「退屈だな、アガトン」
「僕の作った曲がかい?」
「いや、そうではない。最近ろくにつわものと戦っていないからな」
「好きだねぇ、君も。さすがはパンクラチオンの絶対王者だよ」
「昔の話だ、昔のな」
「謙虚だなぁ」
二人の青年が、暗い研究室の中で会話を繰り広げている。
ひとりは竪琴をかかえた自称・吟遊詩人のアガトンで、牧人のような衣装を着こんでいる。
もうひとりは浅黒い肌の自称・武神であるグラウコン。
彼は黒いボンデージのような服の上に、鳥の羽をあしらったロングコートを羽織っている。
二人は古代ギリシャ時代から現代まで生きながらえる「魔人」であり、魔女・ディオティマとは旧知の間柄だ。
当然というか、異能力・アルトラ使いである。
「久しく戦っていないせいか、どうも体が鈍ってきたような気がする。どこかに俺の相手にふさわしい猛者はいないものか」
「日本へ行ったみたら? 例のウツロもそうだし、けっこうやりそうな連中が集まっているみたいだよ」
「ふむ、そうだな」
アガトンの言葉に、グラウコンは屹立する山のような方をいからせた。
「情報が出ているうちで腕っぷし自慢は、え~と……
アガトンはモニター上の画像ファイルを見ながら、チーム・ウツロのデータをそらんじた。
「こいつらは?」
「ほう?」
新たに入ってきた秘密結社・
映し出されたのは
「うまそうだな、実に」
「ふふっ、いかにも君好みな感じだよね、グラウコン?」
「どいつもこいつも、いい目をしているな。血の気の余ったガキの目だ」
「ふふっ、ルーキーたちをいじめたくなってきたかい?」
「ああ、アガトン。これはもしかしたら、久方ぶりのオモチャが手に入るかもしれん」
「ディオティマを助け出すっていうていにするってのはどう?」
「機転が利くな、それで行こう」
「蹂躙してきちゃいなよ」
「俺のコレクションが、また増えるかもしれんな」
部屋の隅々に浮かびあがる彫像。
薄明りに照らし出されるそれらは、作りものではなかった。
魔人・グラウコンがこれまで倒してきた、えりすぐりの戦士たち。
敗北した彼らの体から血を抜き、代わりにロウを注ぎこんで、飾りものとして固めてあるのだ。
それぞれ格闘技のジャンルは多岐に渡る。
「この中で一番強かったのは、そう、こいつだ」
黒髪の青年のロウ人形に、彼は手を置いた。
「
「こいつには双子の息子がいたな。そいつらもそろそろ、食いごろになっているはずだ」
「
「それも、楽しそうだな」
二人はニヤニヤとしながら会話を続ける。
「ここにあの男、
「エディプスだね。古代ギリシャ生まれの僕たちも真っ青だよ」
「やつの流派・
「ふふっ」
「どうした、アガトン?」
「いや、すごくうれしそうだと思ってさ。こと戦いに際しての君の態度は。まさに武神を名乗るのにふさわしい」
「おだてるな」
「いやいや、本気だよ。心の底からそう思うんだ。グラウコン、君に勝てる相手など、この宇宙には存在しない」
「ふふ、宇宙か。わからんぞ、さすがに広くはないか?」
「いずれはそれもありだよ。ディオティマは宇宙への進出も考えているからね」
「アーロン・マックス率いるスペースZ社のザマを見てみろ。可能だとしてもまだまだ先の話だな」
「そうかもね。ま、どうせ僕らは老いない体だし。気長に待てばいいと思うよ、これまでのようにね」
「それも、そうだな」
グラウコンはロウ人形のほほを撫でる。
そしてその体がふわりと宙に浮いた。
「留守を頼むぞ、アガトン」
「ゆっくりしてきてね」
「重力を支配するわがアルトラ、プル・ミー・アンダーを破れるものが果たして存在するのか、さぞ見ものである」
魔人は一気呵成に飛翔し、はるか彼方へと飛んでいった。
残されたアガトンは、再び竪琴をつま弾きはじめる。
「まるで恋人にでも会いに行くようだね、グラウコン?」
どこか嫉妬したような音色が、ほの暗い空間に鳴り響き、慰めるような旋律を奏でつづけていた。