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第52話:邪教

◆ ◆ ◆



 翌日。

 旅支度を整えたダルグさんを見送ることになりました。


「世話になったな」

「いえ、ノルーネも大助かりでしたから」


 お別れが名残惜しくてしょうがありません。

 だって彼がいなくなったら、お父さんが帰ってくるまでまた一人でお留守番です。

 ……少しぐらいならワガママを言ってもいいでしょうか。


「あの、ダルグさん」

「うん?」

「あなたが良ければですけど、お父さんが帰ってくるまで――もう少しだけウチにいませんか? 昨日教えてもらった冒険譚の続きも気になりますし」


「……悪いな。急ぎの用事があるんだ」

「そう、ですか」


 早く引きとめておけばよかったと思いました。

 だってそうすれば、もっと長く一緒に居れたかもしれないから。 

 でも彼はノルーネの肩に手を置きながら、こう言ってくれたのです。


「そしたら、用事が終わったらノルーネに会いに来る。その時はまたあのポトフを味合わせてもらおう」

「本当ですか!?」


 ノルーネの確かめるような言葉に大きな頷きが返ってきます。

 彼によれば用事はそんなに長くはかからないため、村を尋ねるのも不可能ではないとのことでした。


「約束ですよ! また行き倒れたりしたら許さないですからね!」

「そう言われたてしまったら、気軽に行き倒れはできないな」

「そもそも気軽に行き倒れないでください!!」

「わははは! それはそうだ!」


 そんなやり取りをして、あの人は出発しました。

 三日後を楽しみにする私を残して。

 ――その頃にはお父さんも帰ってきて、ダルグさんと会えるでしょう。きっとお父さんも彼を気に入ると思います。


「……お父さん、早く帰ってこないかなぁ」


 けれど、翌日。

 村の近くで薪を拾い集めていた私の下へやってきたのは、


「こんにちはノルーネ。今日は大事なお話があるんだ」


 ギガル神官と黒いローブを纏った一団だったのです。



◆ ◆ ◆


 ノルーネがギガル神官達に囲まれている頃。

 村を出た旅人は、ノルーネの村に近い山の中のにある洞窟の奥にいた。


 洞窟内を照らすのは設置された粗末な松明だけだというのに、祭壇はそれそのものが怪しげな淡紫の光を放ち、周囲の教徒たちに崇められている。

 口々に祈りを捧げる教徒たちは皆同じ黒いローブ姿で、その瞳が爛々と輝いている。

 発せられた気味の悪い祈りはすべて信仰する神へと捧げられていた。

 ただその神は、決して良い神ではなかったのだが……とにかく彼らにとっての不幸は突然降りかかった。


 正確には、彼らのねぐらに足を踏み入れた旅人をよい生贄だと判断(かんちがい)したのが不幸に繋がったといえるだろう。


 教徒達はあっさり殲滅された。

 使役していた怪物(モンスター)を呼び出す暇もなく、事態が飲みこめぬまま一方的に蹂躙されてしまったのだ。


 ほんのわずかな間に、もう祈りは聞こえなくなっている。

 洞窟内にかろうじて響くのは、旅人に首根っこを掴まれたまま持ち上げられている一教徒だけだ。


「最近の信者は、誤魔化しも取り繕いもせず相手を殺せと教わっているのか? その辺の盗賊でももうちっとマシに指導されてるぞ」

「ぎ、ぎざまは……いっだい……なんのづもり……だ」

「こっちの台詞だよ。こんなところで邪教徒が何してるんだ」


 首を掴む腕にギリリと強い力が込められて、教徒が苦しげに呻く。


「当ててやろうか? どうせ信仰してる邪神に生贄を捧げる下準備だろ」

「…………ぐっ」


 教徒の憎々しげな呻き声を、旅人は肯定と受け取った。


「今も昔も、お前らのやることはまったく変わらないな。飽きもせず、よくもまあ悪事ばっかり繰り返して……」


「我らの信仰を侮辱することはゆるさ――」


「だから、何度同じ言葉を繰り返させるんだ。お前らがやってる事はこの世界に滅びしかもたらさない。どんだけヤバイことしてるかが分かってないんだ」


「くっくっく、この世界を救済するためには一度滅ぼさねばならん。それが我らの望み」

「救えないな……お前も人間だろうに」

「人間のような、弱きものなど既に捨てたわ」

「……さらった人はどこにいる?」


 近くの岩壁に向かって教徒を無造作に放り投げながら、槍を構えた旅人は問うた。


「この辺で巣くってんのはお前らだけか?」

「……くっくっく」


 殺されても吐かない。そんな意志が淀んだ瞳から読み取れた。普通ならそれ以上の事はわからない。

 ただ、旅人は“普通”ではない。特に彼らにとってはある種の特別な存在だった。


「どうやらほんとに下っ端らしいな。ちっとも感じ取れないらしい」

「……? 何を言っている?」


「どうでもいいだろ。さあ、洗いざらい話してもらおうか」

「あ、アァ……うぁぁ」


 邪教徒はがっくりとうなだれる。

 そこにはもうわずかな抵抗の意志すらなかった。



◆ ◆ ◆



「さあ、もう少しで目的地だ。ノルーネが賢くて助かったよ。おかげで万が一にでも村人を怪我させるなんて余計な手間を省くことができた」

「…………」


 卑怯者と叫びたいのをぐっとこらえながら、私はギガル神官たちに言われるがままついていく。

 村からはかなり離れてしまっており、大騒ぎになってるでしょうか。すぐに駆けつけてくれる人はいません。


 むしろ……私はホッとしていました。

 誰にも来てほしくありませんでした。

 万が一誰かが来てしまったら、その誰かが危ないからです。


 私には取り囲んでいる黒ローブ達の袖からちらついていたものが見えていました。人間とは程遠い異形の手です。

 きっと化物が人間に化けてるのです。


「ギガル神官は……私をどうするの?」

「そんなに怯えなくて大丈夫だよ。前々から誘っていたとおり教徒になってもらうだけさ。できれば心の底から我らの神を崇めてくれると嬉しいねぇ」


 おかしい、おかしい。

 この人は何を言っているのか?


 脅して連れ去っておきながら、自分達の神を崇めて欲しいって? 本当にどうかしているとしか思えません。


「ノルーネ、キミはお父さんに会いたいかい?」

「え?」

「そのまま大人しくしていれば、すぐにお父さんに会わせてあげよう。お父さんもきっとキミに会いたがっているよ」


 なんでお父さんの話を?  

 それでノルーネが喜ぶとでも思っているのでしょうか。


 ……ううん、もしかして。

 お父さんはこいつらに捕まってるのかもしれない。だから帰ってこなかったのかも。

 考えれば考える程そんな気がしてきて、私の胸にお父さんを助けてあげたい気持ちが沸きあがってきました。


 お父さんがいればきっと二人一緒に逃げ出せる。お父さんは村で一番強いんだから。

 なけなしの勇気で恐怖を抑え込み、私は俯いていた顔を上げて山道を進んでいきました。

 しばらくして、切りたった崖にある薄暗い洞窟の入口が見えてきます。


「さあ、到着だ。一緒に奥まで入ろうね」

「ッッ!」


 ねっとりしたいやらしい声に、鳥肌が立ちました。


 お父さんはこんなところにいるの? 

 捕まって閉じ込められてるのかな?

 早く助けてあげないと。


 心を奮い立たせながら、とてもイヤな感じがする洞窟へと入っていきます。大人が楽々通れる広さがある湿った一本道を進んで行くと、開けた空間に出ました。


「むっ!」


 ギガル神官が何かに気付いたように足を止めます。

 湿った重い空気が漂う広間のような空間には、黒いローブ姿の人が何人も倒れていました。 

一番奥には怪しげな赤い魔法陣の描かれた無駄に立派な祭壇が作られており、その上に座って待ち構えていたのは。


「まったく待ちくたびれたぞ、お前がここのボスか」


 飄々とした態度で欠伸をひとつする、ダルグさんでした。





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