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とある少女の後悔

第50話:過去の始まり


 コンコンと部屋の扉をノックする音が響く。


「どうぞ~」


 ベッドの上で身体を起こしてから声をかけると、青年期を迎えた可愛い家族がドアの向こうからひょっこり顔を出した。


「突然ごめんなさい。実はついさっき旅人さんと会ったんだけど、泊まるところが無くて困ってるんだって。だから――」

「まあそれは大変ね。是非ともウチに寄っていってもらわないと」


 私が優しく告げると、彼は嬉しそうな顔で「うん!」と頷いてから急いで飛び出していく。

元気なのは良いことです。あの子が困った人を思いやれるのはもっと良い事です。


 私達が暮らすこの村――とりわけ我が家には、昔から困った人を助ける教えが根付いています。なんでもご先祖様がとても困っていた時に見ず知らずの人から助けられた大恩があるのだとか。


 だから私達は困っている人がいたら助けます。昔に受けた恩を直接本人に返せなくとも、それを別の人に繋ぎます。とても素敵なことです。


「……あらいけない。みんなにも伝えておかないといけないわ。旅人のお客様がお腹いっぱい食べれるように、お肉や野菜を用意しないとねって」


 自分自身のお腹がく~~と食べ物を欲しがる音を耳にしながら、今日の予定を立てます。

 どうせなら旅人さんにはこの家に代々伝わる美味しいポトフをうんと召し上がってもらいましょう。うん、それがいい。


 ――そこまで考えたところで、私はあることを思い出しました。

 これまで何度も何度も繰り返し、忘れようとしても忘れられなかった日を。



 大きな感謝と、それ以上に悲しい後悔を味わったあの出来事を――。



◆ ◆ ◆



「あれ?」


 ノルーネがその人を発見したのは、村の近くでした。最初はでっかい布や木の塊が転がってるのかと思ったけど、近づいてマジマジと確認してみたらうつ伏せに倒れている人間だったのです。


「あの! 生きてますか!」


 ひとまず、小さな手でゆさゆさと身体を揺らしてみました。

 その人はフード付の外套を着た若い男の人で、背中には槍を背負っています。

 私が暮らす田舎の森の中にある辺鄙な村でも、稀に戦争から逃げてきた人や敗残兵が行き倒れている時がある。そう大人から聞いたことがありましたが、この人はどちらかと言えば傷ついた兵士というよりも迷子になって疲れ切った旅人といった雰囲気でした。


「生きてたら返事をしてください!」

「う、うーん……」

「よかった生きてますね。こんなところで倒れてたら死んじゃいますよ!」

「…………生憎と、そう簡単には死ねなくてね」


 呻きながら仰向けになった男の人は、倒れていた割には余裕があったようで顔色は悪くありません。

 ノルーネよりは年上に違いないですが、おじさんおばさんと比べると若者のようです。


 ひとまず持っていた水筒を手渡すと、ガブガブ勢いよく飲みつくされました。


「ぷっはぁー、生き返ったあ!」

「それはよかったです。じゃあ、行きましょうか」

「行くって?」

「こんなところで倒れていた人をそのままにしておけないでしょう? あなたのお名前はなんていいますか?」

「キミは……なんというか強引だなぁ」


 感心したように呟いた行き倒れさん。

 彼はこう名乗りました。


「オレはグラッ……いや――〈ダルグ〉、ダルグって呼んでくれ」

「ダルグさん? …………えっ、ダルグですか!? 本当に!?」

「ど、どうした、そんなに変な名前だったかな?」


「だってダルグって、古いおとぎ話に出てくる困った人々を救った英雄の一人ですよ! とても立派で素敵なお名前じゃないですか! え、まさかまさかご本人だったりして!!?」

「待て待て! 古いおとぎ話に出てくる実在するかも分からない英雄がこんな若造ってことはないだろ」

「…………それもそうですね。あーあ、本物だったら良かったのに……ちょっとがっかりです」

「なんというか、すまない……」


 素直に頭を下げる旅人のダルグさん。

 実はこの時の彼が名乗ったのは本当の名前じゃなかったのですが、私は気づきませんでした。


「あ、すみませんそういうつもりじゃないんです。名乗り遅れましたが、私はノルーネです、よろしくお願いします」

「ノルーネちゃんか」

「ちゃんは止めてください。もう立派なレディなんですから!」

「そいつは済まなかった。改めてよろしくな、ノルーネ」


 話を聞いてくれない大人達と違って、ダルグさんは私を子供扱いせずに言い直してくれました。ちょっとだけ……いえ、大分嬉しかったものです。


 だから、ダルグさんが差し出してくれた手をおっかなびっくりではなく堂々と握り返す事ができたのでしょう。

 不思議なもので、彼はこの短い間に『安全な人』としての信頼を得ていたのです。


 ひとつ、付け加えるなら。

 彼の手は私よりもずっと大きくて温かい、優しさを感じる手でした――――。


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