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132. 夫婦の共同作業

 しばらく回避を続けた時だった。ドロシーが意外なことを言った。


『上に来るわ!』


「え?」


 俺は半信半疑ですかさず上にエアスラッシュを放った。魔力まりょくの刃が虚空をぎ払う――――。


 刹那、戦乙女ヴァルキュリの姿が上方に浮かび上がり、激しい衝撃波を放ちながらまともに被弾した。


 ズン! と重い衝撃音が響き渡る――――。


 完璧なタイミングでの一撃。戦乙女ヴァルキュリは何が起こったのか分からないまま、きりもみしながら落ちて行く。なんと、逃げる一方だった戦術の中で、初めて一矢報いたのだ。


『ウヒョー! やった、やった! なんでわかったの!?』


 歓喜にわく俺に、ドロシーの声が返ってくる。その声には、確固たる自信じしんが宿っていた。


『うふふっ! 下への攻撃態勢になって跳ぼうとしてたのよ。剣をわずかに振りかぶったので分かったわ』


 必死の思いが紡いでいったドロシーの観察眼は、戦いの中で磨かれ、鋭く確かなものになっていたのだ。


『すごい! ドロシー最高!』


 俺は心からの賛辞を送った。


『ふふっ。ありがと!』


 その瞬間、二人の間に流れるきずながより強固なものになる。戦いの中で芽生えた信頼が、新たな可能性を開いていく。


 戦乙女ヴァルキュリは落ちながらも、優美ゆうびな動きで態勢を整え、また、俺を追いかけ始めた。物理攻撃無効とは言え、攻撃を食らったらしばらく安定飛行ができなくなるくらいのダメージは入るようだ。そのすきは、必ずや勝利への糸口となるにちがいない。



        ◇



『くるわよーーーー、右!』


 ドロシーの声が、運命の糸を紡ぐ女神の宣託のように響き渡る。


『ほいきた!』


 俺は瞬時に反応し、右手に魔力を込めた。


 ほとばしる、無数のファイヤーボール――――。


 炎の球はまるで火球のように空をがし、飛んでいく。


 出てくるなりファイヤーボールの嵐を食らった戦乙女ヴァルキュリが、悲鳴を上げながら吹き飛ばされる。


『やったあ!』


 ドロシーの喜びに満ちた声が響く。連続の攻撃成功は、まさに希望の光だった。


『ドロシー、才能あるよ!』


 絶望的な状況をこじ開けるドロシーの執念、集中力に俺は舌を巻いた。


『えへへ……』


 照れくさそうな返事に愛おしさが胸に溢れてくる。


 俺のドロシーは可愛いだけでなく、すごく頼りになる自慢の奥さんだった――――。


 これが本当の『夫婦の共同作業』というものなのだろう。俺は目頭が熱くなった。

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