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第53話:狂い狂われ

◆ ◆ ◆


「ダルグさん!?」

「こんにちわ、ノルーネ。わざわざ会いにきてくれたのか?」

「なに馬鹿な冗談を言ってるんですか! はやく逃げてくださ――ムグッ!?」


 危険を伝えようとしたノルーネでしたが、すぐに口を塞がれ取り押さえられてしまいました。


「これはこれは、確か先日村でお会いした旅人さんですね。こんなところで一体何をしているのですか」

「ちょっとした用事があってね。入れ違いにならなくてよかったよ、その子にこれ以上嫌な思いをさせなくて済むからな」


「誤解されているようですが、私たちはノルーネを保護しただけですよ。これから一休みして送り届けようと考えていたのですが。……どうでしょう、あなたもゆっくりしていっては?」


 嘘だ。

 なにもかも嘘だ。


 だって話している間に、ローブを着た怪物たちがあなたを囲んでいるもの。酷い目にあわせるのは目に見えています。


 けれど、ダルグさんはまったく逃げるそぶりも見せない。

 どうして?


 その疑問を抱いた直後。

 周囲の空気が一変しました。


 その中心は、ギガル神官でもなく、周りのモンスターたちでもない。おどけた仕草で村のみんなを和ませていた男の人。


「……ふざけるなよ、大バカ野郎」


 人は、あんなに怒っている顔ができるんだとノルーネは初めて知りました。


「保護じゃなくて拉致したんだろうが。大好きな神様への供物として必要だから。どうせ生命力あふれる子供が大好物なんだろ、てめえらのボケ神様は」

「我が神を愚弄するか!? この愚か者め、万死に値する!」


 ギガル神官の手の動きに合わせて、一番近くにいたモンスターがあなたへと襲い掛かった。もう隠す気もなくローブを千切りながら、丸太のような太い腕で殴りかかっていきます。


 ダルグさんの首が地面を転がる未来を想像してしまい、私はギュッと目を閉じてしまいました。


 すぐに何かが地面をゴロゴロと転がっていく音が聞こえます。

 けれど、


「トロールか。周りにいるのが全部そうだとすると、やっぱりお前がここのトップかな」


 聴こえるはずのないダルグさんの声は、余裕でいっぱいでした。

 そっと瞼をあげると頭部を失ったモンスターの身体がフラフラしながら、ゆっくり崩れ落ちていきます。


 何が起こっているのか理解が追いつきませんでした。

 えっ、ダルグさんがやったの? あの強そうな怪物を倒したの?

 私がが困惑している間に、他のモンスターが一斉にダルグさんへと飛びかかっていきました。


「手間がかからなくて助かるな。変に逃げ出されでもしたら仕留めるのにその分時間がかかってしまう」


 けど、ダルグさんが槍を一振り、あるいは一突きするだけで一人また一人と敵がどんどん倒れていきます。


 トロールはそこらのモンスターより再生力が高いせいで倒しにくく、ちょっとやそっとのダメージでは倒れない。だから倒すためには複数人で一気にダメージを与える等の、再生力を上回る攻撃力が必要なんだ。

 確か私の強いお父さんはそう教えてくれたはずなのに……ダルグさんはそんなの関係ないようです。


 ギガル神官も何が起こっているのか理解できないまま、唖然としていました。


「さあ、これでゆっくり話ができる」 


 ノルーネを取り押さえていたモンスターもいつの間にかいなくなり、残ったのはギガル神官だけでした。


「う、動くんじゃない! コイツがどうなってもいいのかあ!?」

「きゃっ!?」


「……おい、何をしている」

「ハハハハ! いいか、そこから動くなよ! 一歩もだ! 動けばこの小娘の命はないぞ!」

「…………へぇ」


 ギガル神官は気づいていないようでした。

 ダルグさんの声が、どんどん低く冷たくなっていることに。


「まったく散々だよ! こんなド田舎で供物を捧げるだけの簡単な仕事だったはずなのに、わけのわからんヤツに邪魔されてこの有様だ!」


「滅びだ滅亡だと散々好き勝手に動いてるくせに、自分が危うくなったら使えるものはなんでも使う。大昔からいつだってお前らのやることは何ひとつ変わっちゃいない」


「ほざけ! 武器を捨てて、後ろを向け!」


 いけない、このままじゃあの人が危険です。

 ノルーネは暴れながら大声をあげました。


「ダルグさん! ノルーネの事はいいから、コイツを倒して!」

「ノルーネ……」

「だって、あなたがやられちゃったら次はノルーネですよ! 元々生贄にするつもりで連れてきてるんだからッ!」

「うるさいぞ小娘!」

「あう!?」


 強い力で地面に押さえつけられて、息が苦しい……。


「ハッ、親子そろってエフォルトス様に捧げられるのだ。光栄に思うがいい!」

「え……?」


 乱暴に地面へ押しつけられたノルーネの耳に確かに聞こえた。親子そろってって、それって……。


「お父さんがココにいるの……?」

「ああ、“いた”よ。真っ先に我々に対しての行動を起こしたキミのお父さんはね、我々を敵対組織に密告しようとしたのさ。その結果、この山を越える前に捕まったのだがね」


「ど、どこ? お父さんはどこにいるの!」

「もう、いないよ。残念だったねノルーネ、ほらコレを見たまえ」


 ギガル神官が胸元から取り出したのは、鳥の形をしたお守りだった。ノルーネの村に伝わるソレは、相手を不幸から守ってくれるとされている。


「そ、れ……ノルーネが作った……」

「ああ、ああ、そうだとも。彼は最後まで言ってたっけなぁ~? 娘には手を出すなと。深く感動したよ! だからお礼に、キミを次の供物にしてあげることにしたのだ」


 お父さんが肌身離さず持っていたお守り。ギガル神官はそれを太い足で踏みにじってバキリと壊しました。


 次の供物に選ばれたのはノルーネで、じゃあその前は……?

 お父さんはもう……。



「やあああああああ!!? おとうさああんん!!」

「ハハハハハ!! いいぞ、その調子だ!! その絶望が生贄をより良い物へと変える! おっと!? 動くなと言っただろう!?」


 さっきよりも距離を縮めた場所に、あなたはいた。

 チッと舌打ちが一回聞こえる。


「モンスターを物ともしないする槍の技も、こうなっては無力だなぁ! お前のような正義漢程こんな簡単な手が効果的だ! キミが愚か者でよかったよ」


 ギガル神官がなんのためらいも見せず、無抵抗だったダグルの胸を刺した。深々と突き刺さったナイフはきっと身体の中心まで届いているでしょう。


「おお我らが神よ、またひとりの贄を捧げます」


 祈りの言葉をギガル神官が呟い手、

「……それは無理だな、生憎と神に嫌われてる身なんでね」


 その腕がぐしゃりと握りつぶされました。


「ぎゃああああああ!?!?」


 ギガル神官が折れた箇所を押さえながらのたうち回る。

 それぐらいの激痛なのでしょう。


 なのに、なぜ。

 なんであの人は胸に刃を突きたてられて平然としていられるのか。

 ギガル神官は当然の疑問を抱いたでしょう。


「き、きさま! なぜだ!? 胸に何か魔法具でも仕込んでいたとでもいうのか!」

「ああ、そうかもな」


 そう言いながらダグルさんは胸の刃を抜きました。


「どんだけ痛いか、自分で確かめてみるか?」

「や、やめろッ、止せ!」

「ならオレの問いに答えろ。返答次第じゃ生かしておいてやる」


「な、何が知りたい? 生贄の居場所か!? それとも同胞の隠れ家か!? か、金なら洞窟に――」

「そいつは有りがたいな。だが、オレがそんなよりも知りたいのは――不老不死じゃなくなる方法だ」


 ノルーネの聞き間違いじゃない。

 確かにあの人はそう口にしました。


「不老不死では、なくなる方法……だと?」

「そうだ」

「なぜ、だ。不老不死になる方法ではなく? なぜその逆を……」


 身体を押さえつけてくるギガル神官の震えがこっちにまで伝わってきそうです。


「やれやれ……魔神崇拝者、悪魔信奉者、邪神教徒。呼び名は違えどみんな同じだ。その大元は滅びの災厄を呼び出しておきながら逃げ出した、結局は何もわかってない自分勝手な連中の生き残り。大昔のことだからソレすら伝わってないかもしれないが」

「貴様のような若造に我らが崇高な使命の何が理解できるというのか!」


「わかるさ。実際に何度もこの目で見てきたし、散々阻止してきたんだから」

「……ッ!? 一体何者だ! 貴族から依頼を受けた討伐者か!」


「単なる騎士の端くれだよ。いや、元騎士かな」

「騎士だと? ……まさか貴様ッ」


 ギガル神官ががなりたてました。


「至高の加護を受けし裏切者! 不滅のグラッドなのか!!?」

「……オレの名前は知ってたのか。やっぱり偽名を使っておいて正解だったな、お前らに察知されて逃げられたら元も子もない」


 怒りと恐怖に満ちたギガル神官が投げかけた言葉を無視して、ダルグさんが私に視線を向けてきました。さっきまでの冷たさが嘘のような、優しさと安心感に満ちた、申し訳なさそうな表情で。


「ごめんなノルーネ。オレがもっと早く対処できていれば怖い想いをさせずに済んだのに。すぐに助けるから、もうちょっとだけ待っててくれ」

「ダルグ……さん?」


「ダルグ? その名も聞いた覚えがあるぞ、昔から愚者達から英雄と崇められては我らの邪魔ばかりしている大罪人ではないか!」

「うわ、こっちの名前も変に伝わってるのか」

「く、くそおおおお、こうなったら……我らが神の力を思い知らせてくれる!!」


 そう宣言したギガル神官は祭壇の方へ駆け寄ると、赤い魔法陣の中心に立って地面に両手をつけました。


「……一回だけ忠告してやる。やめとけ」

「邪魔者の戯言など耳に入らぬなあ! すべては我らが神のために!」


「そこまで妄信する神……神ってなんなの……?」

「ノルーネ。こいつらはな、邪神にその魂を売った連中さ。世の中には自分のために他者を平気で犠牲にするヤツがいる。……至上の幸せとされる永遠の命を求める奴とかな」


 気持ち悪い笑みを、ギガル神官が浮かべました。


「大事にしている教えにはこうあるんだ。遥か昔、神々によって封じられた闇の権化。その偉大な恩寵を受けた者は、決して老いることなく、また決して死ぬことはないとされている」

「そう、数多の人間が求め辿りつかなかった禁断の境地。すなわち魔神エフォルトス様は人間を不老不死にしてくださる唯一の存在なのだよ!」


 ギガル神官が狂ったように騒ぐ。ううん、ようにじゃない。

 この人はもう狂っているんだ。


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