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131. 鮮血の軌跡

『ドロシー?』


 俺は静かに呼びかける。


 その名を呼ぶだけで、不思議と勇気が湧いてくる。


『はいです』


『準備はいい?』


『はい、頑張る!』


 ドロシーの声に、新たな強さが宿っている。その声は、希望の光のように俺の心を照らす。


『一緒に頑張ろう! じゃあ行くよ!』


『頑張って、あなた……』


 俺はうなずき、微笑む。二人なら、きっと乗り越えられる。たとえ困難が立ち塞がろうとも、俺たちの絆がきっと未来を紡ぐはずだ。


 俺は大きく息を吐き出すと、身体の芯に魔力を呼び起こした。すると、体が羽毛のように軽くなり、地面から浮き上がる。


「じゃあ行きますか……。おわぁ!」


 一気に上空へと吹っ飛んでいく俺――――。


 レベル六万の魔力は想像を絶するほどパワフルで、ほんの少し意識を向けただけで簡単に音速を超えてしまう。その力は、まるで宇宙そのものを操るかのような錯覚さえ覚える。


 俺は戸惑とまどいを隠せず、おっかなビックリで空中をあちこちへと吹っ飛びながら、この新たな力に慣れようと必死だった。まるで初めて自転車に乗った子供のように、バランスを取るのに四苦八苦する。


『あなた、逃げてぇ!』


 突如、ドロシーの悲鳴のような叫び声が響く。その声は、俺の背筋に電流を走らせた。


 俺は咄嗟に加速したが、次の瞬間、戦乙女ヴァルキュリの真っ赤に光り輝く巨大な剣が、風切る音とともに俺のすぐ横をかすめていった。その剣先が描く軌跡は、輝く鮮血が飛び散って行くようにすら見えた。


「うぉぁ! ヤバッ!」


 冷や汗が背中を伝う。さっきまでは遠くの存在だった戦乙女ヴァルキュリが、一瞬で間合いに入っている。これはまさに無理ゲーだ。こんな状況で、いったいどうすればいいというのか? 現実離れした状況に、思わず頭を抱えたくなる。


 しかし、泣き言を言っている暇はない。俺は試しにエアスラッシュを戦乙女ヴァルキュリに向けて放ってみる。今までとは比べ物にならないほど強力な風の刃が、ものすごい速度で閃光を放ちながら飛んでいく。その一撃は、大気を切り裂き、轟音を響かせながら標的へと向かう。


 だが、次の瞬間、戦乙女ヴァルキュリの姿が消え、背後から俺を狙って剣を振り下ろしているのだ。その時空を歪めているかのような動きに俺は面食らう。


『逃げてぇ!』


「ひぃっ!」


 またもギリギリでかわす俺。心臓が口から飛び出しそうなほどの恐怖と緊張が全身を駆け巡る。額から流れ落ちる冷や汗が、目に入って視界を曇らせる。


 限界ギリギリの綱渡りだったが、何度かくぐり抜けるうちに少しずつコツがわかってきた。直線的に飛んではダメだ。予測できないようにジグザグに飛び続ける事。これで戦乙女ヴァルキュリの動きを撹乱かくらんし続ければ、そう簡単に間合いまでは居られることはない。


 俺はわずかな希望にすがり、上へ左へ下へと命がけのジグザグ飛行を続けながら諏訪湖を目指した。


 時折来るドロシーのアラートの時には全力で回避。全身の筋肉が悲鳴を上げ、息は荒く、ちぎれかけたシャツがバタバタと風にはためく。それでも、諦めるわけにはいかない。ドロシーのため、この世界のため、そして俺自身のために――――。



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