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第26話 絶倫領主、機械娘を助ける

 小川に沈む謎の美女。

 銀色の髪に白い肌。清流と代わらぬ青いドレス。

 まるで西洋のおとぎ話に出てくるような美少女に、たちまち目を奪われた。


 こんな美少女が、なぜこのような場所に?

 なぜ小川に沈んでいるんだ?


 だが、やはり一番気になるのは――なぜ彼女が、結界術の対象にならないのかだ。


「セリン! アレを見てくれ! 俺たち以外にも、ここに人がいる!」


「えぇっ⁉ そんなバカな……って、本当だわ!」


「あらぁ~? あんなところでスヤスヤと、風邪ひいてもしらんえ?」


「いや、そもそも生きているのか?」


 口喧嘩を止めて、セリンとルーシーがこちらにやってくる。

 俺を挟んで欄干の前に並んだ彼女たちは、澄んだ川の中にその身を浸す、銀髪の美少女を眺めてため息を吐いた。


 美女二人が息を吐くほどの美貌。

 綺麗だとは俺も思ったが、よもや女性さえ魅了するほどとは。


 幻想的な庭も相まって、ますますその姿は美しく見える。


 そんな美女に魅了されたのか――。


「なんとか彼女を、こちらまで運べないかな?」


 俺は大事な妻たちを前に、うわついたことを口走った。


「旦那さま? これだけ美人を侍らせて、まだ側室が欲しいのですか?」


「英雄色を好むと言わはるけど、限度があると思いますのん」


「ち、違う違う! この結界術を破るヒントが、あるんじゃないかなって!」


「おに~ちゃん? さっきからしんぞ~ばくばくだけど、だいじょうぶぅ~?」


 俺の身体に張り付いたステラが心拍の状況を告げる。

 じっとりとした妻たちの視線に、流石に俺も首を振った。


 なんでこんなことを言ったんだ。

 俺の馬鹿野郎。とほほ……。


「まぁ、それはそれとして、気にはなりますぁ……?」


「本当に陣を破る鍵かもしれません。助けてみる価値はあるかと」


 俺を意気消沈させながら、美少女を救う方向で話がまとまる。


 とにかく、今はこの状況を打破するなにかが欲しい。

 小川に眠る乙女は、その何かを持っているかもしれない。


 セリンが着物の袖をまくり、ルーシーがこきこきとその脚を鳴らす。


「小川に走るんは、ウチがやるさかい。田舎娘は雷で援護を頼みますえ」


「はん! それが人にものを頼む言い方かしら! ふらつくんじゃないわよ! 間違ってアンタの背中を撃ち抜いてもしらないから!」


「おねぇ~ちゃんたち、なんだか楽しそうなの……」


「そうだな。やっぱり性格が似てるんだろうな……」


 あんまり言うとまた怒られそうなの、小声で言っておく。

 欄干の中にセリンが構え、屋根の上にルーシーが登れば、準備は万端。


 かくして、妻たちによる小川の乙女救出作戦がはじまった。


「いきますえ、田舎娘!」


「いいわよ、泥棒猫!」


 力強く八つの脚で屋根を蹴り、ルーシーが跳躍する。

 たちまち彼女を狙い、蒼穹を裂いて鉄柱が飛んだ。

 ルーシーの身体めがけて飛ぶを、セリンが放った轟雷が打ち砕く。


 一本、一本、また一本。

 降り注ぐ鉄柱を彼女は淡々と砕いていく。

 弾けた柱が粉塵となって漂う中をルーシーは疾駆する。


 目指すは小川のほとり。


「……ほら! おねんねの時間はおしまいやで!」


 彼女の太い脚が清流に突き入れられる。

 前脚で器用に銀髪の少女を抱えた絡新婦は、踊るようにその場できびすを返し、俺たちが待つ廊下に顔を向けた。

 しかし、そんな背中に――。


「ルーシー! 後ろッ!」


「あれま? うちが背後を取られるなんて……今日は厄日かしらね?」


 突如として巨大な銅像が姿を現した。


 いや、銅像ではない。

 あれは――鉄でできた人形だ。


 突然、神仙が作った陣の中に姿を現した鉄の巨人は、その腕を振り上げると――それまでの鉄柱とは違う、いささか複雑な軌道でルーシーへと振り下ろした。


「旦那はん! 投げるさかいに、受け取っておくれやし!」


「ルーシー!」


「一時でも、夢を見られてうちは幸せでした。ほな、また来世で……!」


 死地と悟ったルーシーが、銀髪の少女を投げてよこす。

 背中のステラがさっと離れ、俺の胸に乙女が投げ入れられる。


 乙女を受け止めながら、視界の先では鈍色の腕が、ルーシーの紫色の髪に迫る。

 万事休すか――!


「まったく! 世話がやけるんだから!」


 常世の春のような陣の中、セリンの勇ましい声が響く。


 神通力が、それとも術か。

 一瞬にして、ルーシーの横に移動したセリン。


 あと少しで、ルーシーの首に触れようかというところで、巨人の手が止まる。

 よく目を凝らせば――巨人の腕に見慣れた紫の雷光がまとわりついていた。


 雷と金属は引かれ合う性質がある。

 それを利用して、強力な雷でセリンが鉄の巨人を止めたのだ。


 この土壇場でよくそんな機転が利く。

流石は龍鳴海峡の主――精海竜王の娘。


「あらぁ、アンタはんのことやから、見殺しにするかと思いましたえ」


「するわけないでしょ! アンタみたいなのでも……死なれたら寝覚めが悪いのよ!」

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