ということで、ステラは天使の権能と記憶を再封印され、また魔王の捜索をさせられることになった。本人はすっかりボケており、自分が大天使だったことも、主神の命令もきれいさっぱりと忘れてしまっていたが。
いくら、姿を隠すためとはいえ、徹底しすぎだろう。
主神フリージバル、恐るべし……。
「ほんに肝が冷える女神だのう。西洋の神々というのは、余裕がなくて困る」
『なにを言うか、東洋の竜王よ。魔王の存在は、西洋に生きる人々にとっての脅威。それを排除するのが、彼らにあがめ奉られる我が務めよ。というか、そんなことで私に対する崇拝にケチがついたら嫌じゃない……』
そして、俗っぽい神様なんだな、フリージバルさまって。
西洋大陸の一大宗教のため俺も彼女を崇拝しているけれど、今回の件でちょっと宗旨替えを考えてしまった。
東洋の神々で、なにか崇めるのにいい人などいないだろうか。
岳父どのと黒天元帥は御免被るが。
呆れた視線を向ける俺に、主神フリージバルさまが咳払いをする。
突然あらたまった女神はその小麦色の髪を振りまくと、胸の前で手を組んで後光を光らせるのだった。
精一杯、人間相手に神々しく振る舞おうとしている。
そう察すると、またなんとも言い知れぬ残念な気分になった。
『モロルド王ケビンよ。こたびの魔王との対峙、まことに見事であった。また、ステラエルの転生体を保護してくれたこと、嬉しく思うぞ』
「あぁ、はい、それはどうも……」
『ステラエルを再封印したのは、魔王カミラに対抗するためだが――他の四天使も転生させていることから察して欲しい』
「…………まさか?」
ステラエルは『自分と同じ四天使が現世に降り立った』と説明した。魔王カミラ一人を、ステラエル一人で圧倒した今、どうしてそこまでするのかという疑問が生じる。
俺の思考を読んだのか、フリージバルさまが深く頷く。
『そうです魔王は複数います。今回、ステラエルが倒した、魔王カミラはまだ生まれて間もないひ弱な魔王だから倒すことができました。しかし、使徒を得て、力を蓄え、再び現れた時にはどうなるかわかりません。また、カミラ以外の魔王が、どのような活動をしているのか――それもはっきりとしていません』
「なんと……!」
『モロルド王ケビンよ。貴方は海竜たちの王である精海竜王を下し、人の身でありながら神に比する力を持っています。どうか、ステラエルの力になってあげてください。彼女の現世での伴侶として。よろしくお願いいたしますよ……』
かくして、俺はステラと世界の命運を託された。
モロルド島の運営だけで手一杯なのに、また厄介なことを頼まれた。
断りたいのもやまやまだが――。
「ぴぃぴぃ♪ よくわからないけど、ステラとおに~ちゃんでせかいをすくうの♪」
大天使の嫁が乗り気なので、夫として断ることはできないのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
とまぁ、そのようなあらましを一通り聞き終えたところで、エムリスさまはなんとも気怠げにため息を吐いた。鬼宰相と知られた彼女も、こんな風な物憂げな顔をするのか。
いや、こんな話を聞かされれば、そんな表情にもなるか。
なにせ世界の危機なのだから。
「四大天使に複数の魔王ですか。これはまた大変な事態になりましたね」
「……ですね。まあ、エムリスどのはフリージバルさまから頼まれていないのですから、そこはよいではありませんか?」
「ついさきほど、モロルドを国家として承認し、同盟を結んだというのに、そういうことを申しますか? また魔王が現れた時に、我が国に援軍を求めない――と、一筆したためていただけるなら、こちらとしても気が楽なのですがね」
なるほど、それはたしかに。
エムリスさまはもとより、レンスター王国には後援を期待している。
それこそ、国家的な危機の際には力を貸していただく腹づもりだ。そこに「魔王絡みの事案だけ、この限りではない」と文言を足す勇気は、ちょっとない。
まぁ、締結してしまったものは仕方ないと、鬼宰相エムリス・マーリンは肩を落とす。
彼女は空になったカップに魔法でお茶を湧かせると、それを優雅に啜るのだった。
「とはいえ、厄介なことになったな。複数の魔王の顕現か。過去の場合では、湧いてせいぜい一柱か二柱だったのだが――これはなにやらあるのかもしれんな?」
「精海竜王!」
ひょっこりと会談の場に現れたのは少年姿の精海竜王。
彼は俺とエムリスさまのはす向かいに座ると、テーブルの上の茶菓子に手を伸ばす。
すると、東洋の魔女がおもむろにカップをテーブルに置いた。
「魔王システムは、世界の均衡を保つためのもの。西洋の神々はもちろん、東洋の神仙をも越えた次元に存在する事象。それがこれまでにない動きをしている。主神、フリージバルさまが、焦って四天使を遣わしたのも納得ですね」
「この様子では、すでに他の魔王については、動き出しているやもしれんな……!」
東洋の竜王と、西洋の大魔術師。
最も神に近い者たちの会話を耳にして、胃がきりきりと痛くなる。
はてさて、どうなることやら――。
気を揉む俺に、小さな大天使はティーポットを手に近寄ると、空になったカップの中に熱いお茶を注ぐのだった。
「だいじょ~ぶなの! おに~ちゃんには、ステラたちがついてるの!」
「くわっ! わっ!」
「プ♪」
「…………そうだな、頼りにしてるよ、ステラ。ところで、エムリスさま? トリストラム提督ですが、いつになったら人間に戻るんですか?」
「いやあ、一度死んでしまったせいで、魂が鶏の形になじんでしまっていてね。元に戻すのはちょっと面倒だから……もうしばらく、このままでいいんじゃないかな?」
「こけぇええええええええッ⁉」