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173. 究極の丸投げ

 電話を切ると、レヴィアはふぅ……と大きく息をはいた。その表情には、生殺与奪の権利を握る女神との交渉から解放された安堵の色が浮かんでいた。


「と、言うことで、お主、ヴィーナ様に説明して来い」


 何の相談もない丸投げに、俺は戸惑いを覚える。この世界の命運を左右しかねない重大な使命を、なぜ俺のような人間に託すのか?


「マジですか? なんで俺なんですか?」


「お主、ご学友だと自慢しとったろうが!」


「自慢なんてしてません!」


 俺は口をとがらせ、レヴィアをにらむ。


「そうじゃったか? もう約束しちゃったしのう。残念じゃなぁ」


 レヴィアはそっぽを向いてうそぶく。その仕草には、どこか子どもじみた悪戯いたずらっぽさが感じられた。


 俺は大きくため息をついた。確かに今さら変えられないだろう。


 この星の未来を決める重大な頼み事の重責に気が進まないが、久しぶりにあの先輩に会えるのなら悪くないかと思いなおす。それにこの世界の創造主とダンスサークルの先輩が同じであるという不可思議ふかしぎな構造に秘められた真実を知っておきたいという好奇心も芽生えてきた。


「『蜘蛛退治してくれ』って……、言えばいいですか?」


「バカもん! そのまま言うバカがおるか! 『文明文化発展の手がかりを得たが、その邪魔をする蜘蛛がいるので少し手助けして欲しい』って言うんじゃ!」


 レヴィアは顔を朱に染め怒った。


「なら、ご自分で行ってくださいよ!」


 そんなに怒るなら自分で行くのが筋というものだろう。


「あ、いや、ここはご学友の交渉力に期待じゃ。我が行くとやぶ蛇になりそうじゃからのぉ……」


 レヴィアの声には、珍しくおびえるような響きが混じっていた。美奈先輩の存在が、ドラゴンをここまで畏れさせるとは――――。その事実が、これから待ち受ける運命の重さを物語っているようだった。


 俺は大きく息をついた。


「わかりましたよ……」


「言い方間違うと、この星無くなるからな! 頼んだぞ!」


 レヴィアは申し訳なさそうに俺に手を合わせた。その仕草には、珍しく謙虚な印象が漂う。


「……。全力は尽くします。一応ダンスサークルでは仲良くしてもらってましたから」


「そうか? 悪いな、任せたぞ!」


 レヴィアの表情が一閃いっせんのごとく明るくなる。その安堵の様子があまりにも露骨で、思わず苦笑いを誘う。


 俺は何度かうなずくと、チェアの背もたれにはかなげにもたれかかるドロシーの頬に、そっと手を伸ばした。その肌は、いつもの温もりを失いかけていた。指先に触れる冷たさが、胸を締め付ける。


「ちょっと行ってくるね、待っててね」


「あなた……、気を付けて……」


 ドロシーのうるんだ瞳が俺を見つめる。透徹とうてつする白い肌は、まるで月光げっこうを帯びたように青白い。その姿に、愛しさと切なさが胸の奥で交錯する。


 俺は胸をめ付けられるような痛みと、抑えきれない愛おしさに襲われ、優しく唇を重ねた。命の温もりを確かめるように、祈りを捧げるように。


「ユータ、時間がないぞ。ドロシーはわれが治しておくから、安心せい」


「分かりました……。頼みましたよ」


 俺はうなずき、レヴィアの真紅の瞳をしっかりと見つめた。



         ◇



「では、転送するぞ」


 レヴィアはドアを勢いよく開けると、俺の腕を掴んでログハウスの中へと引っ張っていった。


「おわっ! ちょ、ちょっと……」


「なんじゃ、何もない部屋じゃな……。これで本当に新婚家庭か?」


 レヴィアはガランとした殺風景な室内を見回した。


「これから二人で作っていくんです! で、何すればいいですか?」


 俺は憤懣ふんまんを抑えながら、先を促す。この部屋には、これからドロシーと共に紡いでいく未来が詰まっているのだ。


「あー、では、ベッドに寝るのじゃ。意識飛ばすから」


 引っ張って俺をベッドに座らせたレヴィアは、ふと何かに気付いたように視線を留めた。


「ありゃりゃ、これは愛の名残じゃな。キャハッ!」


 なんと、初夜の痕跡こんせきが、赤い染みとなって白いシーツに残されていた。


「ちょ、ちょっと! み、見ないでください!」


 俺は慌てて毛布でシーツを覆い隠し、頬を朱に染めながら横たわった。恥ずかしさと共に、ドロシーとの一夜の記憶が蘇る。


「恥ずかしがらんでもええ。ちゃんと見ておったから。では頼んだぞ!」


 レヴィアは片手を掲げ、神秘しんぴ的な呪文を紡ぎ始める。その声音には、世界のことわりを操る者の威厳いげんが宿っていた。


「えっ!? 見て……」


 俺が抗議の声を上げようとした瞬間、意識が深淵しんえんへと吸い込まれていく。最後に見たのは、レヴィアの真紅の瞳に浮かぶ悪戯っぽい笑みだった。



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