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第51話:ポトフと村人達

◆ ◆ ◆



「いやぁ、でも本当に助かったよ。まさか水と食糧が尽きた上に迷子になるなんて思ってもみなかったからさ。最終的にふて寝するしかなかった!」


 ノルーネの家に着いたあと。獣の唸り声のような腹音を響かせて倒れかけたあなたでしたが、今は有り物で作ったポトフを頬張りながらとっても嬉しそうです。


「ノルーネは料理が上手だな、最高に美味いよ。毎日たくさんのお客さんでにぎわう都市部の料理より上かもしれない」

「むっふぅ~、うちのポトフは世界一ですから!」

「世界一か! なるほど、幾らでも食べたくなるわけだな。お店で出してみたらどうだ?」


 我が家に伝わる秘伝のポトフが美味しいのは当たり前ですが、ここまで褒められれば悪い気はしません。鍋が空っぽになる程しっかり食べてくれたのもグッドです。

 お店をやるというのは……どれだけ美味しくても経営が難しそうですけれど。


「ところで、ダルグさんはどこかに向かうだったんですか?」

「大きな街へ行こうとしてたんだ。フェルタートって知ってるかい?」

「フェルタート? ……アレ? それってこの村から相当遠い街だったような……」


 というより、確か方向が逆でした。


「遠いのか。うーん、まあなんとかなるだろ」

「倒れてた人の割には考え方が前向きですね」

「ノルーネに助けてもらえた幸運があるからな。あまりいないぞ? オレみたいなのを助けてくれる人は」

「困ってる人がいたら助ける。ココはそんな習慣が根付いた皆が協力しあて暮らす村ですし、両親の教えでもありますからね」


 尊敬すべき立派な両親。

 あの人達は村のみんなにも好かれた働き者で、手先が器用でした。父が私のために作ってくれた鳥を象った木彫りのお守りは大事な宝物です。

 母は早くに他界してしまったが、優しくたくましい父との二人暮らしは平穏でした。


「大事なお守りなんだな」

「ふっふー、いいでしょう。お父さんとお揃いなんです」

「……今更かもしれないが、オレなんかを家に入れて大丈夫か? もしノルーネが困るなら早めに出ていくぞ」

「大丈夫です! お母さんは元々いないですし、お父さんもしばらく帰ってこないので。あなたさえ良ければ、身体が回復するまで居てくれていいんですよ!」

「……帰ってこない?」


 私の言葉が引っかかったのか、あなたは首を傾げました。

 きっと、ノルーネが一人で暮らすには若すぎるからと思ったんでしょう。


「お父さんは、その……村の用事でお出かけしていて。その間、ノルーネがお留守番しているんです」

「……そうか、ノルーネは偉いな」


 話しづらい事なのだと雰囲気で感じとったのか。ダルグさんはそれ以上は訊いてきませんでした。

 代わりに手を伸ばして頭を撫でてきたので、ぺちんと手を叩いてやります。レディにするものではないですから!


 ……ちょっとだけ嬉しかったのは内緒です。



「でもでも、ノルーネは寂しくなんてないです。お隣さんもいますし、村のおじさんやおばさんもよく来てくれます! 後で紹介しますよ」

「それならちゃんと挨拶しないとな。親切なノルーネさんに助けてもらった憐れな行き倒れです、ってね」


 声色を変えておどけた感じにあなたが言うのがおかしくて、ノルーネは笑ってしまいました。

 旅人はみんなこんな感じなのでしょうか? ううん、きっとこの人が特別愉快な人だったんでしょう。少なくともその後の人生で同じような人には会えていません。



「でもノルーネの家にお世話になりっぱなしもなぁ。一応訊いてみるけど、この村に宿はあるのか?」

「ないですね!」

「即答だ……」

「だから気にせずいてください。それに……」

「ん?」

「あなたが居てくれた方が、賑やかになってノルーネも嬉しい……です」


 できるだけ口にはしないようにしてるけど、やっぱり一人は寂しい。一人だけの家は心細く、人のぬくもりが感じられなかった。おまけにひどく退屈でもある。


 いけない、もう少しなんだから。お父さんが帰ってくるまでの我慢なんだから、頑張らないと。

 いつも心の中でそう念じていました。


「そこまで言われたら出ていくのは失礼にあたるな」


 ダルグさんはとても優しい表情を浮かべていました。

 大人が子供に向けるソレに、ひどく大人びてるように感じられました。

 まるでお父さんみたい。ううん、もっと年上の人が幼子に見せるような雰囲気でした。


「助けてもらったお礼……はまた別にするとして。ありがたく少しだけお世話になるよ」

「そ、そうですか。それなら仕方ないですね!」

「それから、オレがやれる事があればやろう。宿賃代わりとしてな。家事でも薪割りでも狩りでもなんでもいいぞ」


「すごい! あなたはなんでも出来るんですか?」

「そんなことはない。たとえば料理はノルーネよりできないぞ」


 困った顔をするダルグさんがおかしくて、私はケラケラ笑ってしまいました。

 お父さんが出かけて以来、こんな明るい気持ちは久しぶりだったからとても嬉しかったものです。



◆ ◆ ◆


 翌日になると、ダルグさんはすっかり村人たちと打ち解けていました。子供や若者を中心にあの人の周りに輪が出来ていたのがその証拠です。


「いつのまに……」

「おはよう、ノルーネ」


 昨日行き倒れていたとは思えない程、気持ちの良い笑顔で挨拶されたので同じように挨拶を返します。


「ダルグさんは以前この村に来たことがあるんですか?」

「んー……ないわけじゃないけど、初対面がほとんどだよ」


 その発言が嘘でなければ、来たことがあるらしい。

 でも私が知らないって事は、ずいぶん前の話になります。その若さでおかしい話なので誤魔化されたのかもしれません。


「それなのに、そんな仲良くなれるんです?」

「ああ、それは――」


「なぁなぁダルグの兄ちゃん! 他の旅の話を聞かせてくれよ」

「都市の話も聞きてえなぁ。やっぱり都会はべっぴんさん揃いかい?」


「……とまぁ、こんな感じでな。旅人っていうのは行く先々で色んな人に捕まりやりかったりするのさ」


 なんとなくわかりました。きっと私が知らない間にダルグさんは彼らに面白おかしい話をしてみせたのでしょう。

 昨夜、私自身もいくつかの話を聞かせてもらったからわかります。娯楽の少ない田舎では彼の話はとても楽しい体験なのです。


「わかりました。ダルグさんの正体は、実は旅芸人や吟遊詩人だったんですね!」

「残念ながらコイツは楽器には不向きなんだ」


 彼が背負っている槍の柄をコンコン叩きながらおどけると、周囲の雰囲気がドッと明るくなった。


「ふふっ、でしたら演奏の代わりに後で薪割りをお願いできませんか?」

「恩人にそう言われては断れないな」


「ええー、兄ちゃん行っちゃうのかよー」

「ちょいとあんた、ついでにウチの薪も頼んでいいかい」


 いくつもの声に引きとめられて、困ったなーといった感じのダルグさんどこか悪戯を閃いた子供のような表情を浮かべた。


「それなら話の代わりにひとつ芸でも披露するから、見逃してもらおうかな。誰か、薪にしてもいい木材を持ってきてもらえると助かるんだが」


 すぐに誰かが薪を抱えてきた。

 あなたはその内の大きめな物を軽々持つと、皆から遠ざかっていく。そして無造作に宙に投げ、


「ふっ」


 槍を振った。

 何かを斬るような音は果たして聞こえただろうか。


 ただ事実として、彼の足元に落ちた薪がパカッと割れた。どういうわけか綺麗に八等分で。


「「おおっ!?」」


 これには皆ビックリするしかない。

 こんな芸当は村の誰もできない。

 というか、こんな事って可能なんだ!? というのが正直な感想だったでしょうね。


「薪を割って欲しい人は持ってきてくれたらすぐ終わらせるよ。なんだったら、オレに向かって適当に放り投げてもいい」


 それから面白がった人が何回も木材を放り投げました。

 その度に投げられた物は扱いやすいサイズに一瞬で割られていきます。


「わかった! あなたは大道芸人か、もしくはどこかの戦士様なんでしょう!」

「当たらずとも遠からず、ってとこかな。実はすごいのはオレじゃなくて、この槍なんだよ」

「槍ですか?」

「ああ。この槍を振ると、あら不思議。どんな薪も一振りで見事に割れるんだ。その名も薪割りエクセレントランス――」

「……冗談ですよね?」

「あっはっはっ! そうだな、一振りじゃ八等分にはできないよな」


 何が何だか。もうどこまでが冗談なのかわからなくなりそうでした。

 きっと私が子供だからからかってたのでしょう。


 わざとらしく頬を膨らませてみせると、ごめんごめんと苦笑しながら謝ってきました。


 ノルーネは大人なので、すぐに許しましたよ。

 えっへんと胸を張ってです。


「これはこれは、皆さんお集まりでどうかされたのですか?」


 その丁寧だけどいやらしい声で、一気に場の空気が冷めたのがわかった。

 どこからから現れたのは、黒いローブを纏った禿頭の怪しい神官。

 少し前からこの村を訪れては布教をしていく人でしたが、私はこの人が嫌いでした。


「アレは……」


 柔和な表情で近づいてくる神官と対称的に、ダルグさんの顔つきが厳しいものになったようでした


「……ダルグさん?」


 見間違いかと思って目をこすると、ノルーネの知るダルグさんのままだったので気にしませんでした。

 当時の私は、ダルグさんがあんな怖い顔をするなんて想像もできなかったのです。


「……ギガル神官。また布教にきたのか」

「あんなヤツ村にいれなきゃいいのに……」

「それがどうやってもしつこく来るんだと。村長の知り合いが教徒なもんだから、あまり無下にできないって」


 ひそひそ囁き合う村人の声が届いていてもおかしくないのに、ギガル神官はニコニコしながらノルーネの方へと歩み寄ってきた。

 思わずダルグさんの後ろに隠れると「大丈夫だよ」と、ノルーネの頭にポンと手が置かれる。


「こんにちは皆さん。我らが神のご加護で今日もまた素晴らしい日になりますね」


 趣味の悪い紫色の神官服を纏うギガル神官が挨拶に来ると、村人達は口々に短い挨拶を返していく。無視までする人は少数だけど、みんながみんなあまり嬉しそうではない。


「おやおや、嫌われてしまったものですね。……あなたは? 村人ではなさそうですが」

「ただの旅人ですよ。先日この子に助けてもらいましてね、少しだけ恩返しをしているところです」

「それはそれは、きっと神のお導きですね」

「いえ、行き倒れを見捨てない彼女の優しさのおかげですよ」


 あなたの発言にギガル神官が少しだけ眉を潜ませる。それはわずかな間だったけど、ピリピリしたのがコッチまで伝わってきた。


「……さようですか。ノルーネ、君は立派だね。できれば君みたいな子にこそ、入信してもらいたいものだが――」

「べ~~だ!!」

「返事は変わらないようだね。とても残念だ。けど、気持ちが変わる事があればいつでも教えてくれたまえ」


 そう言い残して去っていくギガル神官が見えなくなると、ちょっと嫌な雰囲気だけが残る。

 せっかくあなたが作った良い空気が台無しだった。


「ノルーネ。あの人は昔からこの村に?」

「ううん、割と最近ですよ」


 何か考える素振りをみせたあなただったけど、入れ替わるように村長さんが来たからすぐに挨拶しに行ってしまった。

 ダルグさんは村長さんと少し話すと、最近の情勢が知りたいからって理由で大人たちと一緒に村長さん家へと向かってしまった。


「遅くとも夕方には戻るから」


 あなたがそう声をかけてくれた後は、その場はそれで解散。


 ノルーネも一旦家路についたのでした。


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