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129. よき夫婦

 俺はひそひそ声で聞く。


「ドロシーにそんなことできるんですか?」


 しかし、レヴィアの返答は予想外のものだった――――。


「分からん」


 レヴィアは首を振る。その言葉に、俺の心臓がねた。


「わっ、分からんって、そんな……」


「なぁ、お主は自分の妻を愛玩動物ペットかなんかと勘違いしとらんか?」


「え?」


 その言葉の意味がすぐに飲み込めず、俺はキョトンとした。


 レヴィアは続ける。


「あの娘だって学び、考え、成長する人間じゃ。パートナーとして信じてやれ。お主が信頼すればあの娘も安心して力を出せるじゃろう」


 俺はハッとする。確かに俺はドロシーを『守るべきか弱い存在』だとばかり思っていた。しかしそんなペットと主人みたいな関係は、夫婦とは呼べないのではないだろうか?


 ドロシーが俺より優れている所だってたくさんある。お互いが良さを出し合い、助け合うこと。それがチャペルで誓った結婚という物だったのだ。


 その瞬間、俺の中で何かが変わった。ドロシーへの見方が、一人の独立した人間、そして対等なパートナーへと――――。


 しかし、同時にこんな当たり前のことに今まで気づけなかった自分のふがいなさに、キュッと唇を噛んだ。


「くぅぅぅ……。分かりました。二人でうまくやってみます!」


 俺は顔を上げ、グッとこぶしを握った。


戦乙女ヴァルキュリが動き出しました! 剣を右手に持っています。ワープするときは持ち方を変えたりするってことですよね?』


 神殿から伝わってくるドロシーの声が、力強ちからづよく、自信じしんに満ちたものに聞こえてくる。


『おぅ、そうじゃ! そういうところを見ておけ!』


 レヴィアも嬉しそうに応えた。


 俺は目を閉じ、深呼吸をすると、飛行魔法のイメージを思い起こす。レベル65535のとんでもないパワーに振り回されないように、慎重にゆっくりと全身に魔力を巡らせていく――――。


 二人のきずなで世界を救う。まるで物語のクライマックスのような展開に俺はビリビリとしびれた。



          ◇



「じゃ、ユータ、行け! この先の湖じゃぞ」


 レヴィアは指さしながら俺の背中をパンパンと叩いた。


「え? この先って?」


「上空に行けばすぐに見える。台形の形の湖じゃ! 日本では、えーと……諏訪湖すわこ……じゃったかな?」


 レヴィアは首を傾げる。


「諏訪湖!?」


 その懐かしい響きに俺は驚きの声を上げる。日本との繋がりがこんなところに出てくるとは……。


「じゃ、ここは長野なんですね?」


「長野だか長崎だか知らんが、諏訪湖じゃ、分かったな?」


 レヴィアは真紅の瞳をギラリと光らせると、霧のように消えていった。


「あっ!」


 トンネルの中に一人残された俺。決意と不安が入り混じった空気だけが残される――――。


 いよいよ本番なのだ。


 俺は深呼吸をし、決意を新たにする。心臓の鼓動が、全身に響いていた。


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