「マスター! 私は医者を呼んできます! ララさまにお声がけをお願いいたします!」
「わ、分かった! まかせてくれ!」
ララが目覚めたことに、珍しく動揺したヴィクトリア。
彼女はぴょんとその場で飛び跳ねると、すぐさま庵を飛び出していった。
風のように仙宝娘が姿を消し、部屋には俺と白虎の獣人が残された。
身を起こそうとしてララがうめき声をあげる。
あわてて俺は彼女に近づき、肩を押さえて床につかせた。
「無茶をするなララ。君は……その、死にかけたんだから」
「……あぁ、そうか。なんでこんなところで寝てるんだろうって思ったら。そういうことだったのか。私、しくじっちゃったんだね?」
「しくじるだなんて! モロルドのことを想ってやってくれたことじゃないか!」
「…………けど、ケビンの邪魔をしちゃった。ごめんね、ケビン」
謝られることなどなにもない。
むしろ、俺こそララの想いに気づいてやれなかった。
モロルドのことを、こんなにも彼女が真剣に思ってくれていたなんて。
子供のころのように弱気な表情を見せるララ。
彼女の肩にそっと触れて、俺は「大丈夫だよ」と呟いた。
ただ、幼馴染みの彼女には中途半端な嘘は通じない。
反論こそされなかったものの、彼女は悲しげにその顔を翳らせるのだった。
こんな時、もう一人の幼馴染なら誤魔化せるのだろうか。
女たらしの方法を習っておくべきだったかもな――。
「ケビン。とても辛そうな顔をしているわ」
「すまない、ララ。病身の君に心配をかけてしまって」
「うぅん、いいの。それよりも、よかったら話してちょうだい? 私、ケビンの力になってあげたい。こんな状態だけれど、話を聞いてあげることはできるから……」
「けど、君の怪我に悪い影響が」
「なにも話してくれないことの方が、辛いわ」
ララの言葉が俺の胸を打った。
そこから俺はまるで堰を切ったように、自分の身に起きたできごとを幼馴染に語った。それが、病身の彼女によくないと分かっていても止められなかった。
義弟のカインを感情のままにいためつけたこと。
それが精海竜王の逆鱗に触れ、袂を分つことになったこと。
そして、正妻のセリンを連れさらわれたこと。
いや――。
「セリンと離縁させられた。一緒に、モロルドを発展させようと、約束したはずなのに。なぜこんなことになってしまったんだろうか。いったい俺は、どこで道を間違えてしまったんだろうか。なにがいけなかったんだろうな、ララ……!」
精海竜王の娘であるセリンと離縁したことを、俺は包み隠さずララに打ち明けた。
ララは俺の告白に静かに耳を傾け、何度も何度も頷いてくれた。
その白い髪が静かに揺れるたび、俺は自分の心が少しずつ癒えていくのを実感した。
すべてを聞き終えたララは、瞼を閉じると浅い溜息を吐いた。
そして。
「ケビン、それは貴方が悪いわ」
「…………え?」
一転して俺を咎めた。
「セリンさんを、なぜ精海竜王の下に返したの? 貴方とセリンさんは、精海竜王の言いなりなの? 彼の庇護を受けなければ、生きていけない子供なの? ちょっと言われただけで、別れることを決断するくらい、冷めた夫婦だったの?」
「……それは! そんなことはけっしてない! 俺とセリンは!」
「そうでしょう? 二人は……私が傍で見ていても、羨ましいくらいお似合いの夫婦じゃない? なのに、なんで自分の気持ちに蓋をしたの?」
幼馴染が咎めたのは、俺と精海竜王の関係ではなく、俺とセリンの関係だった。
それは、この危難の中にあって、自分でも気づかぬうちに蓋をした気持ちだった。
この大事に、自分の感情などどうでもいい。
そうやって我慢してきた。
だが、俺は、セリンのことが――。
「ケビン、泣いてる。やっぱり、セリンさんのこと、好きなんだよね?」
「…………あぁ! 好きだ! 愛している!」
失って涙を流すほどに愛おしかった。
モロルド開拓から、ずっと隣にいてくれた相棒。
最初に、俺を王として認めてくれた人。
そして俺のことを、はじめて男として愛してくれた女性。
精海竜王との同盟のために政略結婚した相手だった。
けれども、彼女と過ごした日々は俺にとって、かけがえのないものだったのだ。
彼女を失いたくない。
離縁なんてしたくない。
俺は心の奥底で、ずっとそう思っていたのだ。
隠弓神は俺の心の内から、そんな本音をするりと炙り出した。
天性の狩人は、俺の言葉に満足げに微笑んで瞳を開く。
「セリンさんを、取り戻そうケビン。ケビンにはセリンさんが必要だよ」
「そうだな。精海竜王なんか関係ない、愛する人を大切に想って、なにが悪いんだ」
俺の言葉に今度は微笑むと、ララはまた浅く息を吐いた。
ちょうどその時、庵の戸を潜って後宮付きの医者と、ルーシーたちが庵の中へと駆け込んできた。