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第27話 絶倫領主、主従契約する

 鉄の巨人はあきらかに、これまでの陣の攻撃とは異質だった。

 人のように動き、振る舞い、セリンとルーシーを相手取る。さらに、彼は腰に佩いた鉄の棒を抜くと、俺の嫁たちを打ち据えようとした。



「う゛ぉぁああああ!!!!!!」



 陣内に木霊する叫び声はまちがいない。

 遺跡の外で聞いた咆哮だ。


 とすると、この鉄の巨人こそがこの遺跡の脅威に間違いない。


「くっ! なかなかやりはるなぁ! 廊下に戻る隙を与えてくれへん!」


「それなら、倒してしまえばいいだけの話でしょ! 招雷打震!」


 セリンの雷が鉄の巨人を射貫く。

 しかし、これまでと違い鉄の巨人を砕けない。

 どうも先ほどまでの鉄柱とは質が違うらしい。自分の術が効かない敵に、竜王の娘はほぞを噛むと、振り下ろされる鉄柱を躱した。


 強力な敵だが動きは単調。

 隙さえできれば、なんとか逃げられるだろう。


 問題は、その隙をどう作るか――。


「セリン! ルーシー! 助太刀するぞ!」


「ダメです旦那さま! こいつは危険です! 旦那さまの相手には余ります!」


「旦那はん! ええこやから、そこでステラはんとおとなしう見とってんか! 大丈夫、ウチも田舎娘も、この程度で死んだりしいひんよってに……!」


 俺では力不足。

 かえって足手まといだった。


 その時、鉄の巨人が握りしめた鉄棒を上段に構える――。


「ヂェズドォオオオオオオオオオッッッッ!!!!」


 セリンの雷の術に負けじと劣らぬ鉄の稲妻が降る。

これまでの一撃とは明らかに質が異なる攻撃を、セリンがまた雷を使って止めようとした。だが、鉄の身体を縛める呪縛さえも、その一撃は引きちぎる――。


 術を放っているセリンの頭上に鉄棒が迫る。

 すると――その身体を、黒い前脚がかっさらった。


「ぼーっとしとる暇はあらへんで、田舎娘」


 危機一髪。

 今度はルーシーがセリンを助けた。


「あ……ありがと」


「よう周りを見いや。おのぼりはんやから、きょろきょろすんのは得意やろ?」


「なっ! なによっ! せっかく、素直に感謝してあげたのに!」


「それより……向こうはん、ひとつやる気が上がったみたいやなぁ」


「……そうみたいね」


 これからが本気とばかりに、鉄の巨人がその関節を鳴らす。

 その頭部――兜に入ったスリットから赤い光を放ったかと思うと、鉄の巨人はさらなる斬撃を俺の嫁たちに見舞った。


 なにもできない自分がはがゆい……。


 そんな俺の肩をステラが叩く。


「おに~ちゃん。そのおね~ちゃん、どうするの?」


「そうだった! 彼女のことをすっかり忘れていた!」


 この結界を破るヒント。あきらかな特異点。ルーシーとセリンが、その身を危険にさらしてまで、回収してくれた銀髪の乙女を、俺はようやく思い出した。


 俺の胸から膝上に移動した彼女は――明らかに呼吸をしていなかった。

 けれども、死んでいるようにも見えない。

 その不思議な顔色に俺もステラも首を傾げる。


 そう言えば、さっきの叫び声。

 もしもアレが、この霊廟に何者かが侵入し、それを排除するためのものだとしたら?


「この娘も戦ったのか? あの鉄の巨人と?」


 そして、敗北して小川に沈んでいたのだろうか?


 既に生命活動を停止した銀髪の美少女。

 どうやっても、その事実をたしかめる術はない。

 けれども俺は――まるで引き寄せられるように彼女の頬に触れていた。


 清流に晒された彼女の頬は驚くほどに冷たい。


 まるで氷風穴の氷塊のよう。

 宮廷魔術師に氷の魔法もぬるい。

 話に聞く本国の冬の厳しさもかくや――。


「って、なんだこれ冷たい! どうなってるんだ! 人の体温じゃないぞ!」


「ピガガガッ! 排熱処理90%完了! スタンバイモードに移行します!」


「わぁ、きゅうにおねえちゃんしゃべったのぉ~ッ!」


「なんだなんだ、いったい……!」


 生きているはずのない銀髪の美少女。その関節が動き始める。

 目をとじたまま、その場に自立した彼女は、銀糸を流星群のごとく振りまき、綴じられていた瞼を開いた。


 長い睫の中に隠されていたのはエメラルドの瞳。

 血の通わぬ身体にも関わらず、鮮やかに色づいた唇が揺れる。


「終末決戦人型仙宝白星娘々起動」


「人型仙宝」


「よくわかんないけど! なんだかすごいのぉ~ッ!」


 のんきにおどろくステラ。一方で、俺はあまりのできごとに心がついていかない。

 いったい彼女は何者なのか? 仙宝ということは、神仙なのか?

 だとしてやはり、あの鉄の巨人と戦ったのか?


「前方に高エネルギーを確認。陰陽拮抗、理想的な仙力です」


「……なんのことを言っているんだ?」


「対象と言語の差異を確認。これより、知性レベルに合わせた、コミュニケーションインターフェイスのキャリブレーションを開始する」


 なにも分からぬ俺の前で、銀髪の少女は再びその瞼を閉じる。

 そして――。


「……完了。白星娘々、あらため現地名ヴィクトリア、リブート」


「ヴィクトリア?」


「はい。私は貴方に勝利を捧げるために参りました。どうかご安心ください、マスター」


 再び開いた緑の瞳に光を宿し、微かにその口の端をつり上げた。

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