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130. 凄惨な焦土

『あー、ドロシー、聞こえる?』


 アバドンと交信していたように、ドロシーをイメージしながら言葉を送ってみる――――。


『聞こえるわよ……でも、どうしよう……』


 ドロシーの声に不安が滲む。その声に、俺の心も揺れる。


『大丈夫だって! こういう時には大きく深呼吸だよ』


 俺は優しく語りかける。自分の声に、想像以上の落ち着きがあることに驚く。


『うん……』


 しばらくドロシーのゆったりとした息遣いが伝わってくる――――。


『……。気づいたことを……、ただ教えてくれるだけでいいんだからさ』


『そうね……。頑張ってみる……』


 彼女の声は小さいが、二人で乗り越えていくんだという想いが伝わってくる。


『ドロシーは目がいい。俺よりいい』


 俺はドロシーを励ます。そう、彼女の力が必要なんだ。


『自信もっていいよ!』


『……。本当?』


 ドロシーの声に、少しずつ力が宿り始める。その変化に、俺は密かに喜びを感じる。


『ドロシーはお姉さんだろ? 俺にいい所見せてよ』


 俺は軽い冗談を交えて言う。緊張を和らげようとする、精一杯の工夫だった。


『……。分かった!』


 彼女の声に、新たな決意が感じられた。その声に、俺も勇気づけられ、胸に温かいものが広がる。二人で立ち向かう。その思いが、俺の中で強くなっていく。


『では出撃するよ』


 俺はそっと地上に顔を出す――――。


 眩しい光が目に飛び込んでくる。その先には、未知の戦いが待っているのだ。


 もう後には引けない。ドロシーと共に、この世界を守るために――俺は気合を入れ、地上に立った。



      ◇



 目の前に広がる光景に、俺は息を呑む。かつて命に満ち溢れていたはずの森は、今や凄惨せいさんな焦土と化していた。


 ヌチ・ギの屋敷の建物だけは、不気味なほど無傷で佇んでいるが、鬱蒼うっそうとした緑の海は消え失せ、代わりに灰色の死の風景が広がっている。倒れた木々からはまだブスブスと煙が立ち上り、そのおぼろげな煙は、失われた生命たちのたましいのようだった。


 俺はそのあまりに凄絶な事態に、思わず目をつぶって首を振った。心の中で、怒りと悲しみが渦を巻く。ヌチ・ギは、こののろわれた炎で全てを焼き尽くそうとしている。罪のない人々の生活を、歴史を、思い出を、全てを灰燼に帰そうとしている。その狂気の沙汰に、俺の中の正義感が目覚めざめる。何としても止めないとならない!


 遠くを見ると、戦乙女ヴァルキュリがレヴィアを探している姿が目に入る。その姿は美しくも悲壮ひそうだ。皮鎧に身を包んだその姿は気高く、しかし同時に哀しみに満ちている。囚われ操られる美しき乙女。これからあの娘と相まみえるのかと思うとひどく気が滅入る。その胸の奥には、きっと苦しみや悲しみが隠されているのだろう。彼女もまた、この戦いの犠牲者なのだ。


 しかし、今は逃げるわけにもいかない。この世界を、そしてドロシーを守るために、俺は前に進まなければならない。恐怖と戸惑いを押し殺し、俺は決意を固める。

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