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133. 畏怖のリング

 前方に大きな湖、諏訪湖が見えてきた。山に挟まれた巨大な湖面が青空を反射し、青く輝いて見える。


 前世では有名な花火大会をここで見たのだ。あの時の湖面で広がる壮大な大輪が今もまぶたに浮かぶ。


 あの時とは違って、今は建物一つない大自然の中の湖だが、それでも懐かしさがこみあげてくる。


 後はこの調子であそこまで行けば勝ちである。レヴィアが何をするつもりなのかはわからないが、きっとどでかい花火を上げてくれるのだろう。


「よし、このまま一気に――――」


 そう言いかけた時だった。


 突如として、世界が闇に呑み込まれる。光が消え、影が世界を支配した――――。


「な、何だこれは!?」


 俺はいきなり視界を奪われ、どっちが上かもわからなくなった。


『何にも見えないわ!? ど、どうしよう!?』


 ドロシーもパニクってしまう。


 つかみかけていた調子が、一瞬にして崩れ去る。希望の光が、闇に飲み込まれていく。


 辺りを見回すと、不気味な光のリングが浮かんで見える――――。


『日蝕だ!』


 月が太陽を覆いつくし、日蝕の荘厳なリングが不気味に輝いていた。それは神秘的で、同時に不吉な予感を呼び起こす。


 俺はその恐ろしいまでの美しさに身震いがした。畏怖いふの念が全身を包み込む。


 ヌチ・ギの仕業に違いない。月の軌道をいじるなんて、とんでもない事をしやがる。ラグナロク開始を世界中に知らせるためだろうが、実に困った。こんな深淵に放り込まれたかのような闇の中では、諏訪湖も戦乙女ヴァルキュリの位置も全く分からない。


 混乱の中、ドロシーの悲鳴が響く。


『ダメッ! 危ない、逃げてぇ!!』


 この暗闇の中で、ドロシーは必死に戦乙女ヴァルキュリの様子を見抜いたのだが、それはワンテンポ遅かった――――。


 俺は急いで方向転換をしようとするが、間に合わない。


 戦乙女ヴァルキュリの真っ赤に輝く巨大な剣が、闇を切り裂くようにキラッと舞う。まるで死神のかまのように――――。


 時が止まったかのような一瞬の静寂せいじゃく


 戦乙女ヴァルキュリの渾身の一撃が俺を貫いた。魂を引き裂くような衝撃――――。


「グォッ!」


 全身に燃え上がるような痛みが走る。息が詰まり、意識が朦朧もうろうとする。世界が歪み、色彩が失われていく。


 飛行魔法が解け、俺の体はきりもみしながら落下していった――――。


 風を切る音がまるで別世界のことのように耳に響く。


『いやーーーー! あなたぁ!!』


 ドロシーの悲痛な叫び声も、遠くなっていく。


 ズン! と地響きを伴う激しい衝撃――――。


 大地に叩きつけられ、俺の意識は闇に沈んでいく。痛みさえ、遠くなっていった。



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