「…っ!」
「おっと危ねェ…! いいぜ…そっちがその気なら…こっちは梃子でも近接に持ち込んでやる…! 打ち落としてやっから楽しみにしとけよ…!」
手の届かない空中から攻撃され続けちゃ…こっちがジリ貧で消耗する一方だ…。どうにか手を考えねェとな…。
とりまシンプルに石ぶつけてみっか。手頃な石を拾い上げ、弟君が安全圏から攻撃を仕掛けてくるその時を待つ。
静かな睨み合い…やがて弟君は右手の鎌を振りかぶった。そのタイミングで私も石を軽く放り、
「…っ!!」
「〝
攻撃のタイミングは同時。鎌が手放されるのと同時に、私は石を打ち飛ばした。そしたらすぐさま膝を曲げ、限界まで仰け反って鎌を回避。
肝心の私が打った石は、左手の鎌で弾き落された。まあ流石に無理か…、クソエナの手下共なら今のでもいけてただろうにな…。
別のプラン考えよ、どうすりゃ落とせるかな…──いやわざわざ落としてやる必要もねェか。
次の攻撃の準備をする弟君に背を向け、走ってその場を離れた。弟君は本気で私を殺すつもりなようで、どこまでもしつこく追って来る。よしよし。
狙いを定められないようジグザグに走り、時に木の裏へ隠れながら走り続ける。
“──キーン…!!”
「ぬぐっ…?! 危ねェ…ガチで油断ならねェなあの
私の進行方向を予測し…その上でわざと鎖を木に引っ掛け…大きく軌道を変えて死角から攻撃してきやがった…。
恐ろしい奴め…、だが私にばかり気を向けてるようじゃ命取りだぜ…!
「 “ゲギャギャギャギャギャ~!!” 」
「…っ!? う˝っ…!」
下ばかり見ていた弟君の頭上から、口付き木の実の群れが一斉に垂れ、容赦なく腕や脚にかじりついた。
パークだったから何ともなかったが、普通な弟君の体には深く牙が突き刺さる。私にも襲い掛かってきたが、今更木の実如きに遅れは取らない。
さて、このまま放置すれば弟君はおしまいなわけだが…そこまで無情じゃないし、手荒に助けて進ぜよ──おっ…?
木の実共を散らして上を見上げると、何やら弟君の様子が妙…。全身を小刻みに揺らし…少しずつ肌と角が赤みがかっていく…。
「…っ!!」
「 “ゲギャギャ…?!!” 」
肌は
意外と脆い蔓だった…? いーや違う…そんなんじゃ捕らえた獲物がすぐに逃げちまう…。ってこたァ…弟君が何かしやがったな…。
考えられうるのは単純な自己強化だが…元々力自慢のカブトムシが自己強化って普通にヤバくねェか…? まさかニキ並みにってことはないよな…?
「──…っ!!」
「いきなりか…!?」
脱出を果たした弟君はすぐさま鎌を投げてきた。全く鎖を回してないのに…さっきよりも攻撃が断然速い…。
紙一重で回避こそできたが…地面にはくっきりと跡が残されていた…。ほーん…こりゃマジでヤバいかもしれねェぜ…。
「…。」
<〝
とりあえず食獣植物作戦はもう通用しそうにねェが…、まさか強化させちまうとはな…。
いずれにせよ逃げる選択肢は無ェ…、こっからはがむしゃら戦法だ…! その場その場の状況に応じて柔軟に対応する…! 以上…!
さっきと打って変わって前進、こっちから距離を詰める。これに向こうがどんな反応を示すかで…こっちの行動も自ずと変わってくるだろう。
「…っ、…!」
弟君は更に上昇した、自己強化しても近接戦はしてくれないわけね…。まあいいさ…そんならこっちも嫌がらせしちゃうもんね…!
弟君がさっき引き千切った木の実を拾い上げ、ポイッと空中に放り、力一杯
「〝
「…っ?!」
内部へ響く衝撃によって木の実は勢いよく破裂。果肉と赤い果汁が、まるで肉片と血液のように弟君へと飛び散った。
このうちに適当な木の後ろに隠れ、拳大の石と小石を拾い上げる。今度は簡単に防がれないよう、攻撃のタイミングを作る。
小石を握りしめ、向こうの木目掛けて投擲。小石は思いっきり樹冠に突っ込み、ガサガサと音が立った。
この短時間で木に登るとか不可能だとは思うが…ピリついたこの状態じゃ過敏に反応しちまうだろう。その隙を突く…!
弟君が音のする方へ体を向けた瞬間に木の後ろから飛び出し、がら空きの背後目掛けて拳大の石を
「〝
「…っ?!」
細かく砕けた石が弟君の背中にぶち当たる。力は強くなったかもしれねェが、硬度まで変わりゃしねェ筈。
その予想は正しく、
ともあれこれは接近戦チャンス…! 私の土俵…! すぐに落下した弟君のもとへ、
「よォ! また会ったな
「…っ!!」
接近戦は避けられないと観念してか、弟君は鎌を握りしめて向かってきた。潔いな…怯えてくれたら嬉しかったのに…。
とりあえずリーチの差を活かし、先行攻撃はこちらが貰う。短期決着を狙って、腹部目掛けて突きを放つ。
残念ながら初撃は左に躱されたが…弟君の無表情は初めて崩れ、その顔には焦りの表情が浮かんだ。
右手の鎌を振るって
更に弟君は不意に前屈みになると…額の角を勢いよく腹部に押し当ててきた…。刺股のような角が腹にめり込み…刺されたような痛みが広がる…。
「…っ!!」
「うお˝…!? ぐへっ…?!」
腹部に角がめり込んだまま弟君は力強く上半身を仰け反らせると、私の体はいとも簡単にぶん投げられ…木に背中を強打した…。
クソ痛ェ…、おんどれェ…本物のカブトムシみたいな攻撃しやがって…。軽く目眩がする…、やっぱ自分に無い部位は警戒心が薄れちまうな…。
背中をさすりながら立ち上がると…弟君は険しい表情のままこっちを見つめている。息は荒く…不思議と背中を打った私より辛そうな様子…。
もしやアイツの自己強化…体への負担デカいのか…? 今にも倒れそうなほど苦しそう…。──ケッケッケッ…! これは好都合だぜェ…!
あの様子じゃもう長く戦ってられねェ筈だ…、速攻でケリつけて楽にしてやっからなァ…! 大人しくしとけよ弟ク~ン…!
だが正面切って素直に殴り合ってもいいが、自己強化状態の弟君相手じゃ…体感勝率7割ってとこか…。ちと勿体ねェけど…
右手で
今にも倒れそうな弟君に向かって前進開始。
不意に小瓶を投げつけられた弟君は、鎌でスパッと両断、中身が上半身にかかる。異常が生じたのはそのすぐ後だった。
「…っ!? うっ…あああああっ…?!」
「おっ、なんだー大きな声出るじゃないか弟君。そうだそうだ、男の子は元気じゃないとモテないぞー?」
腕を…っというより〝木の実に噛まれた箇所〟を押さえて痛みに悶える弟君。それもその筈、あの小瓶の中身は〝
それが特有の〝激痛〟…。過回復状態よりも弱めだが…通常の痛みを凌駕する激痛。その痛みは筋骨隆々な大男でも耐えられないレベルだ。
弟君…っというよりこの姉弟は戦闘経験浅いっぽいし、痛みにも慣れてもないだろうし、堪えきれないのも無理はない。私ですらキツい…。
さてさて、痛みに悶える若者は見てて楽しいものじゃないんで、さっさとケリをつけてあげましょうかね…!
「恨まねェでくれよ…? 悪いお姉さんにちょっかいだしたオマエ等の問題だし、まあお勉強代として有難く受け取れよ…!──〝
「…っ?!」
激痛に悶える弟君の腹部に、より鮮烈な痛みをぶち込んだ。木に衝突し…勢いよく吐血した弟君はうつ伏せに倒れた。
肌と角の色も少しずつ戻っていき、完全に気を失ったみたいだ。ハァ…疲れた…、本当に傍迷惑な姉弟だったぜ…。
本当…色々とやりづらい姉弟だった…、全く…何を抱えてたんだか…。
──第122話 弟君〈終〉