ウツロはかの地、隠れ里へと足を運んでいた。
父・
自分のすべてがここにある。
その気持ちはいまでも同じだった。
「……」
何度となく訪れてはいるが、やはりここは落ち着く。
はじめて来たとき、屋敷が焼き払われていたことには、ショックを隠せなかったが……
おそらく、父さんが自分で火を放ったのだろう。
魔道へ落ちていたとはいえ、この胸をかきむしられるような感覚は……
ウツロは言葉を発せず、炭になってしまった家屋を少しずつ片づけていく。
畑もすっかりと荒れはてているが、また耕す気にはなれない。
まだだ、まだ時間が必要だ……
すなわち、心を整理するための時である。
彼は悶々としながら作業を進めた。
当時の記憶がよみがえってくる。
三人で過ごした厳しくも楽しい日々が。
アクタといっしょに木登りをした。
二人で父から鍛錬を受けた。
四季折々の山をめで、そこで遊んだ。
夏の暑さも、冬の寒さも、いまでは何もかもが懐かしい。
取り戻せるものなら返してくれ、俺の人生を、俺のすべてを……
ウツロの感情は鍋のようにかきまぜられた。
「父さん、兄さん、いいんだろうか……俺だけが、生きているなんて……」
彼はしゃがみこんで、心を落ち着かせようと試みた。
「そこの方、そろそろ出ていらっしゃったらどうでしょう?」
彼がつぶやくと、畑の奥の杉並木の一角から、ひとりの男性が姿を現した。
ウツロも視線をそちらへと移す。
背丈、大きい……
195センチ以上といったところか。
体躯、一見細身に見えるが、あのカットソーを浮き上がらせる筋肉の形……
特別な鍛え方をしていなければ身につかないだろう。
そしてなにより、あの長刀……
雅な鞘におさまっているが、見たところ古から伝わるもののようだ。
5尺……
いや、6尺はあるかもしれない。
体躯に見合ったサイズと言えるだろう。
このような分析を、ウツロはものの数秒で行った。
「アナリティクスは済んだかい?」
男性は淡い橙色の髪の毛をしていて、ところどころバンドで止めて髪型を作っている。
いかにもおしゃれな、チャラい感じの少年だった。
しかしそれとは正反対に、突風のような闘気が伝わってくる。
彼は革製のズボンを鳴らしながら、近づいてきた。
「ここは俺にとって大切なところなのです。踏み荒らすというのなら、ただではおきませんよ?」
ウツロは正直な気持ちを伝えた。
「大切なところ? 殺人鬼のアジトじゃん」
少年はクスっと笑った。
「貴様……」
「あれ、怒った? ウツロくん」
「なぜ、俺の名を知っている……?」
「なんでも知ってるよ、君のことはね。似嵐鏡月の息子ってことも」
「父を、知っているのか?」
「あたりまえだよ。なにせ、君のパパのお友達に、俺の父さんは殺されたんだからね」
「……」
「その男の名は、
「せつげつか……」
「おいおい、何も知らないのは君のほうじゃん? 君とお兄さんのアクタくんを生かすため、お父さんは森たちと結託して動いてたんだよ?」
「そう、だったのか……」
「まあ、いいや。とにかく、その森って男に俺の父さんは殺されて、俺の家が代々守っている三本の宝剣のうち、二本までもが奪われてしまったわけなんだよ」
「何が目的ですか?」
「協力してほしいんだ、ウツロくん。俺は森を探している。もちろん、父さんの敵を討って、その宝剣を取り返すためにね」
「俺に、何をしろと?」
「さあ、俺もよくわかんない。ただ、君といっしょにいれば、君のお父さんと関係の深い森にも、もっと近づける気がするんだ」
「……擬態ですね。ちゃらんぽらんなフリをしていますが、本当のあなたはもっと、頭の働く方だと見受けます」
「ふうん、やるじゃん。女の子にモテるわけだ」
「……」
「おっと、ヘンなことは考えてないよ? どうか俺を軽蔑しないでほしいんだ。俺はただ、森を倒したいだけなんだからさ」
「断ったら?」
「いや、君は断らないよ。そういう人でしょ? 君の情報を見るかぎりだけどさ」
「……やはり、擬態でしたか」
「ねえ、ウツロくん。俺と立ち会ってくれないかな?」
「立ち会う、とは……いったい、なんのために?」
「さあ? 強いやつを見つけたら戦いたい、普通じゃない?」
「もののふ、と言ったらよいのでしょうか。しかし、あなたは気取っているという雰囲気でもない」
「うれしいね、君とは仲良くやれそうだよ」
「あいにく手持ちぶさたですが?」
「またまた。虫さんたちに運んでもらってるんでしょ?」
「その口ぶり、あなたも……」
「持ってるよ、アルトラ」
「めんどうなことです。しかし、この状況では引くわけにもいきませんね」
「いいね、君こそもののふだよ。では……」
少年は手にしていた太刀を垂直にかまえた。
「
「では、姫神さん……」
ウツロの影がうごめいて、黒刀がその姿を現した。
そして姿勢を落とし、刀をかかえこむようなかっこうでかまえを取る。
「姫神一刀流、姫神壱騎、いざ尋常に、参る――!」
「似嵐流兵法、似嵐ウツロ、お相手つかまつる――!」
杉林へ日が差した瞬間を合図に、二つの剣尖は激突した――