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143. 無邪気な嬌声

 いきなり布の壁がビュンと音を立てて消失した。


「ユータ! 行くぞ!」


 見ると、胸まで届くブロンドの長い髪を無造作に手でふわっと流しながら、全裸の美女が立っていた。


 へ……?


 真紅の瞳には悪戯いたずらな光が宿り、くちびるには意味深な笑みが浮かんでいる。豊満な胸と、優美な曲線を描く肢体に俺は思わず息をのむ。青白い光が、彼女の肌理きめの細かい肌を神々しく照らしていた。


「なんじゃ? 欲情させちゃったかのう? 揉むか?」


 女性はそう言いながら腕を上げ、悩ましいポーズを取る。その仕草には、何千年もの時を生きた者とは思えない茶目ちゃめっ気があふれていた。


「レ、レヴィア様! 服! 服!」


 俺は真っ赤になってそっぽを向きながら言った。耳朶じだまで熱くなるのを感じる。


「くふふふ。ここでは幼児体形とは言わせないのじゃ! キャハッ!」


 うれしそうなレヴィア。その嬌声きょうせいは、まるで少女のような無邪気むじゃきさを帯びている。


「ワザと見せてますよね? 海王星でも服は要ると思うんですが?」


 俺はギュッと目をつぶりながら抗議こうぎの声を上げる。


「我の魅力をちょっと理解してもらおうと思ったのじゃ」


 上機嫌で悪びれずに言うレヴィア。


「いいから着てください!」


「我の人間形態もあと二千年もしたらこうなるのじゃ。楽しみにしておけよ」


 そう言いながらレヴィアは赤い服を選び、身にまとった。鮮烈せんれつな赤が、彼女の金髪きんぱつと美しい対比たいひを描く。服を着ても、そのたたずまいからは神性と魅惑みわくにじみ出ていた。


「まったく……」


 非常時に一体何をやっているのか。俺は溜息ためいきをつきながら首を振った。



       ◇



 六角形の鋼板こうはんが規則正しく並ぶ床を、カンカンと鳴らしながら通路を行く。金属質の音が細い通路に響き渡る。六角形の接合部には青白い照明が埋め込まれ、一歩進むごとに光がまたたき、歩行者の存在を検知しているようだった。足跡を追うように連なる光の軌跡が、二人の歩跡ほせきを刻んでいく。


 通路の壁面は乳白色にゅうはくしょくの合金で覆われ、所々に半透明の青い光を放つディスプレイが組み込まれている。その淡い光が、金属の廊下に幻想的ないろどりを与えていた。


 何らかのメーターのように針が振れ、数字が動いている。気圧か温度のデータだろうか? のぞきこむと、急に画面が変わって俺の顔写真と各種パラメーターがずらっと並び、何らかの赤文字の警告メッセージがまたたいた。未知の文字列が画面をい、俺の存在を解析しているかのようだ。


「え? これは……?」


 俺はいぶかしく思って首をひねる。この見慣れない文字列の意味するところは? 不安が胸中きょうちゅうよぎる。


「何やっとる! 置いていくぞ!」


 レヴィアは足音を響かせながらスタスタと先に行ってしまう。その金属音は規則正しく、この場所に慣れ親しんだ者の余裕を感じさせた。


「あぁ! 待ってください!」


 俺は急いで追いかける。金属の床を踏む音が慌ただしく響き、青白い光が素早く明滅めいめつを繰り返す。


 レヴィアの姿を追いながら、俺は改めてこの空間の異質さを実感していた。



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