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第138話 宰相エムリス・マーリン、来訪

「……というようなことがありまして。いやはや、怒濤の数ヶ月でしたよ。なんにせよ、トリストラム提督のご助力によりなんとかなったと思っております」


「そうですか。ウチの……女性のことしか頭にない、それ以外は三歩動けば忘れるトリ頭がお役に立てたのなら、それはそれで御の字でございますよ」


「くわぁ~~~~、こっこ、くっく、どぅ~~~~」


 新都の執務室。

 そこで俺は、とある女性をトリストラム提督と共に迎えていた。


 縮れた赤毛にそばかすまみれの鼻頭。

 小さな丸眼鏡に野太い眉毛。

 質素な黒いローブと、中折れしたとんがり帽子。


 出された発酵茶を楽しげに口に運びながら、レンスター王国の宰相「エムリス・マーリン」は、俺の語った近況に興味深げに頭を揺らした。

 そう、ついにエムリスさまがモロルドに到着したのだ。


 艦隊を港内に歓迎した俺たちは、レンスター国王アルトリウス殿下からの親書を彼女から拝受し、さらに宰相エムリスさまからレンスター王国によるモロルドの国家承認の宣旨を受けた。そこから、親睦を深めるための公的なパーティを行い――一夜が明けて、ようやくこうして膝をつき合わせてゆっくり話をしている次第だ。


「ふふふっ、冗談ではないですかトリストラム。そう怒らないでください」


「くわっ、くわわっ、くわっ! くっ、コケッコーッ!」


「鶏に変身させたことはすみませんでしたって。けれども、そのおかげで貴重な体験ができたでしょう。黄泉路を戻ってきた者は、我がレンスター王国の騎士にも数えるほどしかおりませんよ……!」


「…………数えるほどにはいるんですか?」


 お茶を啜って誤魔化すエムリスさま。

 本気なのか冗談なのか、分からないなこの人の言うことは。

 なんにせよ、レンスター王国の将軍の層は想像以上に厚いみたいだ。


「しかし、まさか四大天使をも妻に娶るとは。いよいよ、モロルド王の好色ぶりも歯止めが利かないところまできましたね」


「それはその……私も気がつかなかったといいますか。あれではどうやっても気がつかないといいますか。身を隠すためにそうしているので、気づかなくて当然といいますか」


 話題を逸らされ上にからかわれる。

 政治的な駆け引きもだが、こういう話題の駆け引きもエムリスさまの方が一枚上手だ。

 これから国として対等にやっていけるのだろうか――。


 魔王の襲撃から半月ほどが経過した。

 依然として、殺人鬼こと魔王の第二使徒「氷雨」と、元領主の第一使徒「カイン」の行方は分かっていない。

 だが、あの夜を境にモロルドで凶行は起きていない。


 主の魔王が敗北したことにより、活動を控えているのだろう。

 なにせ、こちらには魔王に対する切り札が控えているのだ。


 などと考えていた矢先に、俺の背後で執務室の扉が開く。

 飛ぶように――というか、文字通り飛んですいっと中に入ってきたのは、話題の渦中の人物であった。


 いや、天使か。


「ぴぃぴぃ♪ おちゃのおかわりおまちど~さまなのぉ~♪」


「あぁ、すまないステラ。ありがとう」


「ほう、こちらが力天使ステラエルさま――の、転生体?」


「ぴぃ♪ そ~みたいなのぉ~♪ ステラ、よくわかんないけどぉ~♪」


「くわっ、くわわっ!」


「プ♪」


 俺の横に座っていたトリストラム提督がぴょんと跳ねる。

 お茶のおかわりと一緒にお盆に乗ってきたプーちゃんもだ。


 力天使ステラエルの眷属――にしてステラの友人二人は、どうだまいったかとばかりに自慢げな態度を取ってみせた。だが、その本人がすっかり幼女の姿に戻ってしまっては、やはりいまひとつ威厳に欠けた。


 話は半月前に遡る。

 ステラが俺たちの下を去ろうとした直後のことだ。

 突如として、四天使が遣える主神――フリージバルが、モロルドにその姿を現した。


 彼女がなぜ顕現したかと言えば他でもない――。


『ステラエル。まだ、魔王との戦いは終わっておりませんよ。貴方の魔なる者たちとの戦いは、これから始まるのです……!』


『えぇっ⁉ どういうことですか、フリージバルさま⁉』


 まだステラには、下界に残ってやることがあったからだ。

 そう、彼女は魔王を倒した。だが、滅することはできなかった。


『魔王カミラはまだ生きています。ステラエル、貴方は肝心の最後の最後で、彼女を取り逃したのですよ』


『そ、そんな……たしかに私は、魔王カミラを滅し……』



『魔王核(精霊核の上位版のようなもの……らしい)は回収したのですか⁉』



『そ、それは……しゅ、しゅみません、わしゅれてましたぁ……』



 ということらしい。

 どうも、魔王を滅するためには、魔王核を破壊する必要があるらしい。

 それが存在する限り、彼らは精霊と同じく復活するとのこと。


 すっかり魔王を滅したつもりだったが、肝心の倒し方をステラエルは間違えた。


 天使なのにそんなことってあります……?

主神フリージバルさまも「これだから、パワー系四天王は。もう少し、思慮のある行動をしてもらわないと困りますよ。ぷんぷん!」と言っていた。

 幼くなる前からステラはこういう性格らしい。


 まあ、それはそれとして。

 なぜ彼女が元の姿に戻ったかについてだが――。


『そういうことですから、もう少し下界に留まって魔王の動向を調べなさい!』


『えぇっ⁉ いいんですか⁉ フリージバルさま⁉』


『いいんですかとはなんですか⁉ これは罰なのですよ⁉ それとも、まだ、罰が足りないようですね……仕方ありません⁉ 権能再封印ビーム⁉』


『あびびびびびびび……!』



 とまぁ、なんとも道化じみた芝居を経て、ステラエルは権能を剥奪されたのだ。

 白い煙に包まれた大天使。次に姿を現すと――。



「ぴぃ? おに~ちゃん? なにがあったのぉ~?」


 すっかり、彼女は元の幼いセイレーン――ステラに戻ってしまった。

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