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119. リインカーネイター

 ヌチ・ギは狂気の色が混じったドヤ顔で俺を見下ろす。


「だから、俺がぶち壊してやるのさ」


 彼の声が、するどく響く。


「下らぬ貴族階級支配が隅々までガチガチにし、それに異論も出さないような市民どもでは文明、文化の発達はもはや不可能だ。神話通り、滅ぼしてやる!」


 ヌチ・ギはグッとこぶしを突き上げた。


 その言葉に、俺は不覚ふかくにも圧倒される。ただの狂人だと思っていたが、それなりの根拠があって社会変革を起こそうとしていたとは……。


 農業では果樹の実の付きをよくするため、一旦ばっさり枝を刈ることがある。ヌチ・ギはこれを人間社会でやろうというのだ。確かに戦乱を超えて出た若者が新たな時代を築くこともあるだろう。日本も一度焼け野原になって利権を破壊され、結果大きく成長したのは事実だった。彼の論理の前に、自分の正義が揺らぐのを感じる。


「想像してみろ!」


 ヌチ・ギの声が、陶酔するかのように高まる。


「炎に包まれた街並み、逃げ惑う人々の悲鳴……、そして、灰色の空に舞い上がる黒煙、焦げた肉の匂いが漂う中、戦乙女ヴァルキュリたちの銀鎧が紅蓮の炎に照らされて輝くのだ! ああ、なんと美しい光景だろうか」


 俺は脳裏に浮かぶその光景に、背筋が凍る。


 やはりヌチ・ギは狂人だし、どんな理由があれ、多くの人を虐殺するような行為は正当化などできない。人命はかけがえのない輝きだ。何人たりとも奪ってはならん!


「詭弁だ!!」


 俺は拳を握りしめ、全身の力を込めて叫び、自分を奮い立たせる。


「どんな理由があれ、人を殺していい訳がない! それは……それは単なる虐殺だ!」


 ヌチ・ギの目が、一瞬だけ揺らぐ。だが、すぐにその表情は消え、再び不敵な笑みに戻る。


「バーカ! このままならこの星は消去される。全員消されるよりリセットして再起を図る方がマシだ! お前にはこの星の運命など理解できまい」


「消去されない方法を模索しろよ!」


 俺は最後の力を振り絞って叫ぶ。


「俺がヴィーナ様に提案してやる! きっと、何か解決策があるはずだ! 」


 ヴィーナ様、いや、美奈先輩なら、きっと話を聞いてくれるはずだ。そう、必ずや解決策が見つかるに違いない。その希望に、俺は必死にすがる。


 しかし、ヌチ・ギは大きく息をつくと、ゆっくりと首を横に振る。その仕草には、どこか哀れみのような感情が垣間見える。


「議論など無意味だ。もう計画は動き出しているのだよ」


 ヌチ・ギは俺に向かって静かに手のひらを向けた。その手のひらから、不気味な紫色の光が漏れ始める。その光が、俺の運命を決定づけるかのように、徐々に激しく輝き始めた。


 俺は思わず一歩後ずさりした。足が震え、心臓が耳元で鼓動を刻む。


「や、やめろ! 俺がヴィーナ様と話をつけてやるって言ってんだろ!!」


 声がかすれ、絶望が喉元まで迫る。だが、ヌチ・ギはさらに手のひらを強く輝かせていく。その唇が残虐な笑みへと歪む様は、まるで死神の微笑のようだった。


 「さようなら、愚かな転生者リインカーネイターよ」


 ヌチ・ギの声が、空気を切り裂く。


 「死ね!」


 ヌチ・ギの手のひらから放たれる強烈な閃光が、俺の網膜を焼き付ける。その光は、まるで太陽が爆発したかのような輝きを放って辺りを光で埋め尽くした――――。


 ぐわっ!


 巻き起こる大爆発の轟音が耳を震わせ、全身を揺さぶる。


 身体を貫く激しい振動。これで終わりなのか。もうドロシーともお別れ――――。


 そんな絶望ぜつぼうが心を覆う中、不思議な感覚が全身を包み込む。


 これが死――――。


 いや……?


 あれ? 死んでない……。何か温かいものに守られているような……。その不思議な感覚に、俺は戸惑いを覚えた――――。

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